その11:第9部:化学物質過敏症に関する情報収集、解析調査報告書 | 化学物質過敏症 runのブログ

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5 結果回避義務(損害回避のための行為義務)違反の判断
民事責任論の支配的見解によれば、たとえ行為者に結果発生の具体的危険についての予見可能性が認められたときでも、さらに、結果回避義務(損害回避のための行為義務)とその違反が認められなければ、損害賠償責任は発生しない。

予見義務により拡充された予見可能性の理論を支持しつつも、なお、別途、この意味での結果回避義務違反が吟味され、後者が肯定されてはじめて、加害者の行為が違法ないし過失ありと評価されることになる33(ちなみに、危惧感説に立てば、研究調査義務〔情報収集義務〕の違反があれば、直ちに過失ありとされ、危険が具体化した結果についての損害賠償責任が発生することになる)。
そのため、最近の「化学物質過敏症」に関する事件では、「化学物質過敏症」に関する専門的知見の蓄積および社会的な認知が高まりをみせるなか、予見可能性の点では責任を免れにくくなった行為者の側が、新たな主要争点として、この結果回避義務の不成立を強調する傾向にある。
ここでも、予見義務を介した予見可能性が認められたときの加害者側の行為義務としては、さまざまなものを観念できるという点が看過されてはならない。

前述した予見義務に類別される情報収集・調査研究義務のほか、人体への健康被害が疑われる段階で被害者を危険から遠ざけるための各種の行為義務(たとえば、労働場所での暴露が予想される場合における被害者の労働環境等を変更する義務、被害の原因と疑われる化学物質を除去すべき義務、被害の原因と疑われる化学物質を発生させる可能性のある製品等の販売中止・回収義務)、被害者の健康被害状況を確認し被害の拡大を防止するための情報収集・分析義務、被害者に検査・診療その他の医療措置を受ける機会を提供する義務、被害者の健康状態を追跡する義務、専門的機関と連携して被害の発生・拡大防止措置を講じる義務などが考えられる。
とりわけ、「化学物質過敏症」に特徴的な要因としては、過去に大量の化学物質の暴露を受けたあと、または長期間にわたって慢性的に化学物質の暴露を受けたあとに出てくる症状が質・量双方において甚大なものである点(結果の重大性)、そして、その拡大した健康被害についてはその回復が困難な場合が少なくない点(結果の不可逆性)、および、症状の発現形態が千差万別であり、どのような具体的な症状となって個々の被害者に発現するかが予測できない点(具体的結果の計算不可能)がある。

症状の発現・展開についてのメカニズムが十分に解明していないだけに、かえって、初動措置の不首尾が重篤な健康被害をもたらすという危険性すら内包されている被害類型である。
これらの点に鑑みれば、化学物質による人体の健康被害が問題となる局面では、ある特定の具体的結果を事前に予測して、それを回避するための具体的措置を講じることを行為者側に課すというよりは、むしろ、人体への被害発生の危険性が抽象的に疑われる段階で既に、被害の発生・拡大阻止のための予防措置を命令・禁止規範の形で立てることにより、化学物質をみずからの支配領域に有している者に対し、事前の配慮、初期段階での予防措置を法的に義務づけるのが望ましい。