・12.催奇形性
DDVP を最大耐用量をマウス(60 mg/kg/日)とウサギ(5 mg/kg/日)を経口投与し、あるいは4μ g/l)を一日7 時間吸入させた。
どちらの経路でも催奇性はなかった(Schwetz et al. 1979)。
13.変異原性
DDVP はサルモネラ菌とストレプトマイセスで点突然変異を誘発する(Carere et al. 1978)。
DDVP は人間のリンパ球のDNA に障害を与え、DNA 修復機能にも影響を与える(Perocco andFini 1980)。
またDDVP は単離されたラット肝細胞でDNA 単鎖切断を誘導する(Yamano 1996)。
DDVP は魚で染色体異常を誘発する(Rishi and Grewal 1995)。DDVP をラットに投与すると骨髄細胞で染色体異常を誘発する(Nehez et al. 1994)。ラットの気管上皮培養細胞で、姉妹染色分体交換と染色体異常を起こし、形質転換*も誘導する(Lin et al. 1988)。
DDVP を雄マウスの皮膚に塗った後に、皮膚を培養し、ケラチノサイトで小核誘導を調べた研究がある。
DDVP は塗布後1 時間以内に採取した皮膚培養細胞で小核を誘導する。DDVP は急速に皮膚から吸収され、マウスの皮膚で小核を誘導するので、被ばくした人間に危険を及ぼすと思われる(Tungul et al. 1991)。
Patel et al. (2007)はチャイニーズハムスター卵巣細胞を使い、DDVP やシペルメトリンは細胞毒であり、遺伝毒でもあることを明らかにした。
Cabrera (2000)は変異原物質に対する抗変異原物質の影響を調べた。
選んだ変異原物質は2-アミノアントラセンやベンゾ[a]ピレン、2-ニトロフルオレン、トキサヘン、ジクロルボス、ニトロフェンであり、抗変異原物質はクロロフィリン、やβ-カロチン、ビタミンA、C、E である。
クロロフィリンやβ-カロチンはすべての変異原性を弱め、ビタミンE DDVP を除くすべての変異原性を、ビタミンC とA は2-アミノアントラセン、ベンゾ[a]ピレン、2-ニトロフルオレン、ニトロフェンの変異原性を弱めると報告した。
DDVP はショウジョウバエの羽の変異を用いた試験でも変異原性であるとされている(Clkirand Sankaya 2005)。
この他にDDVP は異数性*を誘導し(Mattiuzzo et al. 2006)、ヒトの末梢リンパ球にDDVP を作用させると、染色体障害(小核)**を誘導し、有糸分裂を阻害などによる細胞死を誘導すると報告されている(Ero ? lu 2009)。
*異数性:染色体数が不足あるいは過剰となること**小核:小核とは、細胞中に普通の核と異なる小型の核で、通常は存在しない。
細胞分裂時に一部の染色体が正常に分配されず、本来の核に取り込まれないことで生じる。
現実的濃度である0.064 mg/l のDDVP を12 時間吸入させたラットでは、DNA やRNA のアルキル化は生じない(Wooder et al. 1997)という報告もある。
また以上のように多数の研究がDDVPの発癌性を指摘しているが、化学企業シンジェンタの研究所の報告では、人間の被ばく条件でDDVP に変異原性はないとしている(Booth et al. 2007)。
14.発癌性
疫学研究でDDVP 使用と白血病との関連が報告されており、動物実験でも膵臓や乳腺の腫瘍や白血病が観察されており、人間の発癌物質である可能性をEPA (Anonymous 1995) やIARC(Anonymous 1991) が指摘している。
英国では2002 年4 月にDDVP が発癌性の疑いがあるため、安全性が証明されるまで、予防措置として一時使用禁止とされている。
疫学調査
農業での発癌物質被ばくと白血病とが関連するかどうかを調べるために、アイオワ州とミネソタ州で症例対照研究を行った。
調べたのは白血病男性患者578 人と対照の1245 人であった。
農業者は非農業者と比較して白血病全体[オッズ比=1.2]、慢性リンパ球白血病[1.4]のリスク増加が見られた。
殺虫剤のDDVP[2.0]や天然物であるピレトリン[3.0]などもで有意なリスク増加が見られた(Brown et al. 1990)。
米国アイオワ州都ミネソタ州で非ホジキンリンパ腫と新しく診断された622 人の白人男性と1245 人の対照とで、農業就労と特定の農業被ばくとに関連するリスクを調べた。
以前農業に従事した男性は非ホジキンリンパ腫のリスクがわずかに高いが、特定の作物や動物との関連はなかった。
1.5 倍以上のオッズ比を持つものはいくつかの農薬群の取り扱いや混合・使用であり、個別農薬ではNAC(カルバリル)やクロルデン、DDT、ダイアジノン、DDVP、リンデン、マラチオン、ニコチン、トキサフェンなどで高かった(Cantor et al. 1992)。
米国のイリノイ州とノースカロライナ州で、農薬使用免許を持つ人を対象に大規模な健康影響調査が行われている。
この研究で農薬使用と小児癌の関連が示され、DDVP が小児癌発生を増加させることが示されている(Flower et al. 2004)。
カリフォルニア大学のMills and Yang (2003)ミルズとヤンは、カリフォルニアの主にスペイン系労働者で前立腺癌に関する症例対照研究を実施した。
彼らは前立腺癌のリスクはシマジンやリンデン・ヘプタクロルと関連し、DDVP 及び臭化メチルとの関連が示唆されると報告した。
農薬使用者のDDVP 被ばくは発癌に関係がないという報告もあるがDDVP 使用と家族の前立腺癌病歴のわずかな増加が報告されている(Koutros et al. 2008)。
動物実験
10 及び20 mg/kg/日(雄)または20 及び40 mg/kg/日(雌)のDDVP をマウス(60/性/群)に週5日、104 週間投与した。
40 mg/kg 投与した雌マウス前胃の扁平上皮乳頭腫の発生率(18/50)は対照(5/49)と比較して有意に増加した。雌雄の両方で有意な正の傾向があった。
前胃のがんと扁平上皮細胞乳頭腫の合わせた発生率は高投与量の雌で有意な傾向を示した(19/50)。
腫瘍発生率が比較的低投与量で増加したことは注目に値する(Anonymous 1995)。
2 年間の胃管投与研究で(NTP, 1986b)、F344 系統のラット(60/性/群)に4 または8 mg/kg/日を、1 日1 回、週5 日2 年間投与した。
雄ラットで臓の腺房腺腫の発生率は、0, 4, 8 mg/kg でそれぞれ16/50, 25/49, 30/50 であり統計的に有意な増加を示した。
肺胞・気管支の腺腫発生率は有意でなかったが、投与量に関連する正の傾向を示した。
白血病(リンパ球性・単球性・単核性・未分化性)の発生率は、0, 4, 8 (mg/kg)/日の雄についてそれぞれ11/50, 20/50, 21/50 であった。
これらの値は4, 8 mg/kg/日で統計的に有意に高く、有意な投与量に関連する傾向を示した。
低投与量雄ラットで肺腫瘍の統計的に有意な増加があった。雌で、乳房の線維腺腫の発生率(19/50)
は統計的に有意であった。全ての種類の乳癌(線維腫・線維腺腫・癌・腺癌・腺腫)について分析した場合、0, 4, 8 mg/kg についてそれぞれ11/50, 20/50, 17/50 であった(Anonymous 1995)。
週5 回103 週間、各群50 匹の雌雄のラットに0、4、8 mg/kg のDDVP を、各群50 匹の雄マウスに0、10、20 mg/kg を、各群50 匹の雌マウスに0、20、40 mg/kg 投与した。
DDVP によって誘導された癌は、膵臓外分泌部の腺腫(雄ラット)と前胃の扁平細胞乳頭種(雌雄のマウス;別の2 匹は扁平細胞癌があった)。
雌ラットでは膵臓外分泌部腺腫と乳腺繊維腺腫があった。
これらの結果はDDVP がラットとマウスで発癌性であることを示している(Chan et al. 1991)。
雌雄のラットに長期間DDVP を投与して発癌性を検討した。DDVP を投与したラットで統計的に有意な胆管細胞増殖と肝臓の卵円形細胞増殖とが見られた。
DDVP 投与雌では副腎腫瘍と乳癌の有意に低い発生が見られている。
この減少は、DDVP に容易に変化するトリクロルホン投与実験でも見られている。
DDVP 投与雄ラットでは膀胱や腎盂の過形成、腎盂の移行上皮癌が多く
発生した。
雌ラットではこのような癌の発生率は対照より低かった(Horn et al. 1988)。
以上とは異なり、DDVP に発癌性はないとする研究報告もある。
ラットに0-5.0 mg/m3 のDDVP を2 年間吸入させたが、5 mg/m3 のDDVP に被ばくさせたラットでコリンエステラーゼ活性が低下したことを除いて影響は見られなかった。
また、DDVP の発癌性はなかった(Blair et al. 1976)。
マウスにDDVP を長期投与すると、雌雄で膀胱の移行上皮の過形成を増加させ、リンパ腫の発生を減少させる。
癌性の変化は見られない(Horn et al. 1987
15.他の条件との相互作用
ラットでDDVP の毒性は、与えた餌によって変化することが知られている。高タンパク食や低タンパク食、高脂肪食、標準食を与えたラットで、高タンパク食で最も死亡率が低く、次いで標準食、低タンパク食、高脂肪食の順であった(Purshottam and Kaveeshwar 1979)。この現象は他の有機リンでも報告されている。
機械的傷害とDDBP とをラットに与えると、免疫抑制作用を増強する。副腎皮質にも相加作用を及ぼす。
アクリルニトリルやアセトニトリルのような他の有害物質と外傷とを与えると同じような影響が起こるが、DDVP と比較するとその持続時間は短く、影響も弱い(Zabrodskii et al.2002)。
16.吸収されたDDVP の組織分布
人間でDDVP を摂取し死亡した場合、剖検では肺と腎臓のうっ血、舌背から咽頭の出血性潰瘍が見られた。
DDVP は脾臓(3340 μ g/g)と心臓(815 μ g/kg)に高濃度に検出され、血液(29μ g/kg)や脳(9.7 μ g/kg)、肺(81 μ g/kg)、腎臓(80 μ g/kg)、肝臓(20 μ g/kg)でも検出された(Shimizu et al. 1996)。
17.残留
有機リン剤は残留性有機塩素系農薬よりは分解されやすいが、比較的長く残留することが知られている。
残留には物理的、化学的、生物学的な要因が関与する。
ホウレンソウに残留する農薬に対する紫外線の影響を調べた研究がある。Amano et al. (2002)は通常のビニルフィルムや紫外線吸収ビニルフィルムで覆った温室で使用した場合のDDVP やフェニトロチオンの残留を調べた。DDVP は1 日後通常のフィルムでは97%まで分解し、3 日後に完全に分解した。
紫外線吸収フィルムでは1 日後80%が、完全に分解するには6 日間を要した。
フェニトロチオンは通常のフィルムで3 日後に72%まで、6 日後で97%まで分解した。
紫外線吸収フィルムでは3 日後に50%まで、6 日後に95%まで分解した。
このことは昆虫や菌類を防ぐために温室で用いられる紫外線吸収フィルムはDDVP やフェニトロチオンの分解を低下させる事を示す。
この研究はDDVP がフェニトロチオンより速やかに消失することを示しているが、紫外線による分解の他に、DDVP は蒸気圧が高く、ホウレンソウから気化して失われた可能性を考慮しなければならない。
厚生労働省医薬食品局審査管理課長・厚生労働省医薬食品局安全対策課長、ジクロルボス(DDVP)蒸散剤の安全対策及びその取扱いについて、薬食審査発第1102004 号・薬食安発第1102002 号、平成16年11月2日
最終更新2010 年10 月22 日
掲示2004 年4 月15 日、2001 年9 月30 日渡部和男