Ⅱ 研究目的
高周波電磁波(800MHz-2GHz)を使用する携帯電話は近年目覚しく広く普及してきている。
それに伴い、携帯電話から発せられる電磁波による遺伝子、癌、睡眠、免疫系、神経系などへの影響に関する社会的懸念が生じている。
携帯電話を含めた、電磁波を発する電気製品の普及から、電磁波の影響は環境問題として取り上げられることもある。
また一方、同様に環境問題として社会的関心を集めているものとして内分泌撹乱物質が挙げられる。
内分泌撹乱物質は通称“環境ホルモン”と呼ばれ、環境中に放出された化学物質がホルモン様もしくは抗ホルモン様に作用する。
これらは生体の恒常性、生殖発生、行動などに関与する過程に影響を及ぼす可能性が指摘されている。
これまでに報告されている“環境ホルモン”の多くはエストロゲン様作用を持つとされ、主に生殖への影響が動物実験で確認されている。
エストロゲンは乳癌の危険因子であることが知られており、エストロゲンばく露過剰に繋がる晩期閉経、エストロゲン治療、高エストロゲン血症などは乳癌リスクを高めると報告されている[1](図1)。
乳癌はエストロゲン受容体を発現していることが多く、エストロゲンは、乳癌に受容体を介して作用し、乳癌の増殖、転移を含めた進展に寄与する。
実際に乳癌の治療では抗エストロゲン製剤が用いられている。
“環境ホルモン”は乳癌を含めた癌の発生について関連が疑われている。1960年代から1970年代にかけて切迫流産の治療に広く使用されたジエチルスチルベステロール(DES)は合成エストロゲンであるが、子宮内でDESにばく露された女性は乳癌に関する危険率が20-30%高いと報告されている[2]。
これらの報告も受け、エストロゲン様作用をもつ環境ホルモンのばく露が乳癌リスクを高めるという社会的懸念が高まってきている。
これまでに電磁波ばく露と乳癌リスクについては様々な疫学的検討がされており、メタアナリシスによると電磁波ばく露による女性の乳癌リスクは1.12倍(95%信頼区間1.09-1.15)、男性の乳癌リスクは1.37倍(95%信頼区間1.11-1.71)高まると報告されている[3]。
しかしながら図2、3に示す通り、電磁波の乳癌リスクへの影響については各研究間の差が大きく結果が様々であり、未だ結論が得られておらず社会的不安が解消されていないのが現状であると考えられる。
携帯電話から発する高周波電磁波が、“環境ホルモン”と同様の作用、すなわちエストロゲン様作用を有するかどうかを本年度の研究目的とした。
血清エストロゲン値、及びエストロゲンの標的臓器である子宮の重量変化を検討することで、高周波電磁波のエストロゲン様作用について検討した。
卵巣存在下では卵巣由来のエストロゲンによる影響が大きいため、卵巣切除後の雌ラットを実験に用いた。
1439MHz、TDMA、PDC方式の高周波電磁波を1日4時間、3日連続でばく露させ、実際の携帯電話からのばく露レベルを数倍以上に上回る条件でのばく露による血清エストロゲン値およびエストロゲン標的臓器である子宮の重量に対する影響を検討したので報告する。