3.新たな課題
実際に、前述した対策が行われた後も、過敏症の相談件数は減少しませんでした。
その理由として、まず代替物質の使用があります。
確かに規制された化学物質については使用が減少しました。しかし、それ以外にも化学物質は数え切れないほど多く存在します。
建築の際、規制された化学物質以外の毒性未知の化学物質(代替物質)が大量に使われ始めたため、規制物質以外の化学物質を大量に吸い込んでいたのです。
次に、換気回数の不足があります。
換気は化学物質過敏症の原因となる汚染物質を室内から減らすのに大変効果があります。
実際にも換気量を増加させたことで、室内空気中のTVOC(揮発性の炭化水素の総量)濃度が激減した例があります。
このように換気は汚染物質を減少させるのに効果があるのですが、建物の陰圧化等によって、十分な換気がなされず、結局、汚染物質が室内で高濃度化してしまうといった問題が起きています。
また、かつて接着剤として使われていたでん粉糊は、カビ、ダニの格好の餌となり、アレルゲンの主要な原因になっていたことから、アレルゲンを防ぐ必要がありました。
そこで登場してきたのがホルムアルデヒドでした。
ホルムアルデヒドは安価なだけでなく、カビ等を防ぐのに優れているというメリットがあったため大量に使用されてきました。
かつての日本人は、夜も窓を開けっ放しで寝たりと、換気を多くする生活をしていたため、ホルムアルデヒドを使っていても、汚染物質が高濃度化されず、人々は過敏症にならずに済んでいたのです。
しかし、近年の気密性の高い住居では、十分に換気が行われず、室内のホルムアルデヒド濃度がどうしても高くなってしまうのです。
4.歴史から学ぶ教訓
どのような汚染物質でも、その物質の存在や性質が分かっていて、なおかつエネルギーを自由に使えるなら、その環境汚染問題は解決します。
しかし、私達はそれをすることはできません。無尽蔵にエネルギーを使っては、地球環境問題を引き起こしてしまうからです。
エネルギーと汚染物質は二律背反関係にあります。
化学物質過敏症には、換気が極めて有効です。
しかし、近年、省エネの名の下に換気回数は減らされてきました。家庭生活におけるエネルギー消費が何十年も増加傾向にあったことから、人々は真面目に省エネに取り組みました。
換気をすると冬場は室温が下がり暖房の効率が悪いため、換気を減らしてしまったのです。
そして、その結果、室内に汚染物質が蓄積してしまったのです。
省エネは、環境問題を意識してのことでした。しかし、環境問題への対策を立てるときには、その対策の副作用、波及効果を検討しなければなりません。
室内汚染のように別の環境問題を引き起こす可能性があるからです。
日本はこれまで数々の公害問題を抱えてきました。例えば、水俣病もその原因物質やメカニズム(科学的因果関係の確立)が明らかになるまで、多くの時間と犠牲者が必要でした。
化学物質過敏症においても、科学的因果関係を確立するには多くの時間が必要で、適切な対策がとられるまでは、汚染が続き、犠牲者は増える一方なのです。
我々は、水俣病をはじめとした公害病への反省からも、予防原則に基づき行動する必要があるのです。
すなわち、科学的因果関係に不確実性がある段階で対策を実施し、犠牲を最小限にしなくてはならないのです。
日本には化学物質政策基本法がありません。しかし、基本法は絶対に必要です。
その中に取り入れるべき原則は、予防原則とポジティブリストであると考えます。
これは、次世代の子供たちをきちんと育て上げるために、絶対に必要なことです。
(報告: 宇野真由美