5.環境中運命
5.1 大気中での安定性
m-トリレンジイソシアネート(TDI) は、常温では液体(3. 参照) であり、その構造から容易に水と反応する(5.2.1 参照)。
TDI は、大気中に排出され、水蒸気や雨滴と接触すると速やかに反応してトルエンジアミン(TDA) 及びポリウレアから成る組成が複雑な化合物の混合物となると推定される(5.1.1 d.及び 5.2.1 参照)。
a. OH ラジカルとの反応性
対流圏大気中では、TDI とOH ラジカルとの反応速度定数は7.07×10-12 cm3/分子/秒(25℃、測定値) である(SRC:AopWin, 2004)。
OH ラジカル濃度を5×105~1×106 分子/cm3 とした時の半減期は1~2 日と計算される。
b. オゾンとの反応性
TDI とオゾンとの反応速度は遅いとの報告がある(Brown et al., 1975)。
c. 硝酸ラジカルとの反応性
調査した範囲内では、TDI と硝酸ラジカルとの反応性に関する報告は得られていない。
d. 水蒸気との反応性
24℃、常圧下で湿度を変化させてTDI と水蒸気との反応性を測定した。
TDI と水との反応性は湿度が高くなるに従って大きくなった。
TDI が0.034 ppm (0.25 mg/m3) の場合、相対湿度40%(絶対湿度:7.4 g H2O/kg 乾燥空気) 及び相対湿度80% (絶対湿度:15 g H2O/kg 乾燥空気) での 8秒間の反応率はそれぞれ27%及び54%であった。
一方、TDI が0.4 ppm (2.9 mg/m3) の場合、相対湿度40%及び80%での8 秒間の反応率はそれぞれ22%及び45%であり、TDI の濃度が高くなると反応率は低くなった(Dyson and Hermann, 1971)。
したがって、この実験から、TDI の濃度が0.034 ppm の場合、24℃、相対湿度80%でのTDI の分解半減期は8 秒未満ということになる。
5.2 水中での安定性
5.2.1 非生物的分解性
TDI を水に溶解すると、イソシアナート基が水と反応して二酸化炭素を発生し、アミノ基となる。濃度が低い場合には、二つあるイソシアナート基の二つがアミンに加水分解され、TDAになりやすいが、濃度が高い場合には、二つあるイソシアナート基の一つが加水分解されアミンになると直ちに別のTDI のイソシアナート基と反応して、オリゴウレア、ポリウレアになりやすい(IARC, 1986 ; Yakabe et al, 1999 ; 日本化学会, 1996)。
TDI の水との反応は、複雑なものであり、試験条件により、生成するポリウレアの組成も大きく異なると考えられる。
詳細は不明ではあるが別の実験では、分解生成物の 20%はジアミンであり、80%はポリウレアであったとの報告がある(Sopach and Boltromeyuk, 1974)。TDA とポリウレアの生成割合は、TDI の濃度に依存し、濃度が低いほどTDA の生成割合が高くなると考えられる。
TDI の分解半減期は、TDI 濃度及び攪拌速度に大きく影響を受ける。
室温の水に濃度が28mg/L となる量のTDI (2,4-TDI:2,6-TDI の混合比は80:20) を注ぎ、激しく攪拌した場合の分解半減期は1 分未満であったが、ゆっくりと攪拌した場合には3~5 分であった。
一方、27℃の水に濃度が1,000 mg/L となる量のTDI (2,4-TDI:2,6-TDI の混合比は80:20) を注ぎ、激しく攪拌した場合の分解半減期は、2,4-TDI では0.7 時間であり、2,6-TDI では1.7 時間であった (Yakabe et al,1999)。2,6-TDI は2,4-TDI よりも反応性が低い(Allport et al., 2003; Yakabe et al, 1999)。
また、TDIのpH 7 における分解半減期は、0.5 秒との報告もある(Brown et al., 1975)。濃度が50 ppm となるようにTDI をモデル河川水及びモデル海水に加えると、1 日以内に0.1 ppm 以下の濃度になったとの報告もある(Duff, 1983)。
TDI の水との反応は、複雑なものであり、試験条件により結果が大きく異なる。
静止した 20 L の水(20℃、pH 5~9) に 0.5 L のTDI 原液を注ぐ実験では、内部は未変化のTDIだが外部はポリウレアの硬い外皮で覆われ、外皮は時間の経過と共に厚くなり30 日後には未変化のTDI は消失したとの報告もある(Brochhagen and Grieveson, 1984)。