-2:化学物質の健康影響をどう考えるか―社会医学の見地から | 化学物質過敏症 runのブログ

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・環境ホルモンと発達神経毒性
中下 遠山先生のご研究の中でダイオキシン等の化学物質が子どもの脳の発達に影響を与えることがわかってきたとのことですが、この点についての現行規制はどうなのでしょうか。

遠山 今の毒性のガイドラインは、ご承知のように国際的には経済協力開発機構(OECD)が決めています。
OECD というのは言ってみれば先進国の経済団体の集合体で、日本で言えば、経済産業省に相当する機関になります。健康よりも経済を優先する考え方が反映されている気がします。
 OECD が作る発達神経毒性試験のガイドライン(TG426)は、非常に総括的で包括的で詳しいのですが、実際問題としてこれを実行するのはほとんど不可能に近いぐらいの内容になっています。
 日本には、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)や農薬取締法がありますが、発達神経毒性試験の結果については義務とされておらず、おざなりになっています。そのため、きちんとした試験結果がほとんどないにもかかわらず、発達神経毒性を検討した結果、安全だということで、認可がされています。
新春対談
*1  2002年のヨハネスブルグサミット(WSSD)で定められた実施計画において、2020年までに化学物質の製造と使用による人の健康と環境への悪影響の最小化を目指すこととされ、そのための行動の一つとして国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)が取りまとめられました。
詳しくは、国民会議作成の「化学物質の2020年目標のパンフレット」をご覧ください。国民会議ホームページからダウンロード可能です。


中下 乳幼児への影響についての毒性ガイドラインはどうでしょうか?
遠山 そこが一番問題だろうと思っています。OECD の毒性ガイドラインは、ある程度量が多くて毒性が出る条件で投与したときの古典的な方法論に基づくものです。だから化学物質が入ってきて脳の中の組織が普通の染色方法で組織学的に異常が出るようなものを指標に見ています。
 しかし、最近私たちの研究では、普通の染色ではなく、神経の樹状突起に存在するスパインを見ることができる微細な方法で調べています。例えばダイオキシンやビスフェノールA を非常に低用量でマウスの母親に投与して、生まれた子を3週間、あるいは1年半くらい経ってから調べたときに、樹状突起が短くなったり、密度が減ったりすることがわかってきました。もちろん、通常の染色方法では病理学的な変化を検出することはできません。ただ、このような方法はまだ研究レベルでなければできないので、今すぐにはガイドラインに含めることは難しいのかもしれません。しかし、先ほどお話したように、仮説なしに、どこかに何らかの影響があるかもしれないということで網羅的に検討するのでは、低濃度・低用量の化学物質へのばく露による影響を調べるスタンスとしては、不適切であると僕は考えています。

ネオニコチノイド系農薬について
中下 国民会議では、2009年からネオニコチノイド系農薬(以下、ネオニコ系農薬)の問題に取り組むようになり、過去2回の政策提言を行い、パンフレットも刊行しています。しかし、残念ながら、日本では全く規制がかけられておりません。
 ところで、ネオニコ系農薬は、農業用はもちろんですが最近では松枯れ防止にも有機リン系農薬に代わって使用されるようになっています。松枯れ防止事業としての農薬散布は、松枯れの主因はマツノザイセンチュウという線虫で、マツノマダラカミキリがその伝播をするからとの説に基づき、マツノマダラカミキリの防除のために行われるようになりました。1977(昭和52)年に「松くい虫防除特別措置法」が制定され、1997(平成9)年まで20年間にわたって大量の農薬散布が実施されたにもかかわらず、松枯れは防止されるどころか拡大の一途をたどっています。
長野県では、散布する農薬が有機リン系からネオニコ系に変わったということで、長野県の会員の方から何とかしてほしいというようなご相談があるという状況です。はたしてネオニコ系農薬の散布は松枯れ防止に効果があるのでしょうか。

遠山 論文等を集めて検討していますが、松くい虫防除の農薬散布が松枯れ防止に役に立っているということを説得させるに十分な証拠はないように思います。例えば岡崎営林署の方が書いた報告書を読みましたが、どこの地域のどのような条件の松林を対象にして、比較対象として何を対照にし、どういう判断基準で影響を調べたかということの記載が不十分です。また結果の記載とその解釈がごっちゃになっています。また、長野県松くい虫防除対策協議会が2011(平成23)年11月に出した「松くい虫防除のための農薬の空中散布の今後のあり方」という報告書では、散布の効果があったとの記載がある事例で、別のNPO の方が提起しているように、調査方法が特定の意図のもとに行われたという問題もあるようです。散布地域の松林の枯れている松はあらかじめ伐倒して除去し、非散布地域の松林は枯れていた松を残したまま比較しているとのことです。
今後、効果を正しく評価するために、ちゃんとした調査デザインを組んで、場合によっては複数のアカデミックな立場の人を入れて、松くい虫の防除効果があるのかを調べる必要があるのではないでしょうか。ヘリコプターを用いた空中散布を決めて実行し始めて35年近く経過しています。自分のポケットマネーを使っていたら、より効果ある散布の仕方をするにはどうしたら良いかと普通の人は考えますよね。根拠もないまま散布し続けてきたとしたら、何か別の理由があると疑念を持たれても仕方がないことと思います。

立川 科学的証拠ではなく、その人の立場で発言が変わることは稀ではありません。行政と農協と農薬メーカーのトライアングルは強力でそれと戦うには工夫がいります。実は、トライアングルが最も嫌がったのはヘリから広域に撒かれる白い粉が農地に舞う写真でした。彼らがネオニコ系農薬を歓迎したのは、ごく微量の散布で有効のため、白い粉が空から降ってくるという写真が撮られず、農薬に対する悪いイメージを持たれないからです。しかも、微量で初めから環境残留量が少ない、長期間有効など使う側の利点が大きいのです。日本だけでなく世界的にもこれだけ急速に使用が拡大した農薬はないでしょう。農薬との戦いは無農薬農業が実現するまで、完勝するのは難しいのですが絶えず前進はしています。ローカルな取り組みも注目すべきです。兵庫県豊岡市ではコウノトリの復活のため、農薬を使用しない稲作を実現し「コウノトリ育むお米(無農薬)」という新しいブランドとして売れています。佐渡のトキでも成功しています。

中下 ネオニコ系農薬の人に対する影響を懸念する声がありますが、研究はどれぐらい進んでいるのでしょうか?

遠山 昨年、名古屋大学と名古屋市立大学が国際誌に興味深い研究結果を発表しています。過去十数年前から最近までの日本人の尿を対象にして、有機リン系農薬とネオニコ系農薬の濃度を分析しています。その結果によれば、様々な種類のネオニコ系農薬の生産量と尿中のそれぞれのネオニコ系農薬の濃度に相関関係があるということです。当然ですが、ネオニコ系農薬が世の中に広まった結果として、人の体内での残留レベルが増えてくるということです。他方で有機リン系農薬の生産量は減っていますから、人の体内での残留レベルも減っているということも明らかになってきているということです。つまり、望んでいないにもかかわらず、知らないうちに新たな農薬を体内に取り込んでいることがわかりました。原発事故の放射性物質、あるいはその他の化学物質もすべて同じですが、環境中にばらまかれなければ体内に入ってくるはずのないものです。散布する側は自分自身の利益のために意図的に散布していますが、直接利益を被るとは限らない人たちが体内に取り込んでしまっていることになります。自分で好き好んで口にして入ってくるタバコのようなものであれば個人の責任といえますが、松枯れ防止の農薬はそうではありません。付け加えれば、タバコも受動喫煙の健康影響があることから、禁煙・分煙規制が大きく進んでいることはご承知の通りです。

中下 現在は、生活環境中での農薬の散布についての規制がないので、国民会議では特に子どものいる環境などでは規制が必要だと提言しています。最近は、農薬だけではなく、柔軟剤の匂いなどに苦しんでいる方もたくさんいます。一番敏感な人を基準とした法的規制が必要でしょう。