平成16年度環境省化学物質過敏症研究報告書7 | 化学物質過敏症 runのブログ

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3.脳内海馬での情報処理変化の検討
研究協力者 電気生理学的検索
笛田由紀子(産業医科大学産業保健学部)
夏目季代久(九州工業大学大学院生命体工学研究科)
黒河佳香(独立行政法人国立環境研究所)
神経化学的検索
福永浩司(東北大学大学院薬学研究科)
行動学的検索
粟生修司(九州工業大学大学院生命体工学研究科)
形態学的検索
福田孝一(九州大学大学院医学研究科)
免疫学的検討
吉田安宏(産業医科大学医学部)

(1) 過敏症の動物モデル作成における研究班のアプローチ
本態性多種化学物質過敏状態(MCS)と診断された患者共通の中枢神経症状として、頭痛・抑うつ・記憶困難・集中力低下・いらいら感・不安などが以前より報告されている。

症状が多種多様な分、メカニズムについても20 を越える仮説が提唱されている(「室内空気質と健康影響」にある加藤の総説を参照)。

『モデル』というからには、多種多様な症状を示すMCS 患者のどのような症状を持つモデルをめざすのかまず議論をし、その中で大脳辺縁系の関与を示唆する仮説に注目した。

そして動物を用いた実験で確認できそうな最初の部位として、興奮性の変化に対して脆弱性をもちかつシナプス伝達効率など可塑性が最も詳しく検討されていた海馬の機能を調べることとした(海馬をターゲットに選んだ理由は平成12 年度報告書に詳細に記載している)。

平成12 年度研究開始当初、高濃度においてすらホルムアルデヒド(FA)曝露動物で海馬神経細胞の機能を検討した報告がまったくなかった。

したがって、電気生理学的手法(笛田、夏目、黒河担当)と神経化学的手法(福永担当)を組み合わせて影響を検討することにした。

粟生らの行動試験から得られた2000 ppb 濃度での長期曝露マウスに関する成果は、情動反応の亢進と回避学習の増加であった。

そして、海馬においては、形態学的には顕著な
変化はないものの(福田担当)、神経活動の興奮性・抑制系・シナプス伝達の可塑性の変化が観察された。

この報告書では、2000 ppb 濃度でのエンドポイントを概説し、量―反応関係について述べ、われわれのメカニズム仮説と従来の仮説との対比を説明した。最後に、本研究課題のために参画した各専門分野の研究者たちが実験中あるいは議論で述べた意見をまとめた。
(2) 2000 ppb のエンドポイントとその量―反応関係について
FA(2000 ppb)長期曝露は成熟雌マウスの不安情動を増強し、回避学習を促進した(2004年Society for Neuroscience にてPress Book 用演題として採択)。

FA 曝露は一般活動性、空間学習機能、侵害受容には影響しないことから、動物実験においても、MCS 患者の症状のひとつである情動に関する脳機能への影響が示唆された。

情動発現には、大脳新皮質と皮質下構造との広い範囲のシグナルコミュニケーションの関与が重要視されているなかで、不安情動には主に海馬が関与していると考えられている。
研究開始当初、FA 曝露動物では海馬神経細胞の機能を検討した報告がまったくなかった。
したがって、電気生理と神経化学的手法を組み合わせて影響を検討した。

まず2000 ppb 濃度での影響評価を明確にした。海馬スライスを用いて、興奮性・フィードバック抑制・シナプスの短期増強(STP)・長期増強(LTP)および長期抑圧 (LTD、平成16年度の実験) を計測し、細胞内シグナルトランスダクションにおける関連蛋白分子を半定量解析した。

その結果、FA慢性曝露したマウス海馬においては、歯状回で興奮性が亢進し、フィードバック抑制は海馬CA1 と歯状回で減弱した。

この抑制の減弱は、抑制性シナプス伝達物質γ-アミノ酪酸(GABA)の合成酵素であるアミノ酸脱炭酸酵素(GAD)のサブタイプGAD67 の低下と一致した(平成16 年度度の実験)。シナプス伝達の可塑性に関しては、STP が減弱した。

LTP・LTD(LTDは平成16 年度の実験)は変化しなかったが、スライスの実験条件(人工脳脊髄液のカリウム濃度を増加した)を変えるとLTP の低下が観察された。海馬CA1 領野においては、シナプス可塑性と関連しているCa2+/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼII (CaMKII) α および β アイソフォームの自己リン酸化反応が亢進していた。

STP の低下とCaMKII の自己リン酸化反応の亢進については、曝露群の海馬CA1 におけるCaMKII の恒常的活性の上昇が、シナプス伝達の可塑性を発現する能力を頭打ちとした結果として障害したとわれわれは考えている。
曝露濃度を下げた実験では、400 ppb からフィードバック抑制の低下傾向がみられた。

条件を修正して測定したLTP の低下については、80、400 ppb でも観察され、量―反応性のlinear な関係を示さなかった。

また、アレルギーの関与については、400 ppb 濃度でFA 曝露されたアレルギーモデルにおける海馬のLTPや炎症性サイトカインの発現変動の解析をしたがその結果からは明らかにはならなかった。また海馬以外の部位での変化としては、曝露群の大脳皮質でも副腎皮質刺激ホルモンや増殖因子活性化プロテインキナーゼ (ERK) の増加がみられたことから大脳辺縁系以外へのFA 曝露の影響も示唆された。

しかしながら、2000ppb で変化したすべての指標について同様の変動を、80、400 ppb 濃度において確認・再現する実験にはいたらなかった。
中毒学と過敏症の違いを『中毒学的濃度レンジにおける閾値の有無あるいは用量反応関係の消失』という観点から考えると、ごく低濃度レベルでも観察されたLTP の低下は過敏状態との関係が示唆されると解釈されるかもしれない。

さらに、2000 ppb のレベルにおいてすら、今まで報告されていない神経機能変化が見られた事実は、あきらかにFA 曝露による脳内変化を示しており、過敏状態との関連を解き明かす『鍵』を示唆しているのかもしれない。

しかしながらいっぽうで、用量反応関係は鋭敏な手法で検討すれば超低濃度でも現れてくるものかもしれないし、脳内で複数因子の関与があれば過敏状態という縦軸に対してあきらかな閾値としては観察されない可能性も否定できない。

さらに、一般的には低濃度になればなるほど個体間における指標値の変動のなかに曝露によって変化した指標値が重なってしまい、曝露によって惹起される事象を対照とする事象と区別して検証することが困難となるため、1群の動物数をもっと増やす必要性も出てくるだろう。このように今回のMCS の動物モデルに関する研究で明らかになった内容は更なる検討が必要なのだと思う。