1961 年と1965 年に操業を開始したTDI 製造の2 工場で製造作業に従事した労働者を対象に、就業中の労働者の呼吸機能に対するTDI の影響と呼吸器疾患で製造現場から離れた労働者の長期的影響を調べた9 年間を超える前向きコホート研究が行われた。
1961 年から1970 年まで工場内TDI 空気中濃度が測定された。
1961~1964 年まで0.02 ppm より高い期間が50%を超えていたが、1965 年には21%、1966 年以降は4%以下となり、大部分の期間が0.02 ppm 未満であった。
1965 年操業開始の工場では、開始年度は0.02 ppm より高い期間が13%であったが、1967 年以降は減少して、1%前後となり、大部分の期間が0.02 ppm 未満であった。
1961 年から1972 年の間に就業した565 人の製造従事者のうち、顕著な健康障害を示さなかった現従事者76 人と同工場の非暴露者76 人に呼吸器症状に関する質問票調査を行ったが、年齢差、喫煙習慣の有無による有意な症状の差はなかった。
また、現従事者180 人を対象に、FEV1 と努力性肺活量 (FVC: 最大吸気位から最大努力の呼出をして得られる肺活量) を測定し、身長、年齢で調整した呼吸機能検査を行った結果、非暴露の対照群と有意な差はなかった。
したがって、0.02 ppm 未満の低濃度の暴露では、大多数の製造従事者は呼吸器症状を示していない。
一方、1 年目に呼吸器疾患で退職した人は84 人 (全従事者の14.8%)、2~9 年目では1~13 人/年 (全従事者の1~3.5%)で計40 人であった。
退職者の主な症状は、喘息に似た気管支けいれんと努力性呼吸困難であり、TDI の暴露によって初期の軽度の発作症状から1、2 週間続く重度の気管支けいれんを生じた。
そこで、呼吸器疾患で退職した労働者46 人と非暴露労働者46 人の呼吸器症状を比較した。
非暴露者と比べて、速歩後の息切れ、終日の喘鳴に有意差が認められたが、喫煙習慣の有無には関係しなかった。
これらの結果、TDI 製造工場でのTDI 空気中濃度が0.02 ppm (0.14 mg/m3) より低い場合、呼吸器疾患なしに勤務継続は可能であるが、ひとたびTDI による呼吸器感作を患うと、呼吸機能の低下とともに呼吸器症状が長期的に続くと結論されている (Adams, 1970,1975)。
TDI 製造工場の男性労働者274 人を対象に呼吸器系機能低下を調べた5 年間の前向きコホート研究が1973 年に開始された。対象者の平均年齢は35.9 歳であった。
個人用フィルターテープ検出器が利用可能になった1975 年から1978 年まで個人暴露データ2,093 標本が収集された。
算出された8 時間-時間加重平均暴露濃度 (TWA) は0.0001~0.025 ppm であり、25、50、75 パーセンタイルは、それぞれ、0.0011、0.0020、0.0035 ppm であった。
調査期間の累積暴露濃度0.0682 ppm-月 (0.0011 ppm×62 か月間) を境として、累積暴露群を低、高暴露群に2 分した。
0.005 ppm より高い濃度に暴露された労働時間の3 年間の総労働時間に対する割合は、低暴露群では2%であり、高暴露群では15%であった。
また、1 日労働時間内で最大濃度0.02 ppm が10 分間を超えない割合は、それぞれ、97.9、89.4%であった。
次に、223 人を対象に肺機能検査としてFEV1 測定ならびに喫煙歴、呼吸器疾患についての問診とアレルギー体質を知るアトピー検査を行った。
喫煙と肺機能との関係を調べると、1 年間のFEV1 の減少は、TDI 暴露が多いほど大きく、肺機能低下の影響は喫煙者より非喫煙者の方が大きかった。
非喫煙者において、FEV1 の年間減少量は低暴露群より高暴露群の方が38 mL/年も大きかった。
しかし、呼吸器疾患、アトピーとTDI 暴露との関連性は認められなかった。以上の結果から、①FEV1 の年間減少に影響しないTDI 暴露濃度 (NOAEL) を確定できていないが、②少なくともTDI に感受性の高い人が0.005 ppm (0.036 mg/m3) より高い暴露濃度に総労働時間の15%に相当する時間暴露されると、呼吸機能低下を生ずることを示唆し、そして、③上述した②の結果は、NIOSH (米国国立労働安全衛生研究所) の作業環境勧告濃度である0.005 ppm を支持していると、著者らは結論している (Diem et al., 1982)。
この報告は、非暴露の対照群を調べていないが、暴露濃度間での比較を通して、詳細にデータを解析しており、信頼できる結果を与えている。
しかし、著者らも述べているように、この研究からは健常者の呼吸機能低下におけるNOAEL を求めることはできないと考える。