平成16年度環境省化学物質過敏症研究報告書11 | 化学物質過敏症 runのブログ

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・(4)考察
アレルギー反応とは異なる過敏状態の誘導の有無について調べることを当初の目的に研究を開始した。

本研究で用いた80, 400, 2000ppb の低濃度のホルムアルデヒド曝露のみでは、呼吸器、胸腺、脾臓、血液中の免疫指標に顕著な変化はみられなかった。

しかしながら、抗原の吸入感作により免疫系を活性化した状態のアレルギー性炎症モデルマウスにホルムアルデヒドを曝露するといくつかの指標において変動が認められた。

2000ppb 曝露群で抗原の吸入感作を行うことにより炎症性細胞の集積が肺胞洗浄液中でみられ、400ppb と2000ppb 曝露マウスの脾臓細胞からのMCP-1 産生の増加もみられた1)。

また、IL-1βの肺胞洗浄液中の低下も認められた。これらは、いずれも濃度―依存性を示した。

しかしながら、これまでに報告されたホルムアルデヒド曝露によるI 型アレルギー反応が亢進する作用2)についてはIgE 抗体レベル、Th2 タイプのサイトカイン産生レベルでは認められなかった。

この理由として、ホルムアルデヒドの曝露期間、曝露様式、抗原感作条件、系統差などの違いが関与している可能性が考えられる。今回われわれが用いたC3H マウスは、環境化学、免疫学、薬物学では通常用いられ、IgE 産生系も応答性は低くない系統である。
本研究で、OVA抗原感作したマウスに低濃度ホルムアルデヒドを曝露することで、脳内のNGF産生が増強することを明らかにした。

また、OVA抗原単独あるいはホルムアルデヒド曝露単独ではこのNGF増強は顕れないことから、免疫刺激とホルムアルデヒド曝露が複合的に作用することで、脳においてはじめて影響が顕れることが示唆された。

さらに詳細に解析するために、NGF mRNAの発現を海馬で調べ、メッセージと蛋白レベルでの増強が確認できた3)。

このNGF増強について免疫組織化学的手法を用いて再検証したところ、400ppb ホルムアルデヒド曝露とOVA刺激により、海馬においてNGF陽性反応の増強が確認できた。

化学物質曝露が及ぼす影響を調べる際に、海馬のNGF発現は極めて鋭敏かつ信頼性の高い指標になる可能性が示唆された。
NGF は、末梢の交感神経の発生や中枢神経系のコリン作動性ニューロンの発生と維持、中枢神経組織の損傷修復、また、神経、免疫、内分泌間での相互作用の調節にも関与していると考えられている。

ところが、BDNF においてはNGF のような増強はみられなかったので、栄養因子に共通した影響ではないと考えられる。

NGF については、最近、線維芽細胞やケラチノサイトのみならずT 細胞やB 細胞などのリンパ球、マクロファージ、肥満細胞、好酸球なども産生することが報告されている4)。

NGF は、IL-6 産生を亢進し、TNFα産生は抑制するとの報告もみられ、サイトカインの制御機構にも関与していることが示された。

OVA を抗原として使用したアレルギー性喘息モデルマウスにおいてIL-4 やIL-5 産生の増加やIgE 産生の亢進と共に血清中、肺胞洗浄液中のNGF の増加が報告されている5)6)。

また、NGF はサブスタンスP の産生を増強し、肥満細胞を活性化することにより炎症に関与し、さらに痛覚過敏や喘息にかかわる気道平滑筋の過敏反応にも関連があるという。
これまでの低濃度ホルムアルデヒドを曝露することでみられた免疫系、あるいは脳神経系の変化が化学物質特異的か否かを検討するために、低濃度トルエン曝露をおこない比較検討した。

トルエンの12週間曝露は肺における炎症性細胞、中でもマクロファージ数の増加においては有意な差がみられ、サイトカインとしてのIFN-γにおける変動が観察された。

しかしながら、アレルギーモデルマウスへのトルエン曝露においては、アレルギー反応にかかわる抗原特異的IgE 抗体やIL-4 サイトカインでの増加はみられずアレルギー反応の増強効果はみられなかった。

また、脳内海馬でのNGF 産生においてもホルムアルデヒド曝露で観察されたような増加は認められなかった。

今回の濃度のトルエン曝露では、ホルムアルデヒド曝露と同様な過敏状態は認められない。
NGF の発現増強は、脳が慢性的あるいは亜慢性的に変化している可能性を示している。

また、NGF の発現は、c-fos の発現により調節を受けており、c-fos の発現はNMDA やド―パミン受容体の働きにより誘導されることが報告されている7,8)。

そこで次に、神経伝達物質(グルタミン酸およびドーパミン)受容体mRNA の発現量を調べたところ、400ppb ホルムアルデヒド曝露及び抗原感作により、海馬においてNMDA 型グルタミン酸受容体のサブユニットやドーパミンD1 受容体mRNA の増加が認められた。

また、扁桃体ではε1mRNA、ε2 mRNA、D1受容体mRNA の増加が認められた。
海馬は記憶形成の部位であり、またNMDA 型受容体は記憶形成・保持に重要な働きをもつことが示唆されており、このサブユニット構成が海馬において変化したことは、脳の記憶形成機構に変化が生じた可能性を示唆している。

また扁桃体は情動の中心的な部位であり、ε1、ε2、D1 の増加は、情動機能の変化の可能性を示唆すると考えられる。
今回の研究で、低濃度ホルムアルデヒド曝露により海馬の神経伝達物質受容体mRNA の発現が大きく変動することが確認された。

また、トルエン曝露の影響とOVA 刺激による変動について調べたところ、興味深い結果が得られた。トルエン曝露によりD1 受容体mRNA の発現量はホルムアルデヒド曝露よりも大きな変化が見られたが、他のD2 受容体、ε1 及びε2サブユニットの発現量はトルエン曝露の影響がみられなかった。

以上のことから、ホルムアルデヒド曝露によるD2、ε1 及びε2 の変化はホルムアルデヒド曝露特異的である可能性が考えられる。

神経伝達物質mRNA の発現変動は、その細胞が蛋白質発現量を変化させようとした能動的な変化を反映していると考えられる。

NMDA 受容体は神経系における記憶形成に主要な役割をもつと考えられており、Pall (2002)9 は、MCS における化学物質に対する感受性亢進にNMDA 受容体が関与するのではいかという仮説を提唱している。

今回得られた、免疫系刺激と低濃度ホルムアルデヒド曝露による海馬NMDA 受容体サブユニットmRNA 量の変化はこの仮説を強く支持するものと考えられる。
これまでの神経伝達物質の研究から、トルエン曝露はホルムアルデヒド曝露とは異なる過敏な状態に関与する可能性が考えられるが、どちらの曝露の場合も抗原OVA 刺激が加わることがより過敏な状態を誘導しやすいことを示唆している。
NGF はサブスタンスP の産生を増強し、肥満細胞を活性化することにより炎症に関与し、さらに痛覚過敏や喘息にかかわる気道平滑筋の過敏反応にも関連があるという報告もみられる10)。

しかしながら、アレルギー反応の発症に重要な肥満細胞への影響に関して、鼻粘膜や肺における肥満細胞の数に変化がみられなかったこと、肥満細胞欠損マウスと正常対照マウスとで曝露による差がみられなかったことから、肥満細胞への影響はあまりみられないと思われる。

また、抗原刺激とホルムアルデヒド2000ppb 曝露による肥満細胞欠損マウスへの影響についての解析でくしゃみ様症状に増加がみられなかったことから、C3H マウスの行動変化としてみられたくしゃみ様症状の増加に肥満細胞はあまり積極的には関与していないことが示唆された。

(5)まとめ
低濃度ホルムアルデヒド曝露により、アレルギー反応の誘導にかかわる炎症性反応の指標の増強は認められなかった。

ただし、海馬内における一部の神経伝達物質のmRNA レベルでは動きがみられた。

アレルギーモデルに低濃度ホルムアルデヒド曝露を併用すると、2000 ppbレベルでは炎症性の反応指標の動きに有意な変化がみられた。

しかしながら、これらの変化はアレルギー反応の増悪作用とは異なっていた。特に、これまで明らかになっていなかった神経栄養因子や神経伝達物質において非常に低い曝露濃度に依存しない動きが見られたことは、脳内の他の領域でみられている反応の異常と関連して過敏な状態の誘導に関わっている可能性を示唆していると考えられる。