・1.はじめに
フェニトロチオンは有機リン殺虫剤であり、スミチオンという商品名で良く知られており、広く使われている。
毒性が弱いという俗信があり、周囲の状況に無頓着に無神経に使われていることがしばしばある。
近年、有機リンなどが発達中の子どもや胎児に大きな影響を与えることが知られるようになってきた。
米国科学アカデミーの米国研究評議会*は、1993 年の『幼児と子供の食事中の農薬』の中で次の様に述べている。
「食品中の残留農薬を抑制する現行の規制方法が幼児と子供を適切に守るかどうかという疑問に、この報告は取り組む。
残留農薬を摂取することによる害に対する幼児と子供の被
ばくと感受性は、大人と異なるだろう。...全住民の平均的被ばくのみを考えている」。
報告書は、農薬の影響は大人と小児とが定量的、定性的に異なることを確認し、周産期や小児期の農薬毒性の研究を進めることを勧告し、小児に対する毒性研究が不十分な場合は10 倍までの不確実係数を考慮するように勧告している。
この意味は食品の残留を1/10 にすべきという意味である。
*全米研究評議会:National Research Council は米国科学アカデミーが作った組織。米国議会に科学や医学、工学などに関する勧告をしている。
以後、米国では農薬の再登録を通じてクロルピリホスなどの使用に対する制限が開始された。
1996 年に食品品質保護法が通過し、2000 年にはクロルピリホスの家庭や庭での使用やシロアリ駆除のための使用などをやめることを、EPA 長官は発表している。
このような有機リンの規制はカナやEU でも進んでいる。
以後米国では多くの有機リン剤が使用を制限され、フェニトロチオンも子どもがいじることができない容器に入れたアリとゴキブリ駆除用の毒餌のみが2000 年で登録されているだけになった。
日本では有機リン農薬の規制はほとんど進んでいない。
しかし、2003 年に農林水産省から「15農安第1714号住宅地等における農薬使用について」(通知)が出され、公共施設や住宅地に近接する場所の病害虫の防除では、極力、農薬散布以外の方法をとるべきことや、やむを得ず農薬を使用する場合に事前の周囲への周知、飛散防止のため天候や時間帯に関する配慮などを定め、農薬使用者等に対する遵守指導について関係省庁に通知した。
その後、2007 年に改訂され、農林水産省と環境省との両省から再度通知された。
この結果、住民の意に反した農薬散布は減少したが、苦情を言わない地域や周囲の散布者を恐れて声を出せない地域ではいぜんとして農薬散布が度々されている傾向がある。
フェニトロチオン(商品名:スミチオン)は低毒性とか普通物と言われているが、決して安全な農薬でなく、多くの中毒事故や死亡事故を出している(菅谷他1981)。
パラチオンのような猛毒物質でなくとも、人間の神経伝達を妨害する有機リン剤は潜在的に危険な物質であるという認識を持ち、やむを得ない場合にのみ注意して使用することにしなければ安全は確保できない。
低毒性の有機リン剤(以下、有機リン)でも様々な症状が現れる。1973 年の調査では、低毒性の有機リンを使った人は次のような症状を訴えた。
頭痛・頭が重い・めまい・吐き気・手足のしびれ・だるさ・食欲不振・目やに・眼のごろごろ感・目が見えない・眼が赤くなる・皮膚のかゆみ・皮膚の発赤とかぶれ・発汗・発熱・咳・鼻と喉の痛み・動悸・息苦しさ・酒の悪酔い(菅谷他1978)。
本稿はフェニトロチオンの毒性を理解し、正常な使用をするための資料となるように作成した。
病害虫や菌類、雑草に、安全で有効な作物や樹木などの管理を総合防除(IPM)によって対応すべきであり、無分別なあるいは信仰に似た農薬散布をすべきではない。