日本における化学物質過敏症研究の現況 | 化学物質過敏症 runのブログ

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・日本における化学物質過敏症研究の現況
北里大学名誉教授 石川 哲氏
1.はじめに
 本日は、医学的にシックハウス症候群(疾病症)と化学物質過敏症の二つを見ていったときに、それをどういうふうに診断をするか、どう患者を診ていくか、という点を、特に神経系の問題を中心にお話したいと思います。一番問題となるのは、子どもの発育遅延に化学物質、特に有機リン農薬が大きく関係しているということで、今世界中で問題となっています。
 私と柳沢先生は共に、20年以上前から化学物資があぶないと警告し、厚労省に働きかけてきました。
当初は、化学物質過敏症の患者は何故病気が起きるのか分かりませんでした。そこで、私達は、ホルムアルデヒドとトルエン、殺虫剤の有機リン剤が患者の半分の原因ではないかと狙いをつけ、当時、弟子を10人弱アメリカに留学させ、化学物質過敏症の勉強をさせました。私も、化学物質過敏症を研究しに年2回ほどアメリカに行き、また、本日いらっしゃっているミラー先生(米国)やルノー先生(ドイツ)にも、外国でも、日本でも、何度もお会いし討論してまいりました。既に20年以上のコンタクトがあります。その様なデータを持って, 旧厚生省と連絡をとり続け、それらの成果が今日の13化学物質指針値の決定、建築基準法改正に繋がっていったと思います。
 では、建築規制後に患者が減ったかのでしょうか、増えたのでしょうか。私のところにきた外来患者では、1998年から2004年の間で、シックハウス症候群は減っております。化学物質に気をつけようという国の政策によって、ある程度シックハウス症候群が減ったのは事実です。一方で、化学物質過敏症は減少せず、増えてきております。これは、日本だけではありません。米国も同様です。
2.他覚的検査による化学物質過敏症診断
 さて、化学物質過敏症と、化学物質による一般に言われる中毒とは、どのように区別されるのでしょうか。これは、前者が微量で発生する疾患ですが、厳密にはどの位の量かといわれても、世界中の学者も明確には出来ません。シックハウス症候群と化学物質過敏症を明確に区分けすることも困難です。微量中毒は人間のデータが殆どなく、動物実験の結果から類推するしかありません。さらに、慢性中毒の場合、個体側の要因により左右されるので、厳密に量と反応をクリアーに示す事は不可能です。
 これらの患者には、①頭が痛い、②めまい、③目が暗く見える・しばしばして見えにくい、④疲れる、⑤集中力困難など、大体5つくらいの症状があります。カナダのレポートでは、これを基本症状としています。
 しかし、化学物質過敏症の患者は、これら5つの症状も人によって異なります。症状が違うのは当たり前で、作用している物質の量、流入経路が同一ではないからです。海外のチェックリストは、病名を決めるためには、まずこれら5つの症状があるということが前にも示した通り、前提とされています。
次に、以下で話す、訴えとは異なる「他覚的検査」によって病名を決めるというステップに踏みこむ事が大事だと思います。
 まず、なぜ化学物質過敏症で他覚的検査が必要なのかという疑問に答える事が、診断上で大切であると思われます。化学物質過敏症で本人の承諾を得て病理解剖になった患者さんの1つの例を示しましょう。たとえば、有機リン殺虫剤の慢性、長期使用で目が見えなくなり、心筋梗塞で亡くなられた方の解剖例です。視神経が真っ白に萎縮し、網膜の、見ることに大切な視細胞層が萎縮喪失し、機能が全くなくなっていました。さらに、脳の血管、心臓血管内の動脈硬化が年齢に比して、非常に強かったのです。
この場合、目にしか初期には所見がなく、調べなければ、殆ど何も検査をしないで「狭心症です」「心筋梗塞です」「心臓破裂」といった死亡診断が発行され、終わってしまいます。そうすると、結局は何も化学物質過敏症のことは分からずに終わってしまいます。化学物質過敏症の発見に他覚的検査が如何に重要であるかがわかります。
 今回は、化学物資過敏症で見られる所見と他覚的検査の検査方法を時間がある限り、できるだけお話したいと思います。
診断検査1 滑動性眼球追従運動検査
 これは、測定専用のゴーグルをつけて、パソコン画面上の動く目標物を追従させて検査をします[1]。
ロス警察がスピード違反のアルコール検査前にすでに取り入れていた検査方法で、大脳の機能の検査です。日本ではまだあまり取り入れられていない検査です。
 化学物質過敏症の方は、大脳辺縁系に症状が出てくるのが特徴の一つで、大脳辺縁系は、視覚や感情のコントロールに関わっている部分になります。たとえば、有機リンによる上方注視麻痺の患者は、上方向に眼球が上がりにくい特徴を有します。後で述べる瞳孔検査と、この眼球運動の所見により、サリン事件でも早く患者が見つかり治療で助かった例がありました。
診断検査2 重心動揺検査
 重心動揺計とは、体のふらつき度合いを調べる検査です。身体の重心が足の裏に投射され、その軌跡を記録する方法です。水平な台にまっすぐに乗っていただき、1分間ずつ開眼と閉眼の記録をとります。
X-Y軸の2次元で記録します。次に水平記録の台に乗っていただき、左右のバランスを測定し次は垂直方向のブレを測ります[2]。これにより、中枢神経の異常があるか、ないかを調べられます。有機リン系が関係している人は、横ブレが普通の人よりも多いのが特徴です。水銀中毒などでは縦か、回転性の軌跡をとるとも言われています。もっとも、普通の人でも高齢者はブレる人もいるので、コンピューター解析をして、正常、異常の判定をします。
診断検査3 コントラスト感度・視覚空間周波数特
性検査(MTF:modulation transfer function test) MTFとは、正弦波形になっている白黒の濃淡差を認知識別させ、視覚領における識別感度(コントラスト感度)を利用して、他覚的に詳しい識別から、視力を評価する鋭敏な検査法[3] です。米国のロスではK.Kilburn教授が、中毒、特に慢性の神経系の異常の判定に推奨しています。縞しまの線、境界線がしっかり見えるか・暗く見えるか見えないかなどを測定します。5回くりかえし、異なる周波数でトライし、グラフを書いて判定します。このコントラスト感度で重症か否かを判断します。我々のアイデアで、水俣病の判定にも大活躍した検査法です。
診断検査4 瞳孔検査(外から見える唯一の自律神経検査)
 昔から日本には、「病は眼から始まり眼に終わる」といわれています。中国では3~4千年前から眼で病気を診断していた記録などが残されています。
 私達は、世界で初めて「瞳からみた化学物質過敏症」を講演して米国で報告し、最近では国際瞳孔学会で化学物質過敏症の症例の診断法を紹介し、非常に驚かれた経験があります(第25回国際瞳孔学会Pupil Colloquim, Proceedingsに原著)。この検査は、新しい一つの診断ポイントになりました。
 瞳孔は、光を与えてやると縮み、光を消すと広がり元の大きさに戻ります。簡単には、縮瞳があり、散瞳があります。縮んだ時(副交感神経)と一番広がった時(交感神経)の大きさと反応経過を測定することによって、その人はどの様に自律神経が働くかを知ることが出来ます。身体の神経の働きが、一目瞭然にわかるのです。瞳孔を縮める筋肉は、目の周りを囲む瞳孔括約筋だけでなく、外へ引っ張るという散大筋が抑制されて小さくなる事があります。
実は、この検査で調べると、化学物質過敏症では散大筋、縮瞳筋も侵されている例が多いことがわかります。たとえば、サリンでは、瞳孔が非常に縮瞳します。また、有機リンの空中散布を1回受けただけで、全身の異常を示した有機リン中毒の患者の方には、3カ月経っても元の位置にまで復元していなかった症例もあります。しかし、最近の有機リン剤系ではあまり縮動しない物質もあるようです。
 しかし、反応経過を分析することで、異常が検出できます。
 頚部交感神経麻痺の疑いで来院した64歳の女性に瞳孔反応検査をしてみたところ、本来、瞳孔が大きくならなければいけないのに瞳孔が広がらず、実は、スミチオンが原因のシックハウス症候群であることが判明した例などがあります。
 ところで、この瞳孔検査は、乳幼児に対して行うことは残念ながら難しいのです。大体、5、6歳以上で、刺激して10秒間我慢できる年齢になっていることが必要です。ただ、赤ちゃんの場合などは、自宅で明るい所と暗い所で瞳孔の写真をデジカメで撮って医師の所に持ってきていただくと診断上有効だと思います。目の下に定規か物差しのスケールのついたものを画面にいれてください。
診断方法5 青色刺激による瞳孔の反応
 今までの診断方法はかなり分かっている話ですが、ここでは、光の色と人間のバイオリズムという、最先端の研究の話をしましょう。現在、新しい光受容体「メラノプシン(melanopsin)」が大きな話題を呼んでおります。メラノプシンは、特殊な神経細胞が含んでいるタンパクで、青い光の刺激で誘発され、自律神経を通じて脳の働きに影響を与え、主に交感神経系の生体のバイオリズムを制御します。それが狂うことにより、複雑な愁訴を起こし、化学物質過敏症の診断に影響する可能性が期待されています。
診断方法6 近赤外線脳血管酸素モニター
 これは、脳の組織内のヘモグロビンの酸素濃度の変化を測る検査です。患者の前頭葉又は後頭葉に表面電極を付け、患者の了解を得てエタノール、イソクロピルアルコール、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレンなどを微量に与え、患者に立ったり座ったりしてもらい、脳の血管の動きを測定します。この方法を使うと非常に簡単に検査ができます。(角田和彦医師)
 脳の血管に反応が出る患者には、頭痛・めまいなどを伴っている場合が多く、非常に強い蕁麻疹、咳込みがある、呼吸がつらいという人もいました。