Jpn J Clin EcoⅡV. 1 N02 1992 )
総説:化学物質過敏症
石川 哲,
欧米諸国では化学物質過敏症(Chemical sens itivity)、または多種化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensi-tivity : MCS)についていくつかの総説がみられる。
さて、本邦では本疾患の報告は過去にまだないので、ここに外国の報告と教室の若干の研究をも含めて紹介する。
本症は将来、多方面の医学面から検討する必要があり、たとえば教室で行っている自律神経に関するnon-invasiveな研究等がその解決の鍵を握っている可能性があると思うからである。
1987年、エール大学内科のCullenらは工場労働者の中に、多種イヒ学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity)患者として、喘自、発作を中心とした肺・肝の機能異常を訴える数例の報告を行った。
その後、主に工ール大学グループが中心となり、臨床研究を行ってモノグラフを出版した(4)。
最近MIT (マサチューセッツ工科大)の疫学・法律学専門のAshfordらは、工場労働者のみでなく一般市民にもこれらの症例は存在するとして、広範囲なデータを集め、“微量化学物質への暴露と化学物質過敏症"というモノグラフを出版した①患者の症状は、主に“アレルギー様症状'と、"神経系主に自律神経系"を主とするが、通常知られている既知のアレルゲンに反応する疾患とはまったく異なり、微量の化学物質に生体組織が反応することによって、症状が出現してくるのが本症の特徴である。
これらの微量な化学物質による疾患の記載は全米、とくに古典的な中毒学を主張していた学者、および日本では環境庁にあたるEPAの役人に大変な影響を与えた。
これらの微量有害化学物質は、われわれの周辺に有りふれているものであり、その微量な中毒による慢性中毒にはほとんどデーターがないからである。
それらは、活性酸素を形成しやすく、患者側は有害活性酸素に対する防御機構が種々なる理由から低下している例が多いこと、さらにその活性酸素に対し生体の防御機構を高める治療法で、ある程度症状が改善するのが特徴である。
1990年から、臨床面と、研究面で米国でもやっと国家レベルで詳しい研究が行われるようになったわけである。
さらにカリフォルニア大学サンフランシスコの職業病研究学部からの報告も興味があるのでますそれを紹介し臨床像を把握し、その後少し重複する面もあるが臨床的な検査法などを紹介してみることとする。
多種化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity.MCS)
患者の悩みと特徴
ここではカリフォルニア大学職業保健クリニックにおける患者の悩みを紹介をしてみよう。
産業保健医は診断が困難であったり治療上のジレンマに陥っている患者に出くわすことがある。
これらの患者はしばしば医師に"ヒステリ“過敏症” “アレルギー” “感受性亢進” "環境病”であるといわれたり、自分でそう考えている。
多くの患者は働けないほど身体の具合いが悪いのだが、今日の診断法の欠陥、とくに産業衛生面からの診断法の欠陥、および障害の程度の評価手段の不十分さのため、就労障害、作業能力低下の誘因、原因の評価は困難となっている。
このような状態は産業保健医にとっても不満であるが、患者側の問題は一般的には神経症、心身症とか単に原囚不明といった判断になってしまう点にある。
患者の立場からすれば医療、精神社会的、あるいは経済的な援助を求めたいので、患者は面倒な症状、ストレスと不安が同時に起こったり、状態が明らかに増悪する環境で仕事を続けることができないなどという問題に直面している。
そしてどんな頭痛、注意散漫、吐き気、強い疲労感、腹痛、めまい等症状が重くてもほかの人には分かってもらえず、悩みかっそれに耐え続けている。
しかし周囲からの社会的圧力に気づくとともに収入減少と医療という経済的圧迫に直面し、悩みきっているのであり患者自身が本来安楽の場であるはずの家庭や職場が潜在的な症状悪化の原因となっていることがあるので、潜在意識下で中毒物質、アレルゲンへの暴露を避けるため生活様式、習慣、社会関係たとえば離婚などの劇的な環境変化を求めることもある。
離婚は配偶者の使用する化粧品という化学物質を避けるためである。
また患者はさまざまな医学的検査を求め、医師から多くの矛盾する意見を聞かされる可能性がある。
これは一般の臨床医のこの問題に対する認識不足による。
従来通りの医師のこの問題に対する興味のなさに対する不満で、患者はホメオパシスト、針師、漢方医といった他の治療にも受診こととなる。
そういった患者は時に複雑な免疫学的検査、チャレンジテストといった高価な診断的検査を受けることもある。
またrotationdiet (同一種の食物をとり続けず、次から次へとメニューを回転していく食事法)や、症状の誘因因子の回避といったことを指導されるかも知れない。
これらの症状の自然経過は-どのようなものか?
産業健康障害者に適切な方法を用いたら診断が可能だろうか?
この病気の臨床的な多彩さはなになのか?サンフランシスコ大学での研究を通して考えてみたい。
多種化学物質過敏症(MCS)のケースに適合するかどうか判断するために、850人の患者の記録を再検討し、その中心となった点は下記の2点であった。
1 .職場での暴露に引続き多臓器にわたる症状発現の既往。
2 .低レベルの多種環境刺激物質暴露後の多臓器に渡る症状再発の既往。
そして、それらの症例の解析を通じて、以下の問診を詳しくとることが診断に必要であることがわかった。
職業歴、個人歴(アルコールとタバコの消費)、分るなら特殊な化学物質暴露の既往、家族歴、最初の発症のエピソードや期間症状の起こり方、再発の既往とそれに関係する暴露の形式、既往歴(アレルギーと治療を含む)、以前の検査、診断、勧められた治療法。