・8 栄養および育児環境
ヒトにおいても、発生中に親から経胎盤的に受けた化学物質や、栄養成分の過不足などによって、胎児期の厳密にプログラムされた遺伝子発現が異常に発現されること、すなわち「環境エピゲノム異常」が臨床栄養学の分野でも知られはじめています。
最近では、個体の発生中および哺乳期における母親の行動さえもが、子の遺伝子発現に影響を与え、成・老年期になってから「環境エピゲノム異常」として、種々の疾患として発現されることが報告されています。
この点については多くの成人病の素因が、受精時、胎生期に形成され、成長期あるいは老年期を通して「環境エピゲノム異常」として維持され、種々の疾患が形成されるという「成人病胎児期発症説」を J.P.Barker ( サザンプトン大学 )が1986年以来提唱しています(9)。
これには新生児における低栄養状態が、老後の心臓の冠動脈疾患の素因になるというイギリスでの疫学データが基礎になっています。
現在では、この考え方はさらに発展し、「健康と疾病の素因は受精時期から乳幼児期に決定されるという "Developmental Origins of Health and Diseases ( DOHaD )"という概念となり、これは 21世紀最大の臨床医学のテーマとさえ言われています。
これらの現象の原因の多くの部分を占めるものが、「環境エピゲノム異常」であることは疑いがありません。
現在、臨床医学では、糖尿病、高血圧、心臓疾患、精神神経疾患さらに種々の行動異常などの多くの疾患の原因が、 DOHaD で説明可能とされつつあります。
これらの詳細については、最近「医学のあゆみ」で「胎生期環境と生活習慣病」という特集号が出版され、この分野における日本におけるすぐれた研究成果が集められていますので、ご参照下さい(10)。