・・化学物質過敏症対策の経過現状および問題点
東京大学大学院・新領域創成科学研究科・
環境システム学専攻・教授
柳沢 幸雄氏
セミナー講演 1
1.シックハウス症候群、化学物質過敏症について
シックハウス症候群や化学物質過敏症は、第5の公害病ともいえる深刻な病気です。
しかし、今から20年ほど前まで、これらの病は病気として認知されておらず、現在も正しく理解されているとは決していえません。
それには、2つの理由が考えられます。
一つは、過敏症の症状が、頭痛、記憶力・思考力の低下、めまい等、過敏症以外の病気でも出る症状であり、しかもすべて主観的な自覚症状であることです。
もう一つは水俣病等の公害と異なり、一定地域に多発する地域汚染ではないことです。
同一家庭でも家にいる時間等によって症状の有無が異なります。
しかし、実際に、過敏症患者の人々は様々な症状に苦しめられ、学校に行けなくなったり、生活の場所すらなくなってしまうほどの状況に追い込まれているのです。
2.行政による規制
過敏症の問題に対して、行政は、①室内濃度指針値の決定(主に1997年から2002年にかけて)と②建築基準法の改正(2002 年)により、化学物質に対する規制を行いました。
まず、①室内濃度指針値の決定により、13項目の室内濃度指針が策定されました。
また②建築基準法改正により、ⅰ)機械換気による一時間に0.5 回以上の換気が義務付けられ、ⅱ)ホルムアルデヒド含有建材の使用量が制限され、ⅲ)クロルピリホスの使用が禁止されました。
結果として、ホルムアルデヒドを基準値以上に含む新築住宅の割合が約30%から約2%にまで激減し、大きな効果が生まれました。
また、トルエンについては規制対象ではなかったものの、建築業界の自主的な努力により、大幅に減少しました。
しかし、これらの規制によって、全てが解決されたわけではありませんでした。
既存住宅の汚染状況の調査により、ホルムアルデヒドは1年目には急激に減少するものの、その後は増減を繰り返すことがわかったのです。
一旦、ホルムアルデヒドを塗料、接着剤として住宅に使うと、2年目以降、その濃度は、夏高く冬低いという季節変動を示し、単調に減少しないことがわかりました。
これは、ホルムアルデヒド(塗料等に使われる尿素ホルムアルデヒド樹脂)の放散過程に理由がありました。
塗料や接着剤が硬化する過程で、ホルムアルデヒドは大量に放散します。
これにより1年目には濃度が激減します。しかし、2年目以降については、尿素ホルムアルデヒド樹脂は加水分解する性質があるため、湿度の高い夏は加水分解しやすくなり、気体となって室内に放散され、その濃度が高くなってしまい、反対に、湿度の低い冬は濃度が低くなることがわかったのです。
加水分解されている限り、ホルムアルデヒドは放散され続けることになります。
では、加水分解はいつまで起こるのか。それは、接着剤ならその接着力がなくなるまでずっと起こるのです。
他にも、アセトアルデヒドについては規制後も濃度は減少せず、むしろ増加していることがわかりました。
以上のように、1997年から2002年にかけて行政が精力的に行った対策は、その一部については大きな効果を上げました。しかし、それにより化学物質過敏症がなくなったわけではありません。
その問題は、より複雑に、厄介になったとさえいえるのです。