●見えてきた診断と治療法
坂部 医師は臨床で先にあげたような症状を訴えくる患者さんによく出会うかと思います。
そこで今後は,種々の検査で特に症状と結びつく所見が何もなかった時には,環境の変化と症状の発症経過が1つの線で結びつけられるかどうかを考えていく必要があります。
「新築の家に引越しましたか」,「何か殺虫剤・防虫剤を使っていますか」,「周辺で農薬を散布していませんか」というレベルのことまで含めて,居住環境と体調の変化が結びつくかどうかを聞くことですね。
――診断にできるだけ早く結びつけるためには,何が必要でしょう。
坂部 もっとも重要なのは問診です。
例えば「QEESI」(Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory)というMITのAshfordとテキサス大学のMillerが作成した環境因子から生じる健康障害の質問票(日本語版)をつけて,環境の変化と体調の変化が論理的につながっているかどうかを見極めることです。
シックハウス症候群に限れば,室内の空気汚染がどの程度存在するかどうかを客観的に証明する必要があります。
もっとも簡単な方法は,居住地を管轄している保健所に相談すると室内の環境を測定(簡易測定)にきてくれます。
まず厚生労働省がガイドライン値を出している2-3項目(ホルムアルデヒドとトルエン等々)の測定をしてみることだと思います。
いわゆるアレルギー疾患との関連ですが,小児アトピーや喘息のお子さんが,新築の家に入居後症状が悪化する例がありますが,シックハウス症候群の患者で総IgEあるいは好酸球の量は必ずしも相関しないため,アレルギー反応だけでは説明がつきません。
米国では,化学物質過敏症も含めて,神経系の感受性という観点から捉えています。
例えば,南カリフォルニア大学のKilburnは,本症を広い意味での「Chemical Brain Injury」と捉えています。
シックハウス症候群や化学物質過敏症を理解する時,ある側面では,アルコールに対する感受性で考えると簡単です。
ボトル1本飲める人と,ビールひと口で真っ赤になる人の違いだと思ってください。
これはアルコールに対する感受性であり,1つは遺伝的なもので,アルコールを代謝する酵素が十分発揮できるかどうかですし,それ以外に,その個人の栄養状態や基礎疾患――糖尿病とか高血圧など――がある人とそうでない人かで,同じ環境でも影響は違うわけですね。
また,性別や年齢によっても違います。また,体重の少ない人ほど負荷は多い,などです。
患者の訴えに引きずられない
坂部 例えば心の専門医が本症の患者さんを「訴え」から診察すれば,恐らく精神科的な病名がつけられます。
近所の公園で除草剤を撒いていて,患者さんが公園に行けないとすると「広場恐怖」。
ある建物に入り理由もなく突然不安に襲われるというと「パニック発作」,というようにです。
東京大学大学院の久保木富房教授のグループ(心身医学)は,厚生科学研究班で本症の7-8割の方には上記のような病名をつけることが可能だと報告されていますが,それらは原因ではなく結果であり,さらに久保木教授らは,健常人と患者で性格やタイプには特に有意差がないことも報告されています。
しかし逆のケースもあり,ある女性は引越して数か月後にめまいやふらつきが起こり,本症の症状があてはまるということで当院においでになりました。検査結果はシックハウス症候群だけでは説明がつかない状況でしたので,MR画像を撮ったところ,6×8cmほどの大きな脳腫瘍が見つかったのです。
この大きさですから成長するのにかなりの年月がかかったと思いますが,それがたまたま引越後数か月で臨床症状が現れたわけです。
医師も患者さんが「シックハウスだ」との訴えに引きずられては,本来の病気を見逃してしまうことがあるのです。