・3 発達障害の原因研究の流れ
――遺伝から環境へ
ヒトの場合,生前・生後の環境,外界からのさまざまな感覚刺激などが,脳の発達に強く影響することは当然である。
したがって一般にヒトの脳機能や行動の発達は,「遺伝と環境の相互作用」によるというのが定説である。
脳機能の発達障害は 21 番染色体のトリソミーにより知的発達に障害が生じるダウン症のように染色体レベルの異常によりおこることもある。.
自閉症では 15 番染色体の重複など染色体の変容(最近では遺伝子のコピー数変異が注目されている)がある例も報告されている。
しかし自閉症児一般には,染色体異常はない。
環境因子としてはヨード不足によって生じる精神発達の遅滞を伴うクレチン症が古くから知られている(コラム 1 参照)。
また,母親が有機水銀に曝露され,子宮内環境すなわち胎児が汚染されていると運動・知的能力の重度の低下などを伴う胎児性水俣病がおこる。
遺伝要因の過大評価
発達障害は,一般に単一の原因遺伝子変異だけで発症する「遺伝病」では決してない。70 年前から診断されている自閉症においても,メンデル型遺伝を示す家系は世界で 1 例も見つかっていない。
ところが自閉症など発達障害については,21 世紀にはいってすら,「原因は不明だが遺伝要因が強い」とする論文が多かった。
“親の育て方が悪いせい” といった見方を否定することに役立った面はあるが,“遺伝的な影響が大きい” と書かれると,今度は親ばかりでなく血のつながった兄弟姉妹,親戚まで悩ませることになる。
まず今までの自閉症基礎研究で「遺伝子の関与が過大評価されている」ことの歴史的経過について簡単に述べる。
「自閉症の原因として,遺伝要因が強い」という説が信じられた科学的根拠とされるのは,1977 年のマイケル・ラターらの自閉症の一卵性双生児法*11調査では初期の論文22あった。
たった 21 組の解析,しかも診断基準はDSM 以前なので主治医の主観であったが,結果は刺激的だった。
一卵性双生児間の一致率は 36%,しかし境界例を含めると 82% になった。
二卵性では 0%,境界例を含めても 10% で遺伝性が高いことは明瞭とされ,後の論文では “遺伝率”は 91~93% と計算された。
ラター自身は結論を「自閉症は先天性(生まれる前に決まっている=あえて遺伝性とはいわず,胎児期の環境要因を含めている)」とし,“冷蔵庫マザー” 説に悩んでいた親や専門医にも受け入れられ,今まで広く信用されてきた。