97;科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂版) | 化学物質過敏症 runのブログ

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・9.1.2. 室内空気質汚染のリスクコミュニケーションの特徴
ここでは、室内空気質汚染のリスクコミュニケーションの特徴について考えます。

効果的なリスクコミュニケーションを実現するには、対象となるリスク事象の性質を把握し、何を目的としてリスクコミュニケーションを実施するか、またどのような手法や進め方が適切であるかを考えることが不可欠です。
社会的論争と個人的選択

リスクコミュニケーションが実施される場面は、社会的論争(public debate)の事態と個人的選択(personal choice)の事態に分けて考えることができます 1,2)。

前者に該当するのは、たとえば原子力発電所、遺伝子組み換え技術の問題や環境問題です。

社会的論争の事態では、利害の異なる立場の人々が多く関わるため、その解決のためには関係者間で公平に情報を共有することが求められます。

そのうえで、当該事象のメリットとデメリットについて議論し、社会的な合意形成を目指します。一方、個人的選択の事態に該当するのは消費生活用品、健康や医療のリスクです。

たとえば、個人が健康のために禁煙するかどうか、任意の予防接種を受けるかどうかといった問題です。この場合、個人はその事象がもたらす利益やリスクについての情報を得たうえで、リスク回避のための行動をとるかどうか選択することになります。
シックハウス症候群をはじめとする室内空気質汚染の健康リスクは、個人住宅の場合、基本的には個人的選択の問題とみなすことができます。リスクコミュニケーションは「一対一」の個別的な対応が基本となり、その目標は、個人が室内空気質汚染のリスクを理解し、必要に応じてリスク回避の行動をとるなどリスクへの対抗策を実行できること、と設定することができます。
ただし、社会的論争か個人的選択かの区別は厳密なものではなく、室内空気質汚染の問題においても社会的な側面が存在します。

シックハウス症候群の原因とされる化学物質の室内濃度基準値の妥当性や建築材料に対する規制の是非に関しては、多くの関係者が参加して社会的に議論され、その決定は社会全体に影響します。

また、職場の室内環境が問題となる場合も、組織的な対応が必要です。
室内空気質汚染の健康リスクそのものについての社会的な認識が不十分であれば、「一対多」の情報提供と一般市民の啓発が必要となります。9.2 節でも紹介しますが、2015 年に実施されたインタビュー調査では、シックハウス症候群は「新築の建物の問題」あるいは「塗料や接着剤が原因となるもの」という限定的な認識を持っている人が少なくないことがわかっています。

シックハウス症候群はダニやカビなどの生物的な原因によって生じる場合もありますので、室内で何らかの症状を経験しても、その原因が室内環境にあることに考えが至らず、適切な対応がとれなかったり、対応が遅れてしまったりするケースが生じる可能性があります。

シックハウス症候群のおもな症状や原因について偏りのない知識を持つことは重要です。


室内空気質汚染のリスクの捉え方
室内空気質汚染のリスクコミュニケーションで扱うリスクそのものの性質についても、整理しておく必要があります。

リスクの概念や定義は一義的なものではなく、研究領域によって、また研究者によって異なることが指摘されています 10)。

狭義に定義されるリスクとは、望ましくない事象の発生頻度が確率で与えられる場合で、望ましくない結果の大きさとその発生確率の積(期待損失)によって評価されます。

従って、狭義には、その発生確率が定量的に評価できる事象のみを「リスク」と呼ぶことになります。一方、世の中には発生確率を定量的に評価できない事象も数多く存在します。望ましくない結第9章 室内環境汚染のリスクコミュニケーション 

9.1. リスクコミュニケーションの考え方
効果とその大きさは明確であるが、確率が明確ではない事象は狭義の「リスク」と区別し、「不確実性(uncertainty)」と呼ばれます。

発生確率に不確実性の残る事象まで含めてリスクとする場合もあり、この場合のリスクはより広義の概念として捉えられることになります。
このように、不確実性の残る事象すなわち広義のリスクに対して、どのような対策をとっていくかについては異なる立場が存在します。

社会としてのリスク対策を定量化されたリスクに限定する立場と、定量化できないリスクも含めて対応すべきとする立場です。

後者は「予防原則(precautionaryprinciple)」と呼ばれ、欧州圏やカナダでは、リスク評価に不確実性が残り、科学的に因果関係が明確に検証できない段階でも、予防的措置がとられる場合もあります 11)。

予防原則が適用される事象としては、たとえば環境リスクが挙げられます。

室内空気質汚染のリスクの場合、多くは広義のリスクであると考えられます。化学物質の多くはその健康影響が完全には解明されていないのが現状です。

リスク評価に不確実性の残る段階でのリスクコミュニケーションとなります。このような場合の留意点については 9.3 節で考えます。
このような特徴をふまえ、それぞれの場面に適したリスクコミュニケーションの進め方を考えていくことになります。

特に、リスク情報の受け手の状況やニーズは多様(リスク認知、知識、リスクへの感受性)であることを十分に把握したうえで、何を伝えるべきかを考えることが重要です。
伝えられるべきリスクメッセージ
リスクコミュニケーションで伝えられるべきリスクメッセージとしては、一般的に次のように整理することができます 12)。
① リスクはどのような性質のものか(どのような被害や損失が生じうるか)
② リスクの大きさや影響範囲はどの程度か
③ 緊急に回避する必要があるか、あるいは受容可能か
④ 緩和策としてとりうる選択肢とそれぞれのメリット・デメリットは何か
⑤ リスク管理者はどのような意思決定をしているか
室内空気質汚染のリスクコミュニケーションを実施するにあたり、上記の分類に照らしてリスクメッセージを整理することが重要です。特に個人的選択として考える場合、リスクの性質をわかりやすく伝
え、同時にリスクへの対処法や症状の緩和策に関する情報を具体的に示すことが不可欠であるといえます。