コラム 2
「環境病」とエピジェネティックス
エピジェネティックス(epigenetics)とは,元来ウォディングトンが提唱した重要な生物学の概念で,分子生物学的に表現すれば,「生物の発達,分化の過程で,DNA 塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御現象の総称」である。
通常の転写調節も含まれるが,特に DNA のメチル化やヒストン蛋白のアセチル化,メチル化などの化学修飾は,胎児期にいったんおこると多くが生涯引き継がれるため影響が大きい。
さらに DNA のメチル化は領域によっては,次世代にまで保存されるため,DNA 塩基配列を伴わない “遺伝”,インプリンティングと呼ばれ注目されている。最近は,ノンコーディング RNA によるエピジェネティックな遺伝子発現調節についての研究も進んできている。
環境化学物質には,さまざまなエピジェネティックな変異をおこすものがあり,2012 年には国際一流誌『Nature Review Genetics』にビンクロゾリン(有機塩素系農薬),ビスフェノール A(環境ホルモン物質),ベンゼン,アスベスト,ヒ素,ニッケルなどが DNA メチル化に変異をおこす物質としてあげられている。
ガンや生活習慣病など多くの慢性疾患は,発症しやすさを決める遺伝子背景の上に,エピジェネティックな変異をおこすような環境化学物質に曝露される “環境要因” が引き金となって,発症することがわかってきて,「遺伝病」に対し「環境病」と呼ばれるようになった。
しかも,じつは一般に「遺伝病」と考えられメンデル型優性遺伝をするとされてきた病気でさえ,詳しく調べてみると,発症に環境因子が必須であることが判明した例がある。
アルツハイマー病と似た病気,アミロイド蛋白が内臓などへ蓄積する「家族性アミロイドーシス」はヒトの原因遺伝子が同定されている「遺伝病」である。
このヒトの原因遺伝子を組み込んだ,トランスジェニック・マウスは,普通の汚い環境では 100% 発症したが,清浄な SPF環境におくと,なんと 1 匹も発症しなかったのである。