・4.5 急性中毒例
室内でフェニトロチオンをダニ駆除のために使用して死亡事故を出した例がある(田谷他1976)。
1975 年3 月、4 月、5 月に業者にダニ駆除のためにスミチオン散布をしてもらったが、6月からは自分たちで散布した。
9 月の散布後に子供たちが気分が悪いといい、学校を早退。
12月3 日、スミチオン原液約1200 ml を希釈し、6 畳2 間と天井・押入に散布した。
散布終了後、外に出しておいた布団を乾燥不十分な押入に入れた。
この2 部屋に家族が寝た。翌朝母親と子供が全身違和感と悪心嘔吐があり、寝込む。
3 日後、下痢と腹痛が現れる。
5 日後5 才の女子の全身衰弱が激しく、医師の往診治療を受けるが、次の日(9 日)に死亡。
診断は急性心不全。スミチオン急性中毒が死因と考えられる。
10 日(散布7 日後)夕方、男子(8 才)が入院。縮瞳・対光反射消失・視力低下・意識混濁を示す。
血清コリンエステラーゼ値は、0.04 と低かった。入院後10 日で症状はなくなる。
同夜、男子(10 才)入院。縮瞳・対光反射減弱・意識やや混濁・血痰がある。血清コリンエステラーゼ値は、0.07 と低い。
脳波異常が現れる。10 日目で症状はなくなる。
11 日(散布8 日後)、母親(38 才)初診を受ける。
血清コリンエステラーゼ値は0。
縮瞳・視力低下・意識混濁。精神症状が強く、夢遊状態で警察の保護を受ける。脳波異常が見られる。
1月6 日退院時にも頭の重さや精神集中力低下が見られた。
15 日(散布12 日後)、父親(41 才)初診。全身倦怠・不眠・頭が重い。
縮瞳はない。
* この例から、安全と宣伝されていても、不用意なフェニトロチオン使用は重大な帰結
を招くことが分かる。また、フェニトロチオンの影響は幼い子供ほど、早く強く現れることが分かる。
30 才男性がスミチオン原液(濃度不明)30 ml を飲んで自殺を図った例がある。男性は発見され、治療を受けた。
患者には意識混濁があり、徐脈傾向であり、筋線維束攣縮が見られた。瞳孔は中程度縮瞳。入院2 日目には痛覚逃避反応や睫毛反射がなくなり、一過性昏睡状態となる。
下痢・発汗が見られる。
5 日目のコリンエステラーゼ活性は、血清で0.16 Δ pH、血球で0.09 Δ pHであった。
10 日目の検査で中程度の記銘力障害と注意集中の障害が見られた。42 日後に退院した。
入院時から脳波異常が見られ、退院後も続いている。
中毒800 日後の知能検査成績から軽度の知的水準低下が続いている。
50%フェニトロチオン製剤を40 ml 飲み込んだ老齢女性は飲み込んだ2、3 時間はおう吐と下痢のみをし、次に20 時間無症状で、その後筋肉振戦・流涎・錯乱・筋繊維束収縮・筋脱力・横隔膜と呼吸筋麻痺が現れ、3 週間人工呼吸を必要とした。
この場合完全な回復に4 週間を要した。
56 才男性が50%フェニトロチオン乳剤約60 ml を飲んで自殺しようとした。
5 時間後、血液灌流と血液透析(HP-HD)治療が60 分行われ、以後症状は次第に改善した。
飲んだ4 日後、コリン作動性症状が再び現れた。
直ちに行ったHP-HD 治療は役に立たず、患者はフェニトロチオンを
飲んだ後6 日で死亡した。
器官と組織に分布したフェニトロチオンの分析は、最も高濃度のフェニトロチオンが脂肪中にあったことを明らかにした(59 mg/kg 湿重量、ほかの組織内濃度の10倍以上)。
脂肪組織からフェニトロチオンが徐々に遊離することにより、長引く臨床経過と中毒の晩期症状を起こすことが示されている(Hazardous Substances Data Bank 2000)。
自分の自動車の床にこぼした約7.5%フェニトロチオン製剤をぬぐうために、吸湿性のテッシュを使った2 日以内に、33 才女性技術者は吐き気や痙攣・筋の脱力・精神的混乱・振戦を経験したので、血液コリンエステラーゼ活性を測定するように依頼した。
先の検査に基づいて、赤血球コリンエステラーゼは正常の86%で、血漿コリンエステラーゼ活性は正常の56%と考えられた。
彼女は入院し、アトロピンでなく塩化プラリドキシム治療を受けた。彼女は16 日後退院したが、24 時間以内に再入院し、ジアゼパムとアセトアミノフェン・塩化アミトリチリン・カルシウムで治療を受けた。
彼女は被ばく35 日後に退院したが、疲労と筋の脱力の発症を数か月訴え続けた。
遅れて起こった遅延性神経毒性の症例が、50%フェニトロチオンEC を40 ml 飲んだ70 才女性で報告されている。
最初、中毒症状は明らかでなかった。しかし、飲んだ48 時間後、ある症状が明らかになってきた。
意識障害が見られた。
筋繊維束攣縮と筋の脱力が見られ、一方3-メチル-4-ニトロフェノールのレベルは最大に達した。硫酸アトロピンも2-PAM も効果がなかった。
3週間、患者は人工呼吸が必要であり、結果として筋力と神経学的状態は、フェノールレベル低下とともに、次第に回復した。
報告された晩期症状は一部のほかの有機リン化合物で報告されている有機リンエステル誘導遅延性神系毒性の症状ではなかった。
25 人の労働者の中程度の中毒がチェコスロバキアで報告されている。
そこでは、強風の間に飛行機で50%フェニトロチオンを含む製剤を散布していた。
中毒の発症は吸入後2.5-6 時間後に現れ、症状は典型的であった。
全血球ChE 活性は48%まで減少した。回復はアトロピンによる治療で3 日を要した。