大量に化学物質を体内に取り入れてしまった。
腎臓に化学物質がいっぱいになって、濾過(ろか)するところがなくなる。
なので、入ってきた化学物質で血液がどろどろになってしまう。血液が心臓に回らなくなるから、心臓がばくばくする。
血流が止まってしまうので死にいたることも。
道路を歩いていても、車の排ガスを吸い込むと、心臓ばくばく、死んでしまうかもしれない。
歯医者に行っても、口に麻酔でもしようものなら、ショックで死んでしまうかもしれない。
そんな難病である。
医師は、化学物質を排除した生活をしてください、という。
「どんな弱い薬でも危険ですから、使わないでください」
「そもそも、歯医者には行かないでください。消毒液のにおいが漂っています。吸ったら危ないです」
「お風呂の水も、浄化してから使ってください。水道水には塩素などがはいっています。毛穴から入ってしまいます」
「飲む水も浄化してください。石油系のシャンプーもつかわないでください」
「歯磨き粉も危険です。歯は塩でみがいてください」
すべてを無添加のものに変えろ、というのである。
そんな生活、できるのだろうか?
お客さんが香水をつけて来ると、心臓がばくばくする。
いいにおいのする服を着てきたお客さんが来ると、心臓がばくばくする。
呼吸することが怖くなってきた。
店の中では、空気清浄器がフル回転。
いつも来ていたお客さんのことを忘れてしまったことがあった。
給料などの計算は、するたびに違う答えになる。
思考力がおかしくなってくる。家に帰ろうとして、道に迷ってしまったことも。
病気は治らないかもしれない、とも聞いた。
苦しんで自殺してしまう人もいる、と聞いた。
本間さん、大丈夫ですか?
「トラベラーさん。わたしは大丈夫です。負けません、へこたれるもんか」
家にあった家具、衣類、赤ちゃんのころからの写真……。
化学物質がついているだろう、ありとあらゆるものを捨てた。
家を売った。
本当は取り壊したかった。
けれど、近所に迷惑がかかるので、取り壊しにかかる経費600万円を値引きして。
財産のほぼすべてを、なくした。
思い出の記録も、失った。
本間さん、大丈夫ですか?
「わたしは負けません、へこたれるもんか」
本間は、子どものときに、貧乏でバカにされた。
ここで、強くなることを学んだ。へこたれないことを学んだ。
本間は、それは強い女性になっていたのである。
ありとあらゆる民間療法をためした。病気、克服!
◇
時間旅行も、まもなく終わりです。
店でつかっている化粧品、リンス、シャンプーなどを、すべて無添加のものに変えた。
自分だけ無添加、お客さんは石油系、というのは、経営者として、いや人間として許されることじゃない。
そう本間は考えたのである。
あれ、本間さん、悩みごとですか?
「トラベラーさん。じつは、取り寄せた無添加のシャンプー、身体には安心なのですが、汚れが落ちないんです。とくに、毛穴にたまった脂がとれないんです」
本間は、アメリカからも取り寄せてみた。
ダメだった。
抜け毛は、毛穴にたまった皮脂が原因。
これは致命傷である。
「あっ、そうだ!」
どうしました、本間さん。
「トラベラーさん。満足なシャンプーがないなら、自分でつくっちゃえばいいんですよね」
知り合いの業者と共同開発に2年、自然な材料でつくった満足のいくシャンプーを開発した。
トニックやオイルも。もちろん、無添加である。
ボリューム、抜け毛、ハリ、コシ、ツヤ。
さまざまな髪の毛の悩みを解決する「アップヘアー発毛システム」シリーズとして販売もしている。
2008年秋のリーマン・ショックからしばらくして、いま店を構える8階建てのビルを買った。
痩身や美顔の客は減ったけれど、発毛・育毛のお客は減らなかった。
髪の毛の悩みを解決するのは、ぜいたくではない。
業界紙の記者が取材にきた。エステがつぶれている、という。
「エステ業界、そのものが危機です」という。
それを聞いて、本間は、立ち上がろうと思った。
「トラベラーさん。自分の店がよければいい、という考えはやめます。エステの店に、うちの発毛育毛メニューを提供し、業界を守ります」
時間旅行は終了です。
現在の本間さんに会いに行きましょう。