疫学の弱点は,調査したサンプル数が少ないと検出力が弱く,結果(ことに相関がネガティブな結果で,「だから因果関係が証明されないので “安全”」と装うケース)が信用できないことである。また研究者は元来,自分の考えを正しいと証明するために研究を行う。
1977 年以前は,環境化学物質汚染はまだ著しくなく,最近増えている高機能自閉症に比べ,遺伝要因が比較的強いと思われるカナー型(低機能)の自閉症の子どもの割合が当時は今より高く,臨床での観察力が優れたラターが,連れてきた親にも自閉症気味の人が多いことに,気がついていたからかもしれない。
さらに双生児には,発達障害をおこしやすい特有の子宮内環境など周産期の医学的問題がある。
一卵性双生児の多くは,胎児が胎盤を共有するか,共有しなくても近接しており,栄養など母体からの供給が競合することなどにより低栄養になりやすく,脳神経系はもとより種々の障害が発生しやすいことが知られている。成人でもいえることだが,血液からの種々の栄養分の供給不足に一番脆弱なのが脳であり,既知の環境因子である異常出産など周産期のトラブルがなくても,一卵性双生児であるがために,双児ともに軽度の発達障害がおこっている一致例は無視できないであろう。
そして,この「“遺伝率” 92%」が他に頼りになる研究方法がないのと,自閉症研究を牽引した英国モーズレイ学派を代表するラターの名声もあり,安易に引用されはじめ,きちんとした批判のないままトレンドになり教科書的な本にも,「自閉症は遺伝だ」と表現されてしまった。
最近,この調査数の少なさは克服され,より検出力の高い 2011 年の論文24では「“遺伝率” は 37%」である。これは「長生きは遺伝で決まるか」という問いにデンマークで行われた一卵性双生児法調査の結果,「“遺伝率” 20~30%」とあまり変わらない。
双生児法を仮に「一つの目安」と認めても,自閉症の場合,残りの 63% は環境要因となる。
詳しくは述べないが,現在の進歩した医学・生物学の知識からすると,根拠に疑問の多い双生児法の本質的問題点には目をつむり,単純な「遺伝か,環境か」のレベルであえていえば,「自閉症は環境要因が強い」のである。
自閉症など脳の発達障害における一卵性双生児の一致率の高さには,遺伝子発現への環境の影響や,一卵性双生児特有のリスクも含まれている。
ラター本人も最近になって著書25で明確に認めているように,従来の一卵性双生児法で算出された“遺伝率” には,実は環境要因も含まれてしまっており,遺伝要因が過大評価されている。
むしろ一般の生活習慣病のように発症のしやすさが遺伝的に規定されている遺伝子背景があると理解すべきであろう。