診断サプセット
MCSの患者の中で、予後・治療上に関して有効ないくつかの診断的サプセットが同定されている。
その内の主なものを、すなわち精神身体症候群、化学性頭痛、後天性溶媒不耐症を以下に記す。
精神身体症候群( pos)
19世紀の終わりより、急性中毒症状を示す有機溶媒の存在が知られていた。そしてスカンジナピアにおける一連の研究で低レベルの溶媒への慢性的な暴露状態にある労働者の神経精神的機能障害が発見された。
ペンキ屋の中に大脳萎縮や一般的な神経精神的検査の反応が異常を示すといった慢性中毒脳症を示すものも発見された。
慢性的な職業上の溶媒への暴露といった病歴をもった3例のMCSの患者で、客観的な神経精神的検査の異常とともに疲労、記憶力低下、攻撃型或は抑欝型への個性変化、頻回の頭痛といった精神身体症候群を認めている。
これらの患者は精神科的なカウンセリングやバイオフィードバック形式の治療によく反応するかも知れない。
化学性頭痛
化学性頭痛はRaskinによって化学物質暴露と関連した頭痛と定義され概して片頭痛や血管性頭痛の特徴をもち、拍動性であり、吐き気、めまい、下痢、顔のこわばり、腹部けいれんといった症状を伴う。
化学性頭痛に関連した化学物質は有機溶媒、グルタミン酸ソーダ、硝酸塩、チラミン、フェニールエチルアミンなどを含む。
化学性頭痛と精神身体症候群の症例の違いは暴露期間が化学性頭痛では短いこと( 1一4年) (posの例では5一10年)と、作業能力低下または喪失の期間がpos の例の1 ~ 4年というのにくらべて短いこと( 0 ~ 1年) である。
化学性頭痛の例では神経精神的障害のないこと、症状の形が少ないことによっても分けることができる。
また化学性頭痛では非喫煙者が多いのに対し、POSの例では喫煙者が多い。
これらの患者は大抵反復する片頭痛様頭痛の対症療法によく反応する。
後天性溶媒不耐症
最近後天性溶媒不耐症症候群として、Gyntelbergによってデンマークの労働者の症例について記載がなされた。
これらの労働者は有機溶媒への暴露の既往があり、その後超低レベルの溶媒に対し、めまい、吐き気、脱カといった多くの症状の超過敏性を示す。
後天性溶媒不耐症の診断基準に当てはまる6人の患者が暴露期間は最短2カ月から7年以上にわたる。
6人中4 人はサーピス業で働いていた。
明らかな起因物質を除去し、時が経っと多くの場合反応性は弱くなるか、消失した。
一層の研究が必要である。
私はこれら症例の中でMCSの定義に当てはまる暴露と症状、状態の種類について述べようとしてきた。
将来prospectiveな科学的な調査によってMCSの患者の診断、治療、長期予後に関するもっと多くの知見が得られるようになることを期待している。
一方職業医学者は一般的な環境刺激物質への低レベルの暴露に起因する多症状を示す患者に直面している。
症状が身体的な基礎を持っ患者に対して、従来の一部の医師がしてきたような単純な否定では患者の興味を引かないばかりか今まで以上の強い不満を助長するだけである。
反対に、患者がMCSの特異的な診断サプセットの基準に1つでも当てはまるかどうか見極めることは治療の役に立つかも知れないし、予後の良い人を同定する役にも立つ。
MCSのプロフィール
基本的に後天的な疾患である。
その症状は再発を繰り返す(季節、ストレス、化学物質との接触、その他)。
たとえばべーチェット病の反復する発作を思い出すとよい。
化学物質が一応疑われる場合でもその量は想像できないほどの微量、たとえば、ppm、ppbのオーダーである。
障害の発現は多臟器性である。
したがって一つの検査で、簡単に診断を決定できるような代物ではない。
性差はあまり明確ではないが、比較的教養のある女性に多い傾向があるとされ、たとえば、カナダのオンタリオ州では人口の2 ~ 10 %に認められるといわれている。
米国でも州によって差があるがテキサス州では、1 ~ 2 %に認められるとされている。ニュージャージー州では10 %近いという人もある