◆指針値以下でも発症
岩手県宮古市で昨年六月、東日本大震災後に建てられた仮設住宅に入居した高齢の姉妹が「シンナーの臭いで、吐き気や頭痛、目まいがする」と訴えた。
シックハウス症候群の疑いと診断され、緊急輸入した日本農林規格(JAS)認定を受けていない合板が原因だったとみられている。
一〇年には衆参両院の新議員会館で、体調不良を訴える人が続出。
建物は、はめ込み式のガラス窓が使われるなど、気密性が高いことが影響したようだが、政府は「厚労省の指針値以下だった」と説明した。
滋賀県の伊藤容子さん(49)は〇九年六月、倉庫を改造した事務所に勤務先が移転し、シックハウス症候群になった。
「のどがいがいがし、鼻がひりひり。麻酔がかかったような感じだった」と言う。
約千二百万円の損害賠償を求めて民事訴訟で係争中で、「死者が出ないと行政は動かないんですかね。規制を厳しくしないと、被害はまだまだ増えます」。
「大きな問題は、シックハウス症候群や化学物質過敏性の診断をできる医師が少ないことだ」と指摘するのはNPO法人「シックハウスを考える会」(大阪府四條畷(しじょうなわて)市)の上原裕之理事長だ。
規制が一定の効果を上げ、シックハウスが減っていることが悪く作用している面もある。
職場や学校などで「化学物質が原因で気分が悪い」という訴えに以前は賛同者が少なくなかったが、最近は「あいつはおかしい」と仮病を疑われることもあるという。
「シックハウス症候群対策には、診断できる医師を育成し、患者にきちんとアドバイスをすることが必要です」と上原氏は強調。
加えて、新築物件でシックハウス症候群を訴えた人に、化学物質の少ない中古住宅を紹介する制度を提唱する。
「お金をかけなくてもできることはある」
◆伝統「無添加住宅」に脚光
「脱化学物質」の住宅作りに向けた動きもある。
住宅メーカー「無添加住宅」(兵庫県西宮市)は接着剤に昔ながらのコメ製ののりを使うなど、徹底している。
秋田憲司社長は「価格は高くなるが、シックハウス対策だけでなく、耐久性にも優れている。サイディングボード(板状の外壁材)を貼った壁は三十年も持たないが、漆喰(しっくい)なら五十年ほっておいても大丈夫」と話す。
きっかけは一九九九年、シックハウスに悩む夫婦からの「化学物質を全く使わない家を建てて」という依頼だった。
探してみると、化学物質を使わない建材は見つからず、自分たちで一から作ることに。
話題を呼び、完全な「無添加」と、ほぼ化学物質を使わない住宅の二種類合わせて毎年、約三百棟の注文があるという。
〇九年春、無添加住宅に依頼して、化学物質を使わない一戸建てを東京都八王子市に建てた看護師(42)は「新築マンションに入居して具合が悪くなった。測定ではホルムアルデヒドなど指針値以下だったが、シックハウス症候群と診断された。ここに引っ越してから、体調は徐々によくなり、今はほとんど回復した」。
秋田社長は言う。
「海外でも、大昔から壁には漆喰が使われてきた。
良いバクテリアと共生できるように、誰かが見つけ出した。
化学物質の使用は簡単にできるが、昔から使われてきた技術には意味がある。それを伝統と呼ぶのだと思う」
(小坂井文彦)