はじめに
携帯電話の急速な普及等による電波利用が身近なものとなっていることに伴い、電波の人体への安全性に関する社会的関心が高まっている。
携帯電話で使用されている1GHz前後のマイクロ波は、電子レンジに利用されていることからもわかるように、強度が極めて強いと熱作用により生体に影響を及ぼすことが知られている。
一方熱作用を有しないような弱い強度であっても、生体に対する影響を懸念する声があり、まだ議論が分かれている。
しかし、今後携帯電話の使用はますます増加すると考えられており、電波ばく露の生体への影響は、安心して電波を利用するという観点から解明が必要とされている問題である。
平成9年度においては、電波の非熱作用の生体への影響として、特に脳に対する影響に着目した。
脳は人体において最も重要な器官の一つであり、かつ携帯電話より生じる電波の局所ばく露量が大きい器官である。
また、電波ばく露により、脳腫瘍やその他の疾病の発生が増加するかもしれないという報告もあり、電波ばく露の脳に及ぼす影響をまず第一に解明する必要がある。
このため、ラットの頭部に電波をばく露する実験を行い、局所吸収指針における一般環境指針値と同程度の強さの電波の短期ばく露では、血液-脳関門(Blood-Brain Barrier, 以下BBB)に障害を及ぼすような影響は引き起こされないことを確認した。
平成10年度においては、局所吸収指針における一般環境指針値よりも強い電波ばく露によりBBBに対して影響があったという海外の実験報告があったことから、熱作用を生じないようにばく露条件を改善し、ほぼ同等な電波の強さでの実験を行った結果、熱作用を起こさない電波の強さでは、BBBに障害を及ぼすような影響は引き起こされないことを確認した。
平成11年度においては、世界保健機関(WHO)の国際電磁界プロジェクト(EMFプロジェクト)において優先順位一位に挙げられている「大規模かつ長期の動物実験」に対応して、我が国においても長期局所ばく露実験(1.5GHz帯 PDC方式)を行うべく、そのための予備検討を行った。
この長期局所ばく露実験は、妊娠ラットにENUを投与し、胎盤経由により胎児にイニシエーション処理を行い出生したラットの頭部に、ラットの一生にあたる2年間の電波照射を行い、その影響を調査するものである。
また、携帯電話の使用と脳腫瘍の発生との間に有意な相関があるかを確認する疫学調査については、WHOの研究機関である国際がん研究機関(IARC)が推進している疫学調査プロトコルに従って行うこととし、そのための予備調査(フィージビリティスタディ)を実施した。
平成12年度においては、平成11年度に実施した予備検討及び予備調査に基づき、2年間にわたってラットに電波を照射した場合の影響を調査する長期局所ばく露実験及び疫学調査の本調査を開始した。
また、電波ばく露による記銘力・記憶再生力に及ぼす影響を調べるための迷路学習実験を行うとともに、脳微小循環動態評価実験については、ラットの頭骸部へ局所的に電波を照射する装置を開発して実験を行った。
平成13年度においては、平成12年度に開始した長期局所ばく露実験、疫学調査、脳高次機能評価実験(迷路学習実験)、脳微小循環動態に及ぼす急性及び亜慢性影響の検討を継続して行った。
その結果、脳高次機能評価実験においては、熱作用がない場合には記憶・学習への影響はみられないことを確認した。
また、脳微小循環動態の評価においては、血管径、血流速度、粘着白血球、BBB機能に対する急性影響は認められなかったが、亜慢性影響においては、血流速度の上昇、粘着白血球数の減少が認められ、その変化は常態生理的変動範囲内と考えられるが更なる研究が求められる結果となった。
さらに、平成13年度から研究を開始した連続波ばく露による眼球への影響においては、前眼部諸組織の変化の確認と発生した傷害について、最新の眼科診断技術を駆使して定量的な評価を行った結果、水晶体の異常所見は確認されなかった。
平成14年度においては、平成12年6月に開始し平成14年5月に終了した長期局所ばく露試験の結果及び試験後の病理組織学的検査結果から研究のまとめを行い、電波ばく露量に関連した変化・変動は認められないとの結論を得た。
続いて第三世代携帯電話(2GHz帯 W-CDMA方式)に対応した長期局所ばく露試験を開始した。
疫学調査については患者並びに対照者のインタビューを継続して行った。
眼球への影響においては、連続波ばく露での環境温度と眼傷害との関連及び連続波とパルス波の違いによる眼内温度上昇についての計測を行った結果、外気温度が高い程、眼炎症発症度合い、眼内温度上昇は共に上昇しやすいことが明らかに、また、電波ばく露による熱作用の面からは、連続波とパルス波による明らかな差は発見されなかった。
さらに、平成14年度に開始した雄のラットへの短期(1日4時間)電波ばく露による睡眠及び免疫機能への影響、人体に関する神経生理学的影響として30分間の携帯電話からの電波ばく露による運動野・感覚野への影響についての調査を行ったが、両者とも影響は認められなかった。
また、細胞・遺伝子レベルへの生物学的影響については、連続波による2時間の電波ばく露試験において、熱的作用を及ぼす高いレベル(SAR 100W/kg超)では細胞増殖・生存率に顕著な影響が認められたが、それ以下のレベルでは細胞の基本動態への影響がないことが示唆された。
脳微小循環動態への影響の直視的評価試験では、電波ばく露中にリアルタイムで観察できるシステムの検討を行い、諸指標の解析ができる環境を構築した。
平成15年度においては、平成14年度に開始した第三世代携帯電話の電波に対応した長期局所ばく露試験および疫学調査を継続して行った。
電波の眼への影響では、連続波とパルス波でのばく露波形の違いにより誘発される眼傷害の程度の計測を行なった結果、電波防護指針値内では影響は及ぼさないことが証明された。
また、海外から実験報告があったパルス波ばく露による角膜内皮細胞傷害の関連についての追試験を行ったが、同様の所見は得られなかった。
平成14年度に開始した電波ばく露による睡眠及び免疫機能への影響評価試験においては、前年度の雄に続き雌のラットでの短期ばく露を実施したが影響は認められなかった。
人体に関する神経生理学的影響評価試験では、ストレスに弱いとされる小さな細胞である介在ニューロンにさえ影響を与えないとの結論を得た。
細胞・遺伝子レベルへの生物学的影響評価試験については、間欠ばく露による細胞増殖・生存率・細胞周期分布と、連続波ばく露による染色体異常・微小核形成・DNA鎖切断・遺伝子突然変異に対してSAR 100W/Kgまでは有意な影響は認められなかった。
脳微小循環動態への影響の直視的評価試験では、成熟ラットの脳を対象に電波ばく露中のBBB透過性および血流速度、血管径をリアルタイムに観察したが可逆的変化は認められなかった。
さらに、平成15年度から開始した電波ばく露による生体ラジカル(不対電子を有する分子で、多くの疾患に関与し得る毒性をもつ)の発生については、組織温度の上昇によるところが支配的であり、電波ばく露による直接的な作用は確認できなかった。
平成16年度の研究は、平成15年3月に開始した第三世代携帯電話の電波に対応した長期局所ばく露を平成17年3月まで実施し、全生存動物の解剖までを行った。
電波の眼への影響については、ミリ波(60GHz)ばく露における眼傷害発生有無と経過・治癒過程の観察を行った結果、ばく露に依存した眼障害の発生が認められ、電波ばく露による睡眠及び免疫機能への影響については前年度までの短期に続き長期(1日1時間,4週間)ばく露を実施し、メラトニン生合成に有意な影響を及ぼさない結果を得た。
人体に関する神経生理学的影響評価試験では、電磁波ばく露前後での反応時間への影響を確認し、視覚野・感覚連合野・運動野・運動前野等を連合する機能にも影響しないと結論した。
細胞・遺伝子レベルについては、高周波間欠ばく露において微小核形成、DNA鎖切断、染色体異常出現頻度、突然変異誘発には影響が認められなかった。
陽性効果としては、熱ショック蛋白の発現上昇があったが、10W/Kg以下では認められなかった。
脳微小循環動態への影響の直視的評価試験では、昨年度の成熟ラットに続き4週齢の幼若および8週齢の成長期における観察を行ったが、成熟期と同様BBB透過性、血流速度の可逆的変化が認められないことを明らかとした。生体ラジカルの発生については、継続してUV、マイクロ波ばく露によるラジカル発生を観測した結果、組織温度が170℃の高温で発生はしているが、マイクロ波照射での発生は確認できなかったことから、直接的な作用は確認できないと結論した。
さらに、本年度から、ヒト感受性に関する研究の着手にあたり、そのための評価手法および検査方法確立を行い、予備的実験を通して実験システムを構築することができた。
本年度の研究は昨年度からの継続を含め、平成13年3月に開始し平成17年3月に終了した第三世代携帯電話対応の長期局所ばく露試験の結果及び試験後の病理学的検査から研究のまとめを行い、電波の眼球への影響については、ミリ波(60GHz)ばく露における急性眼傷害の程度、経過、治癒過程を指標として、急性眼傷害が発症する閾値を求める検討を行なった。
人体に関する神経心理学的影響評価試験では、眼球運動を取り上げそのパラメータの変化から電磁波ばく露による影響を検討した。
平成16年度までのメラトニン生合成に続き、本年度は内分泌撹乱様作用として内因性のエストロゲンへの影響を検討した。
脳微小循環動態への影響の直視的評価試験では、昨年度の4週齢の幼若および8週齢の成長期におけるBBB透過性、血流速度の観察に続き、脳軟膜の微小循環動態指標のうち白血球挙動と細動脈血管運動を検討した。
細胞・遺伝子レベルについては、高周波ばく露による形質転換と細胞増殖に及ぼす影響および低出力での小核形成とヒト遺伝子発現への影響の予備的検討を行い、同ばく露装置の研究では、ばく露による温度上昇ならびに温度制御機構の解析と実験検討を行なった。
生体ラジカルの発生については、継続してIMS周波数および移動体通信に用いられている900MHz帯変調信号のばく露によるラジカル測定を行なった。
昨年度から開始したヒト感受性の研究に関しては、実際の実験状態でのばく露評価を行い実験条件を確立するとともに、被験者抽出のパイロット調査およびデータの収集を行なった。
さらに、本年度から、胎児の発達および幼児への影響を評価するための動物実験として生殖・発生・発達への修飾作用の研究、そして成人および小児モデルによる人体全身平均SARの吸収特性の評価とピークレベルの推定を行なった。
なお、本研究において、長期局所ばく露評価試験は白井智之、パルス波・ミリ波による眼球への影響評価試験は佐々木一之、ヒト眼球運動への影響評価試験は宇川義一、内分泌撹乱様作用評価試験は名川弘一、脳微小循環動態への影響の直視的評価試験は大久保千代次、細胞生物学的影響評価試験の細胞への影響は宮越順二、同ばく露装置及びばく露評価は多氣昌生、生体ラジカル発生へのマイクロ波影響の実験調査は野島俊雄、ヒト感受性に関する調査の神経心理学的調査は宇川義一、同生理学的調査は大久保千代次、生殖・発生・発達に対する2GHz帯電磁波ばく露の修飾作用は白井智之、人体全身平均SARの特性評価は藤原 修が、それぞれ責任者として実施した。
本報告書は、平成17年度に実施した以上の研究成果を取りまとめたものである。
runより:大久保千代次氏の名前が出た時点で嫌な予感しかしません。
電力会社の手先電磁界情報センター所長で電磁波過敏症はノセボ効果で気のせいと公言する人物です。
しかしwhoファクトシートの電磁波における翻訳を正式に依頼されている人物なのでかなりの影響力を持っています。
電磁波問題は管轄が経産省で経済最優先で物事を進めますが今回は総務省のまとめなので多少マシではあります。