b. 湿気とカビの室内空気質ガイドライン
ウィルス、細菌、カビ、ダニ類、ペットアレルゲン、衛生害虫アレルゲン、花粉などの生物因子 へのばく露は広範囲の健康影響を引き起こす可能性があります。
また、湿気や換気もこれらの因子 に大きく関与します。
湿気とカビに関しては、既往の疫学研究を調査したうえで、健康影響との関 連性に関する証拠の確からしさを評価しました。
その結果、喘息の増悪、上気道の症状、喘鳴、喘 息の進行、呼吸困難、1 年以内に発症した喘息、呼吸器感染に関しては、湿気とカビとの関連性が 十分あると判断されました。
ただし、気管支炎やアレルギー性鼻炎に関しては証拠が限定的、肺機 能の変化やアトピー性皮膚炎に関しては証拠が不十分と判断されました。
これらの結果を踏まえ、 WHO 欧州は湿気とカビのガイドラインを作成しました。
建物内や内装材表面において、過剰な湿気や微生物の増殖を最小限に抑えるべきですが、これま でのところ、科学的知見の不足から、湿気やカビと健康影響に関して定量的な評価を行い、ガイド ライン値を勧告することはできないと判断されました。
従って、湿気とカビのガイドラインでは、 定量的な数値ではなく、建築設計、建築施工、維持管理を適切に行い、過剰な湿気や微生物の増殖 を防止するといった室内環境の設計・管理方法に関する指針が提供されました。
c. 室内における家庭用燃料の燃焼に関する室内空気質ガイドライン
粒子状物質や一酸化炭素は、室内空気を汚染する燃料の燃焼生成物として重要です。
発展途上国 では燃焼生成物による呼吸器系疾患が公衆衛生上の大きな問題となっています。WHO の推計による と、世界中で約 30 億人の人々が、調理、暖房、照明などで、クリーンな燃料や技術が利用できない 状態にあり、住居内の空気汚染が原因で 2012 年に全世界で 430 万人が死亡し、そのほとんどが東アジアやアフリカの低中所得の国々と推定されています。
また、これらの死因は、脳卒中 34%、虚血 性心疾患 26%、慢性閉塞性肺疾患(COPD)22%、小児の肺炎 12%、肺がん 6%と推定されており、 これらの疾患の主要な原因として、室内での固形燃料(木、木炭、石炭、動物の糞、農作物の廃棄 物)の燃焼による PM2.5 や一酸化炭素へのばく露をあげています。
これを踏まえ WHO 欧州では PM2.5 と一酸化炭素については、これらの物質の空気質ガイドライン を達成するための目標排出基準を設定しました。
この目標排出基準を達成すれば、全世界の約 90% の家庭で WHO の空気質ガイドラインを達成できると考えられています(表 4.2.2.参照)。
窒素、一酸化炭素、ラドン、粒子状物質(PM2.5、PM10)、ハロゲン化合物(テトラクロロエチレン、 トリクロロエチレン)、多環芳香族炭化水素(特にベンゾ-a-ピレン)が選定されました(表 4.2.1. 参照)。
WHO欧州は、受動喫煙の原因となる環境タバコ煙(Environmental Tobacco Smoke: ETS)に関しては、 安全なばく露レベルに関する証拠が存在しないため、ガイドラインの作成は必要でなく、ETS は室 内空間から排除すべきであるとしています。
粒子状物質に関しては、2005 年に空気質ガイドライン が公表されており、室内空気にも適用可能です。PM10 の年平均値が 20μg/m3、24 時間平均値が 50μg/m3、PM2.5 の年平均値が 10μg/m3、24 時間平均値が 25μg/m3 です。
一酸化炭素について、WHO 欧州は、2000 年に公表したガイドラインでは、短期間のピーク値のガ イドラインである 15 分値(例えば、換気されていないストーブ)、その他に 1 時間値(例えば、器 具の欠陥)、8 時間値(職業性ばく露など)を設定しています。2010 年のガイドラインにおいて、 これらの数値は変更されていません。
しかし、一酸化炭素への長期間ばく露によって、感覚運動能 力の変化、認識能力への影響、感情や精神への影響、循環器系への影響、低体重児出生などとの関 連が報告されてきたことから、24 時間値のガイドラインを新たに作成しました。
ホルムアルデヒドに関しては、近年、鼻咽頭がんと急性骨髄性白血病に関してヒトの発がんに関 する証拠が十分であると国際がん研究機関が判断しました。
WHO 欧州は、ホルムアルデヒドのガイ ドラインを作成するにあたり、発がん性に関して検討した結果、非発がん影響から設定した室内空 気質ガイドラインの 30 分平均値 0.1mg/m3 は、長期ばく露による肺機能への影響、鼻咽頭がんや骨髄 性白血病の発症も防止できると判断しました。
また、ホルムアルデヒドの気中濃度は時間帯によっ て変動するが、いかなる時間帯でもこの値を超えないこと、という一文をガイドラインに加えまし た。
つまり、ホルムアルデヒドのガイドライン 30 分平均値 0.1mg/m3 には、天井値(最大許容濃度) としての意味合いが含まれていることをしっかり認識しなければなりません。