3.2.5. シックハウス症候群有症の経年変化
シックハウス症候群を経年で追跡した研究は世界的に見ても多くはありません。先述した日本全 国 6 地域の調査では、同一の住居で全居住者のシックハウス症候群有症と住宅環境調査を継続してい ます。
2004 年と 2005 年の連続する 2 年間症状が継続していたのは 4.9%でした。
6.6%は 2 年目に新た に症状が発生し、8.6%は 2 年目には症状が消失しました。
この調査では、2 年間の室内の化学物質ア ルデヒド類および直鎖状炭化水素類の濃度上昇が新たな症状発生のリスクをあげることが明らかにな りました。
スウェーデンで行われた研究では、1989 年から 1997 年の 8 年間の追跡で、ベースライン時のダン プネス(結露の発生などの室内の部分的な湿度環境が悪化した状態)やカビの発生、女性であること、 アレルギー歴があること、炎症マーカーが高いこと、追跡期間中に室内の塗装をすることが、1997 年のフォローアップ時にシックビルディング症候群の粘膜症状の新規発症のリスク要因となることが 報告されています。
一方、ベースライン時と比較してフォローアップ時の有症率は減少していること から、この間のスウェーデンにおける室内環境の向上がその背景にあると示唆されています。
同じく スウェーデン、ウプサラ市で、20-44 歳の住民 3,600 名のシックビルディング症候群について、1992 年にベースライン調査が行われ、その 10 年後にフォローアップ調査が実施されました。10 年間で粘 膜症状の有症率には減少が認められましたが、皮膚、一般症状には変化がありませんでした。一方で、 フォローアップ期間中に粘膜、皮膚、一般症状を新規に発症した割合はそれぞれ 12.7%、6.8%、8.5% でした。ベースライン調査からフォローアップ調査の間に、室内の水漏れやカビの発育などのダンプ ネスの改善および喫煙者の減少が認められています。この調査では、女性であること、喫煙者、ベー スライン時にダンプネスやカビの発生があること、アレルギー歴があること、炎症マーカーが高いこ と、フォローアップ期間中に室内の塗装をすることが特に粘膜症状の新規発症のリスク要因となると 報告されています。同じく、スウェーデンの調査で、オフィスビルの室内環境要因と労働者のシック ビルディングの有症率について、オフィスビルのダンプネスの改善があり、10 年間で労働者の皮膚、 粘膜、一般症状の有症率の低下が認められています。
一方、近年シックビルディング症候群・シックハウス症候群に関する研究報告が出始めた中国では、 2004 年と 2006 年に中学校で調査が行われました。
Taiyuan 市の学童の調査で、教室や屋外の SO2、NO2、 CO2 濃度や湿度環境、ダスト(ほこり)中のダニアレルゲンやエンドトキシン、β-グルカン、真菌の DNA 等を 2 年間測定しています。ベースライン時の教室の SO2、NO2、CO2 濃度と 2 年後のフォローアッ プ時のシックビルディング症候群の発症にはいずれも関連は認められなかったことが報告されていま す。
また、ベースライン時の教室内の PM10 が高いことが皮膚、粘膜、一般症状の新規発症のリスク を上げることが報告されています。
この間の有症率の増加と、SO2 濃度との関連も検討されています が、換気率が高いことがリスク要因となるというこれまでの欧米で実施された研究結果とは逆の結果 が報告されています。これは、外気の SO2 や NO2 等の汚染レベルの高い地域では、換気により外気の 汚染物質を室内に取り込んでしまうため、逆効果となっているようです。
旧厚生省および厚生労働省は、化学物質の室内濃度に関する指針値を定め、国土交通省は建築基準 法に建材の内装仕上げの制限や換気設備装置を義務づけるなど、これまでにシックハウス対策を盛り 込んだ改正が施行されるなどの対策がなされてきました。
この結果、新築・改築住宅の室内ホルムア ルデヒドや揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)濃度などの減少の効果を上げたと 言えます。
実際に公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センターに寄せられたシックハウス症 候群に関する相談件数は、2000 年以来 2003 年をピークに減少していることが報告されています(シ ックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会 2013 年 5 月 28 日資料)。
一方、依然としてシック ハウス症候群の訴えがあることが疫学調査研究によって示されています。世界的にみても、室内空気 質を改善する優先項目として、1汚染の発生を抑制すること、2乾燥を保つこと(湿度環境の重要
性)、3換気の向上、4大気汚染の影響を抑制すること、の 4 つがあげられています(Indoor Air 2013)。
従って、シックビルディング症候群・シックハウス症候群の対策としては、化学物質による 要因のみならず、湿度環境や生物学的要因を含めて原因を究明し、室内環境汚染を改善することが重 要です。