患者の内訳
この一連の症例のうち、診断基準に当てはまる典型的な症例は全体で13患者、女9人、男4人であった。これらの症例の特徴を以下に記す。
発症年齢は29一46才にわたり、多くの症例は30 ~ 40才で発症している。
平均年齢は42.8才である。
平均では女性は男性(平均40才)よりやや高齢である(平均44才)。職業には教師、清掃業、電子部品組立工が多かった。
しかし郵便局長、病院カフェテリア勤務といった他の仕事もある。
全体で5人の製造業従事者、3人の教職員、2人の熟練技術者、1人の病院職員、2人の役所勤めであった。
次にそこに記載してあった典型的な症例をみてみよう。
典型的な症例
症例1 : 30才の男性ペンキ塗装業。
主訴として背下部痛と季節性鼻炎。
5年間は問題なく現在の職場で働いていた。
エポキシ、ラテックスといった多くの種類のエナメルをスプレーで用いていた。最近多量のラッカースプレーへの暴露に引続きかなり激しい頭痛、めまい、視力低下、動悸、息切れ、ひどい眠気、四肢のしびれ、発汗、いらいら、強い疲労感といったひどい症状が出現しだし近くの内科医を受診し、数週間暴露から隔離された。
①その間初めの症状はほとんど治った。
②しかし再び仕事に戻ろうとしたとき、ほんの短期間極めて小量の暴露の後に症状が再発した。
③それに引続き家庭用クレンザー、自動車の排気ガス、ガスこんろ、香料、汚い空気に曝された後に、前述した不安感、頭痛、脱力、視力低下、注意散漫、疲労感といった症状を呈するようになった。
めまいのため神経耳鼻科医を受診し、治療を受けたが改善は見られなかった。
そこで、心身症外来を受診し、グループ療法とトランキライザー治療を受けたが症状は増悪した。
その後サンフランシスコ総合病院の職業保健クリニックを受診した。
以下その治療内容である。身体的検査は正常であった。
精神科的検査により不安、パニック発作の既往が認められ、軽いが明白な短期の記憶喪失の所見がみつけられた。
いろいろな刺激物への暴露を避け、有機溶媒にも暴露しないように命じたところ彼の発作は1年半の間に頻度、重症度ともに軽快した。
症例2 : 34才の女性で、オフセット印刷の技術者で10 年間印刷機の洗浄や印刷用のインクに用いられる溶媒に暴露されていた。
トリクロールエチレン、シンナーなどの印刷機洗浄用溶媒に暴露された後、
①尋麻疹、ひどい頭痛、見当識喪失、情緒過敏、短期の記意障害が起こった。
初めこれらの症状は仕事での暴露に続いてのみ起こり、仕事から離れるとよくなった。
②しかし8年の暴露の後に、家庭用の洗浄剤、ガソリン、新しい建築物、新しい出版物、新しいカーベットやフェルトヘンに曝されたことに関連して頭痛、吐き気、短期記憶喪失、失見当識、咽頭痛、息切れといった症状が再発するようになった。
彼女は数人の医者を受診したが、明確な診断や治療を受けられなかった。
ひどい症状のため仕事を辞めた後、われわれのもとを受診した。彼女は慢性副鼻腔炎、非特異的尿道炎、交通事故の既往があった。
家族歴としては兄弟の子どもにアレルギーがあるぐらいである。
身体所見は正常であった。十分な神経精神科学的検査によって見当識喪失、情緒過敏、不安の存在が確認された。
そこで有機溶媒にこれ以上暴露することを避けるよう指示した。
その後彼女は他の方面での仕事をみつけ、生き生きと勤務し症状は徐々に軽減した。
症例3 : 50才の電気部品組立工である。
電器会社でハンダごてでプリント基盤のハンダづけをベーストで行ったり、その基盤をフッ化炭化水素の溶媒で洗浄したりするまで、季節性の気管支喘息の既往がある以外は健康であった。
①作業開始数週後腹満、空ら咳、息切れ、食欲不振、だるさを呈した。
②それ以来空調の効いた建物、オーデコロン、マニキュア、ペンキ、新しい印刷物、コピー機、雑貨屋の洗剤コーナーに暴露された時は必す注意散漫、震え、動悸といった症状を再発するようになった。
身体所見は軽い安静時の振戦をのぞいては正常であり、強制呼気法では喘鳴は聞こえなかった。
肺機能検査で肥満に伴う軽い換気障害が認められた。
職場から離れるよう指導し、警備員として仕事を続けることができるようになった。
しかし極微量の有機溶媒に触れるたびごとに約2週間続く再発を引き起こした。
そこで有機溶媒や空調された建物へ人ること、つまり微量の化学物質による暴露を避けるように指導したところ健康になっている。
症例4 : 34才男性で学校の清掃管理人である。
①黒板消しや床洗浄、掃除用ワックスの化学物質への暴露に関連してひどい頭痛、吐き気、めまいが徐々に起こってきたのに気づく。
それまでは季節性の鼻炎の既往以外は健康であった。彼はまた記憶障害、気分変調、疲労も感じていた。
②症状は都市ガスによるストープで暖房された建物にはいると再発・悪化した。
近くの開業医を受診し、環境によるアレルギーと診断され、食事の注意、針、ホメオパシー式の治療をした職場での化学物質の暴露から避けるように指導された。
身体所見は強制呼気時にかすかな喘鳴があり、収縮期雑音が胸骨左縁で聞かれたが、神経学的所見は正常であった。
精神科的な検査で正常の集中力、記憶、認識、運動機能を持っていたが、強い抑欝状態にあることが確認された。
患者の化学物質暴露に関する調査から、多種類の有機溶媒、とくにエチレングリコール、モノブチル、エーテル、キシレン、塩化炭化水素に暴露されていたとが分かった(これ以上詳しくは分からなかった)。
彼は有機溶媒への暴露のない他の分野に転職をしており、数年の間に発作の頻度は減少した。
以上一応典型的と考えられる症状を有する症例を紹介
これらの症例に対して考えると、有機溶媒が最も一般的な暴露形態であり、今回紹介した職業病の患者では13 例中11例の発症に関与している。
さらに、他の2例は殺虫剤・防炎剤成分として有機燐溶媒を含んでいるカーペットとの接触があった。
多くは基本となる化学物質と溶媒の複合物の暴露であった。
発症に関連した暴露の期間は最低数分から数日、最長10年に亘っている。