人体を汚染する神経毒性をもつ農薬・PCB などの合成化学物質の生産・使用は,1950 年代頃からますます増加を始め,環境中の有害な化学物質の種類や量は 21 世紀になっても増加を続けた。
このような近代文明に伴う影の部分は,レイチェル・カーソンにより『沈黙の春』として,すでに1962 年に警鐘を鳴らされた。
その後,発ガン物質などは毒性試験が容易なので早く規制されたが,万全ではなかった。
脳への発達神経毒性は現在でもほとんど規制されておらず,野放しである。
これには簡便な毒性試験がなかった事情もあり,筆者の研究(CREST,前出脚注 5)では,発達障害の発症メカニズムの基本を遺伝子発現の異常ととらえ,新しい毒性スクリーニングシステムを提唱している。
最近,この「トキシコ・ジェノミックス」と呼ばれる新しい毒性学分野も,DNA マイクロアレイ技術が進歩・簡便化し,全ゲノム・レベルでの解析が容易になった。毒性学の革命的進歩が期待される。
全ゲノム・レベルの DNA マイクロアレイ技術は,本稿(下)で述べるネオニコチノイド系農薬などの化学物質だけでなく,放射性物質の生体影響にも既に応用されておりの健康を考える上で最大の問題である「放射性物質と化学物質の複合汚染問題」には,今後集まるであろう膨大なデータの解析が科学的健康影響予測に役に立つと思われる。
自閉症と近代文明の関係については興味深いデータがある。
それは,米国社会で異彩を放つアーミッシュという特殊なオランダ系民族集団の健康度で,彼らは移民当時の生活スタイルを堅持しており,近代文明を拒否している。
驚くべきことに,彼らの自閉症の発症率は,平均の米国人の十分の1 くらい,ここ数十年で年数人しか発症せず,自閉症児は著しく少ないままだ。
環境要因のうち,近代文明に浸っている一般米国人が曝露し,アーミッシュの人たちが曝露されていないものが,自閉症の原因となっているということになる。
環境因子による遺伝子のエピジェネティック(コラム 2参照)な変異(DNA 塩基配列に変化をもたらさない変異)が数世代にわたって「遺伝する」例があること , さらに次に述べる新たな(de novo の)突然変異による自閉症発症も考えると,もともとの遺伝子背景の違いもあろうが(ただしアーミッシュと一般白人の場合は同じヨーロッパ系),現在までの環境の悪影響によるエピジェネティックな変異や遺伝子変異が蓄積し,双方の変異から遺伝子背景が米国人の平均集団で悪化したのかもしれない。
長年にわたり世界一だった日本での農薬の使用度・曝露度の高さから見ても,環境からの毒性化学物質による人体の汚染は,大まかに言って米国人より日本人のほうがはるかにひどいと思われるので,平均的日本人の遺伝子背景は,平均的米国人よりさらに自閉症など発達障害になりやすくなっている可能性がある。
詳細な研究が必要である。