・1.1.3. 室内空気質と健康の関係さて、近代的な社会生活において、人々は 1 日のうちの 70%以上の時間を室内で過ごします。室内は自宅のみならず、職場、学校、病院や(介護養護)施設、そのほかの公共あるいは民間の建物など多岐にわたります。
そこでわかってきたのは、私たちが呼吸によって毎日取り込む建物内の室内空気質は私たちの健康や生活の質に大きな影響をあたえるということです。
WHO(世界保健機関)でも室内空気質の汚染は主要な病因あるいは死因の一つであるとしています。
汚染の原因になるのは化学物質や微生物・真菌などの生物、室内の湿気の上昇によるダンプネス(湿度環境の悪化で結露やカビが生え住宅にダメージを与えている状態)など多様な原因があげられます。
室内空気質と健康の問題は欧米では 1970 年代、第 1 次オイルショックのころから、冷暖房効率の向上にむけた省エネルギー化に伴い気密性が高まり、室内空気環境問題として、「シックビルディング症候群(Sick Building Syndrome)」と名付けられて問題となっていました。
一方、日本では、1960 年代に不適切な温度調節や浮遊粉じんの増加など室内環境の衛生に対する配慮不足から建築物の維持管理に起因する健康障害が多く報告されました。
そこで、1970 年に議員立法により建築物における衛生的環境の確保に関する法律、いわゆる「ビル管理法」が制定されました。
一定面積以上の建築物では室内粉じんなどの測定、室内の機械換気による制御が適切に行われたため、オフィスビルにおけるシックビルディング症候群の頻度は少なく、ほとんど問題にならなかったのは幸いでした。
しかし日本でも 1990 年代から個人住宅において省エネルギー化に向け換気量の削減や、住宅の高気
密化や高断熱化が進み、シックビルディング症状と同じような状態が報告されるようになり、「シックハウス(病気の家)症候群、Sick House Syndrome」として全国的に大きな社会問題となりました。
当時の住宅とビルの相違として、住宅には機械換気の設備はほとんどなく、建築資材に合板やプラスチック系の建材使用が進み、汚染物質発生量が増大してきたのがシックハウス症候群の原因と考えられます。
なお、基本的にはシックビルディング症候群が一般住宅で生じたものがシックハウス症候群と考えられますが、シックハウス症候群は和製英語で欧米ではシックビルディング症候群と一括して呼称されています。
シックビルディング症候群・シックハウス症候群の定義は、①眼、鼻、喉、皮膚の刺激症状、頭痛、倦怠感などです。
②建物内で同じ空気を吸う人の中で複数の人が同じような症状を呈します。
③問題となる建物を離れると症状は軽快します。
④シックビルディング症候群・シックハウス症候群の診断には環境因子の何が問題かを環境化学物質などばく露(曝露)データから確認し、原因に応じた対策をとることが重要です。
⑤シックビルディング症候群・シックハウス症候群は住宅や職域のみならず学校、病院、デイケアセンターなどでも問題が生じる可能性があります。
⑥私たちが行ったシックハウス症候群に関する疫学調査では、症状によっては幼児や高齢者はハイリスク集団と思われますので注意が必要です。
また室内空気質が原因で医学的な病名がつくものがあり、それらをシックビルディング関連病と呼びます。
この中にはアレルギーやレジオネラ細菌感染症、過敏性肺臓炎や有機溶剤中毒症などがあります。
たとえばレジオネラ細菌症で有名な事例はアメリカ・ペンシルベニア州での米国在郷軍人会の参加者と周辺住民 221 人が原因不明の肺炎にかかり抗生剤治療を行いましたが 34 人が死亡しました。
新種の細菌(グラム陰性桿菌)が患者の肺から多数分離され、この菌は在郷軍人(legionnaire)にちなんで Legionella pneumophila と名づけられました。
会場近くの建物の冷却塔から飛散した空気の微粒子(エアロゾル)の中に含まれていたとされています。
このほか化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity: MCS)があります。
この病気を紹介したMiller によれば「化学物質高濃度ばく露イベントがあり(第1段階)、その後、化学物質に耐性がなくなり毎日の低いレベルのばく露でも MCS を引き起こす(第 2段階)と言われ、過敏性を獲得した人では普通の人では症状が出ないような極めて低い濃度でも多様な症状が出現し、かつ原因物質以外の種々の環境要因で症状が発現する」とされます。
しかしなぜ過敏性を獲得し、原因物質以外にも反応するのか?本態(病気の原因とメカニズム)が明らかではありません。
またシックビル関連病やシックビルディング症候群に比べて、環境を変えてもなかなか治らないのが特徴ですので WHO/ IPCS では「本態性環境不耐症(Idiopathic Environmental Intolerance: IEI)」とよんでいます。
(詳細は第 3章と第 11章に記述)