・スーパーの売り場で、音を立てて焼かれるハンバーグ。
つまようじに刺し、客に試食させるのが、「マネキン」と呼ばれる販売促進員だ。
ターゲットは、子どもの手を引いた親子連れ。
腰をかがめて目線を合わせ、子どもの口の前にハンバーグをさし出す。歯応えのあるハンバーグでは駄目。
あむ、あむ、ごっくんと三口で飲み込めて、「ぼく、オイチイ?」という問いに、「うん、オイチイ」と即答できるような商品でないと、忙しい親は待ちきれず、そっぽを向く。
「一口で味が分かり、三口で飲み込める軟らかさにするのは、水と油の割合と味の濃さがポイント。乳化剤、合成糊料、結着剤、増粘多糖類…。よく使ったなあ」。
かつて添加物を駆使した加工食品づくりに携わった食品ジャーナリスト安部司(57)は述懐する。
「うちの給食は手づくりが少なくて、加工食品が多かとですよ」。
担任教師の一言が安部の言葉と重なった。 (敬称略)
元神奈川歯科大教授の齋藤滋(78)は1989年、文献を基に弥生時代から現代まで日本人の代表的な食卓を再現した。
卑弥呼(ひみこ)が食べていたもち米のおこわ、源頼朝の質素な一汁一菜の食事…。
学生に食べさせて1食当たりの咀嚼(そしゃく)回数と食事時間を測定した。
結果は、現代人の咀嚼回数は弥生時代の6分の1、食事時間は5分の1に激減。戦前と比べても、それぞれ半分以下に減っていることが分かった。
その影響は、虫歯の罹患(りかん)率の悪化として表れている。
柳の枝を削った「房ようじ」で歯磨きをしていた江戸時代は10%前後だったのに対し、現代人は85%。
現代の方が、はるかに入念に歯を磨いているのに、である。
なぜか。
「それは、噛(か)むときに出る唾液(だえき)の量と食材の質と関係している」と、齋藤は解説する。
食事をすると、歯の表面についた歯垢(しこう)(プラーク)の中の細菌が、蔗糖(しょとう)を利用して酸をつくる。永久歯の場合、この酸によって歯垢中の酸性度がpH5・5―5・7以下になると歯の表面が溶けだす「脱灰」という現象が起きる。
この状態を復元するのが唾液。酸性化した歯垢を40―60分で中性化。溶けた成分を再石灰化し、歯を元に戻すのだ。
卑弥呼の時代の再現食。メニューは玄米、ハマグリの潮(うしお)汁、アユの塩焼き、長イモ、カワハギの干物、ノビル、クルミ、クリなど 「昔の食事は未精製の食品が多く、繊維質が豊富で噛み応えがあった。食べながら歯も磨けていた」と齋藤は言う。
顔の筋肉が動くと、脳も活性化。さらに、唾液と食物を混ぜ合わせることで消化効率を上げるのが、「噛む」という行為。ゆえに口は、単に食べ物が入る場所ではなく、体全体とつながる極めて重要な器官なのだ。
齋藤は警告する。「ヒトの食事は、栄養バランスだけでは駄目なんです。最近、歯並びの悪い人が多いと思いませんか」
(敬称略)
=2009/11/22付 西日本新聞朝刊=