3.温度測定の重要性の再検討について
3.1 はじめに
前項では熱解析に基づき、HSP70の相対発現量を推定して実験値と比較をした。
しかしながら、最終的な結論に至るには物理的環境の統制を充分に詰める必要がある。
ここでは、その要因のひとつである温度測定に焦点を当て、細胞ばく露実験における温度測定の重要性を確認する。
3.2 蛍光ファイバー温度計の温度測定精度
前項の実験では、温度測定に蛍光ファイバー温度計(Model 790 Fluoroptic
Thermometer, Luxtron)を用いた。
蛍光ファイバー温度計は、導波管内の電磁界を乱すことなく、細胞が存在する培地底面での温度上昇をリアルタイムで測定できる利点がある。
使用した蛍光ファイバー温度計の仕様は、キャリブレーション実行時の較正点で±0.1℃の確度、較正点から±50℃の範囲で±0.5℃である。
校正は常温水(10数℃)で行い、使用時は37℃付近である。
図3.1は蛍光ファイバー温度計を用いて、shamばく露時の培養容器中心点を4本のファイバープローブで測定したものである。
これから定常状態の温度でプローブ間に最大0.2℃の温度差が生じている事が確認できる。
円形導波管ばく露装置では培地底面の平均SARが1W/kgあたりのばく露につき、およそ0.1℃の温度上昇がある。また蛍光ファイバー温度計の精度は較正を行った温度において±0.2℃程度である。
このことから、蛍光ファイバー温度計の分解能では平均SAR2W/kg以内差の実験について検証が行うことが難しい。
蛍光ファイバー温度計を使用して実験を行う際には、このようなプローブの性質を考慮に入れて結果を検証することが必要不可欠である。
3.3 温度計の誤差などを含めた場合の発現量推定値の変化
前項で求めたHSP70の発現量推定値は、誤差等を考慮に入れずに算出した値であったが、実際には
a 細胞の均一性
b 数値計算の誤差
c 温度計の確度
d 人為的誤差
などが原因で、推定値にも誤差が含まれる。
そこで、すべてを含めて±1℃の誤差範囲であるとすると、近似曲線は図3.2の点線の範囲内で遷移する。誤差を考慮に入れた近似曲線は、この点線の範囲内で無数の曲線をとりうる。
そこで、±1℃の誤差があるとした場合のHSP70発現量推定値を求めると図3.3のようになる。
図3.2 ±1℃の誤差があるとしたときの近似曲線の遷移
これから、実測値は推定値のエラーバー内に含まれ、正確な比較を行うことができず、最終的な結論に至るためには、上に挙げたような誤差を最小限に抑えることが必要である。
図3.3 推定値算出時に±1℃の誤差があるとした場合のHSP70発現量の比較
3.4 インキュベータ庫内の温度分布
今まで行ってきた実験では、インキュベータ内部にばく露装置を設置するため、細胞ばく露時に細胞に必要な温度、CO2、湿度環境が整えられるという利点がある。
しかし、インキュベータの仕様上このような熱源となるばく露装置が内部に設置されることは想定されておらず、ばく露中にインキュベータ庫内に熱が発生し庫内温度が上昇してしまうことが懸念される。
庫内の上昇温度を把握しておくことは、数値計算を行う上でも非常に重要である。
図3.4は培地底面の平均SARが10W/kg時のばく露におけるインキュベータ庫内の温度分布の測定結果である。赤線は培地内部(中心付近)の温度、水色線はインキュベータ内で、培地の置かれた高さにおける導波管外部周辺での温度、青線はインキュベータ庫内の最上部、緑線はインキュベータ庫内の最下部の温度を示している。
培地の置かれた高さにおける導波管外部周辺での温度が比較的高くなっている。
またインキュベータ庫内は閉鎖系であるため、内部で発生した熱がこもり、インキュベータ上部から温められていることが分かる。
内部で発生した熱を効率的に外部に逃がすためには、何らかの熱交換器が必要である。
図3.4 (a)10W/kgばく露時のインキュベータ庫内の温度分布
(b)インキュベータ内の蛍光温度プローブの設置位置
(c)ばく露装置内の培養容器付近の断面図
培地内の温度測定点は図に示すように培養容器底面の中心である。