(3)遺伝毒性をもつ合成化学物質による自閉症リスクの上昇
レット症候群と同様に,両親は自閉症を発症していないが,子どもの DNA に新しくおこる(denovo の)遺伝子の欠失や重複など「新たにおこる突然変異」がおこり自閉症になる場合が報告されている。
この場合は「両親から子に遺伝したものでない」自閉症となり,原因としては,発ガンなどですでに問題になってきていた突然変異原性など遺伝毒性をもつ多様な化学物質群があげられる。
その多くは,環境化学物質でありたとえば,アルミニウム化合物のような普遍的に存在する環境化学物質が常に引き金を引いていたと考えられる。
,環境汚染により,神経毒性はもたないが遺伝毒性をもつ化学物質に曝露された場合にも,自閉症がおこる可能性があることになる。
この変異は,その子から孫に,今度は確実に遺伝するので,突然変異原となる合成化学物質群に曝露されやすい平均的な人に自閉症にかかりやすい体質が蓄積されていくことになる。
化学物質汚染が著しかった日本で,ガン患者,発達障害児が共に増加している原因には,共通部分があることになる。
(4)自閉症関連遺伝子リストから発症メカニズムが類推できる
「自閉症 “原因” 遺伝子」発見競争は初めから無理があったが,その結果多数の自閉症関連遺伝子がわかり,自閉症の遺伝子背景の一部を明らかにしたことは充分意義のあることである。
原因遺伝子ほど明瞭にはならないが,発症メカニズムを類推する手がかりになるからである。
表 1 もそのような視点から,見つかった遺伝子がコードしている蛋白質の脳内での生理作用によって主な遺伝子を分類し,3 つのグループだけを紹介している。
第 1 にあげられるのが,シナプス,ことにその多様な結合に関連する遺伝子群である。
脳の高次機能は,それを担う神経回路の形成=シナプス形成によって獲得され発達する。
脳内では非常に多くのシナプス結合が,一部は新しく形成され,他の部分では脱落し,新しい機能をもった神経回路が発達していく。
したがって,ニューレキシン(Neurexin)やニューロリジンなど直接シナプス結合(前シナプス部と後シナプス部の結合)を行っている蛋白に異常があれば,シナプス形成ひいては神経回路発達の異常がおこりやすくなるのは,当然と考えられる。
機能神経回路の発達には,シナプス部分で 2つの細胞膜を直接結合している蛋白だけでなく,その他のシナプス機能に関連する遺伝子の異常も大きくかかわっている。
ヒトで発達した長期記憶の基本メカニズムであるシナプス結合は,じつは主にシナプス活動の強さによって調節されているためで,シナプス活動がうまく働かないと,正常なシナプス結合もうまくできない。
活動依存性にシナプス結合が強くなったり,数を増したりするだけでなく,抑制性のシナプス活動などではシナプスの淘汰がおこり,シナプス結合が脱落し減少することもあり,このほうが重要な可能性もある。
第 2 のグループとして,シナプス活動の基本的メカニズムである多様な神経伝達物質の関連遺伝子や多様なイオン・チャネルの遺伝子,複数のシナプスを同時に調節する細胞間コミュニケーションの基本情報化学物質である多様なホルモンの関連遺伝子が遺伝子背景として効いてくる。
第 3のグループとして,これらの遺伝子の上流にある転写調節部位に関連する遺伝子群がある。複数の遺伝子の発現を同時に調節するので,この群の遺伝子変異の影響度は大きいのかもしれない。
瀬川昌也(瀬川小児神経学クリニック)の豊富な臨床での長期観察に基づいた,「睡眠パターンや這い這い行動の発達異常が自閉症など発達障害に関連しており,アセチルコリン系だけでなくドパミンなどのアミン系やセロトニン系の発達も重要である」という報告も,それら神経伝達物の関連遺伝子がリストに入っていることと符合する。