4.共振周波数帯とGHz帯における全身平均SARのピーク予測
前項では、NORMANモデルに対し、FDTD計算を行い全身平均SARの周波数特性を求めた。
本章では、ICNIRP参考レベルの遠方界ばく露に対する人体全身平均SARを電気定数と人体形状との関係において計算し、共振周波数帯領域とGHz帯領域において生ずる双峰型吸収機構とピーク予測の可能性を示す。
更にNORMANモデルを縮減・作成した小児モデルに対する全身平均SARのピークレベルを示し、その予測法も併せて考察する。
図8 直方体モデルの定義
図8は身長及び体重がNORMANモデルと等しい直方体モデルを示す。
図中のWは体重であり、ρは密度である。Sはモデルの表面積である。
これらの人体数値モデルの諸元を表3にまとめて示す。
ここで、HomogeneousはNORMANモデルと同形状で均質媒質の人体モデルである。
また、人体における高含水組織と低含水組織の割合は2:1であり、前者は後者に比べて電気定数が高く、人体を均質と仮定する場合には、高含水組織の代表的な値である筋肉組織の電気定数に2/3を乗じた値が用いられる。
そこで、本研究でもその慣習に従い、筋肉の電気定数に2/3を乗じた値を用いた。
なお、均質モデルとの差異を明確にする際に、組織構成まで考慮に入れたNORMANモデルは、リアルモデル(図中ではreal)と呼ぶ。
CuboidⅠ、CuboidⅡは共にNORMANと等しい身長および体重を有するが異なる体表面積を有する。
CuboidⅠの体表面積[7,8]は、図9 NORMANモデルに対する全身平均SAR:共振周波数帯(左),GHz帯(右)図9にICNIRP参考レベル(60~70MHz:10W/m2;0.9GHz:30W/m2;1.8GHz:45W/m2;3.0GHz:50W/m2)の遠方界ばく露に対する全身平均SAR値をDimbylowの結果(2GHzでの値は示されていない)と併せて示す。
図から、共振周波数帯ではリアルモデルの計算結果が一番低く、均質モデル、直方体モデルの順に高くなっているのに対して、GHz帯では直方体モデルⅡが一番高いものの、続いてリアルモデル、均質モデル、直方体モデルⅠとほぼ逆の傾向になっていることがわかる。
また、共振周波数帯では、リアルモデルと均質モデルに差異がみられ、直方体モデルⅠ・Ⅱには差異がみられない。
また、均質モデルと直方体モデルⅡを比較すると、周波数によって多少差異がみられるが、その差はわずかであることから、共振周波数帯における全身平均SARの決定要因は組織の電気定数が支配的であると推察される。
一方、GHz帯では、直方体モデル間での差異が大きく現れており、この周波数での全身平均SARの決定要因は表面積が支配的であると推察できる。
しかし、リアルモデルと均質モデル、均質モデルと直方体モデルⅡの比較でもそれぞれ差異がみられる。
リアルモデルと均質モデルの差異は臓器共振によるものと推察される。
均質モデルと直方体モデルⅡは表面積が等しいのにもかかわらず、直方体モデルⅡのSARが圧倒的に大きくなっている。
これは、直方体モデルⅡのほうが、電界成分に並行する面積、即ち電波に対する実効面積が人体形状の均質モデルより大きいためと考える。
共振周波数帯では、電気定数が支配的となり、GHz帯では表面積が支配的となるなどの吸収機構の相違は、電波がどの程度人体に浸透するかに起因すると推察する。
電波の電力が1/e(e:自然対数の底)となる距離で定義される表皮深さ
ここで、ωは周波数、μ0は真空中の透磁率、σは組織の導電率である。本研究で均質媒質として考えた筋肉組織の電気定数に2/3を乗じたものに対しては、表皮深さは、共振周波数帯である65MHzでは9.1cmである。
この値は人体の横断面寸法と同程度であり、ことから電波は身体の深部まで到達することがわかる。
そのため、水分含有率の低く、電波をあまり吸収しない骨・脂肪層が存在する内部まで浸透することから、リアルモデルの全吸収電力量が直方体モデルよりも小さくなったものと推察する。
一方、GHz帯に含まれる1.8GHzを例にとると、表皮の深さは1.2cmであり、このことから電波は人体表面で吸収され、内部に浸透しないことがわかる。
そのため、全吸収電力量は表面積がリアルモデルと同じ直方体モデルⅡで最大となり、表面積の小さい直方体モデルⅠでは最小となったものと推察する。
つぎに、小児モデルに対して共振周波数帯とGHz帯での全身平均SARのFDTD計算を行い、ピークの決定要因を考察する。
図10はNORMANモデルを等比率で縮減して作成した10歳と5歳の小児モデルを同寸法の直方体モデルⅠと併せて示す。
これらのモデルの諸元を表4に示す。
10歳モデルの身長は1.38m、体重は33kg、5歳モデルの身長は1.1m、体重は20kgである。
直方体モデルは、小児モデルの身長、体重と体表面積から寸法を求めた。図11に職業環境下のICNIRP参考レベルに対する共振周波数帯とGHz帯での小児モデルの全身平均SAR値を示す。
図にはDimbylowの数値結果(2GHzでの値は示されていない)も併せて示している。
図から、共振周波数帯では縮減リアルモデルの全身平均SAR値は10歳、5歳ともDimbylowのそれらと概ね一致しており、いずれも基本制限に近いこと、直方体モデルは縮減リアルモデルよりも高めの値を示すこと、などがわかる。一方、GHz帯では縮減リアルモデルの全身平均SARはDimbylowの結果よりも大きく、2GHzでは10歳で0.43W/kg、5歳では0.49W/kgとそれぞれ基本制限を7.5%、22.5%上回っていることがわかる。
また、直方体モデルは縮減リアルモデルよりも低めの値を示すことがわかる。
共振周波数帯において最大の吸収量となるのは、共振周波数においてである。
そこで、共振周波数とモデルサイズとの関係について議論する。
成人の共振周波数は65MHzであり、その周波数における電波の自由空間中波長は4.6mとなる。
つまり成人モデルの身長は、自由空間中の波長の0.38波長と等しいこととなる。
次に、10歳モデルおよび5歳モデルにおける共振周波数は、それぞれ90MHz(自由空間波長3.3m)、110MHz(自由空間波長2.7m)であり、その0.41波長、0.40波長がモデルの自由空間波長となっていることがわかる。
つまり、いずれの場合でも身長の約0.4波長の場合に電気的に共振していることが確認できた。
図11:小児モデルに対する共振周波数帯(a)とGHz帯(b)の全身平均SAR