・Ⅱ.予防原則の歴史
予防原則の最も重要な表現の一つは、アジェンダ21*としても知られている、1992年環境と開発に関する国連会議**が出したリオ宣言***である。
宣言は次のように述べている。
* Agenda 21
**United Nations Conference on Environment and Development
*** Rio Declaration
環境を守るために、予防方法は各国が能力に応じて広く採用すべきである。
重大なあるいは回復不能な損害の脅威がある場合、十分な科学的確実性に欠けることを、環境劣化を防ぐための費用効果的方策を先延ばしにする理由として、使うべきではない。
米国はリオ宣言に署名し、批准したので、米国は予防原則を使うことに拘束される。
組織者が知るべき重要なことは、米国が予防原則に従うかどうかの問題ではなく、どのように使うかという問題である。
【訳注:日本も署名している】
予防原則は、その起源をドイツのVorsorge*あるいは用心に起源を持つ。
この原理の初期概念の核心に、社会は、潜在的に有害な活動を阻止しながら、注意深い先進的計画により、環境の損害を避けるように努めるべきだという信念があった。
Vorsorgenprinzip**は、1970年代初期にドイツ環境法の基本的原理として発展し(経済的実行可能性の原理と調和されて)、酸性雨や地球温暖化・北海汚染に取り組むため、力強い政策の実施を正当化するために、頼られてきた。
また、ドイツ国内の強い環境産業の発達を導いた。
* ドイツ語であらかじめする配慮の意味
** ドイツ語で用心原則、あるいはあらかじめ配慮する原則
予防原則は、それ以来、国際政策声明や、科学的に不確実で、高度の利害関係のある環境中の懸念を取り扱う会議、持続可能な発展のための国家戦略の中で活躍してきた。
この原則は、1984年に北海保護に関する国際会議*で導入された。
この会議に続き、予防原則は、持続可能な発展に関するベルゲン宣言**や欧州連合のマーストリヒト条約***・バルセロナ会議****・地球気候変化会議***などの、多数の国際会議や合意に取り込まれた(付録を見よ)。
国家レベルで、スウェーデンとデンマークは、予防原則や、有害物質を入れ替えるようなその他の原則を、環境及び一般人の健康政策の指針としている。
* First International Conference on Protection of the North Sea
** Bergen declaration on sustainable development
*** Maastricht Treaty on the European Union
**** Barcelona Convention
***** Global Climate Change Convention
米国内で、予防原則は法律や政策の中で明確に述べられていない。
しかし、一部の法律は予防的性質を持っており、予防原則は米国内の、多くの初期環境法の底にあった。
国家環境政策法は、連邦の補助を受け、重大な害を環境に与えると思われるあらゆる計画は、安全なかわりの方法はないことを証明しながら、環境影響研究を実施することを求ている。
清浄水法*は、「米国の水の化学的、物理的、生物的な健全さを回復維持する」ために、厳しい目標を設定した。
* Clean Water Act
職業安全衛生法*(OSHA)は、「米国内の労働するあらゆる男女に、可能な限り安全で健康的な労働条件を確保するために」考え出された。
* Occupational Safety and Health Act
OSHA発癌(はつがん)物質基準草案(いまだ実行されていない)は、職場で使用される化学物質が動物で癌を発生させることが疑われた場合は常に、予防行動をとることを求めている。
初期の判決は、環境保護局に、相当の因果関係の証拠が集まる前でさえ、害を防ぐために行動できるかなりの自由度を与えている。
さらに最近、1990年の汚染防止法は、米国の環境計画の中で、防止を最優先にしている。
その他に、持続可能な発展に関する大統領会議*は、「科学的不確実性に直面しても、人間の健康や環境に対する害の可能性が深刻あるいは回復できないと考えられる場合、社会はリスクを避けるために合理的な行動をすべきである」という、中心的信念の形で予防原則に支持を表明している。1996年、米公衆衛生学会**は、決議(9606号)「職場に関する予防原則と化学物質被ばく基準***」を通過させた。
決議は、あらゆる化学物質は、その毒性の程度が科学的に分かるまで、潜在的に危険と考えることによって、挙証責任を転嫁し、厳しい予防的科学物質被ばく限度を設定などの、予防的アプローチの実施が必要であるこを認識していた。
* President's Council on Sustainable Development
** American Public Health Association
*** The Precautionary Principle and Chemical Exposure Standards for the Workplace
しかし、米国は国際条約やほかの声明の中で予防原則を受け入れているにもかかわらず、この原則を実行する努力をほとんどしていない。
一部の例で、特にヨーロッパのような場所で、貿易と事前策をとった法律などに、米政府は他国政府の予防活動に反対して、活発に働きかけをしている。
このことは、ごく最近、子供の塩ビ製玩具(がんぐ)中のフタル酸や牛肉のホルモン・廃電気電子機器回収法・遺伝子操作食品で起きている。
この働きかけは、他国で予防原則の効用の土台を崩す恐れがあり、それは結局は、他国が米国に予防原則を発動するように影響を及ぼすことができる圧力に影響するだろう。
幸運なことに、フタル酸の場合、合衆国の干渉なしに、子供の健康を守るためにヨーロッパ諸国が予防行動をとることを認めるべきだと述べた手紙を、ゴア副大統領が最近米通商代表に書いた。
州や連邦レベルで、環境や一般人の健康に関する日常的な意志決定レベルまでに、予防原則を導くための、米国内で最初の大きな努力の成果は、ウイスコンシン州ラシーンにあるジョンソン財団本部ウイングスプレッドで行われた、活動家や学者・科学者・法律家の1998年1月会議である。
科学と環境保健ネットワーク*(SEHN)が招集した時、参加者は予防原則を実行する方法と実行のための障害について議論した。
* Science and Environmental Health Network
ウイングスプレッドでの予防原則の定義(付録を見よ)には3つの要素がある。害の脅威・科学的不確実性・防止的予防行動。
予防原則を適用する時期を知るためのリトマス試験紙は、害の脅威と科学的不確実性である。
一部の人は、害の脅威は深刻か回復不能でなければならないと述べたが、ほかの人は、その考えは比較的小さな侵害の集積的影響を考慮していないと、指摘した。
鉛と子供の健康の場合のように、因果関係が明らかならば、行動はもやや予防ではなく、防止であろう。
本質において、予防原則は、研究中に、あるいは研究なしに疑わしい活動を続けるというよりは、科学的に確実でない場合、ある活動や物質に対して行動するための理論的根拠である。
どのレベルの害が受け入れるかと問うかわりに、予防的アプローチは次のようにたずねる。どのくらい多くの汚染を避けることができるか?この製品や活動のかわりは何か、そしてそれは安全か?この活動は必要でさえあるのか?予防原則はリスクよりも選択肢や解決に焦点をあてる。
予防原則は、ある活動を始めた者に、より環境に敏感なやり方でどのように振る舞うかという、基本的疑問を向けさせる。
また、予防原則は、新しい活動に関する決定は、注意深く潜在的な結末に照らして行いながら、新技術に対して「speed bump」として役立つ。