・ 旬の味! 生鮮大市-。
新聞の折り込みチラシに、北九州市の主婦(32)がくまなく目を通す。
親子4人の食費をやりくりするための日課だ。
「生タラ切り身が百グラム158円。
簡単で食べ応えがあるタラちりにするか」
魚の旬は、チラシで確認。
通常、鶏肉や豚肉の方が安くてボリュームがあるから、魚は特価を狙う。
「モーリタニア産」など、どこかよく知らない産地は気にならないが、日本の首都圏近海で取れたと聞く方が、「汚染は大丈夫?」と、少し躊躇(ちゅうちょ)してしまう。
福岡県水産海洋技術センター(福岡市西区)は昨年9月、水産物についてグループインタビューを行った。
同県内の50代女性7人は、旬や鮮度を信頼する店があり、「姿が分からない魚は不安。切り身にするなら店でさばいてもらう」。
一方、30代の女性6人は、「買うのは主に切り身パック。
鮮度の判断は、消費期限や水揚げ日の表示が頼り」と答えた。
献立も30代は乏しく、「煮るか、焼くか。野菜と料理できる献立がほとんどなくて困る」との感想だった。
世代間の違いには、調理経験の差も影響するだろう。
ただ、野菜も含め生鮮食材から調理する家庭が減り、中食・外食が浸透した現状をみると、日本人の暮らしから「豊かな魚の食べ方」が消える日も遠くないかもしれない。
そのとき、私たちは同時に何を失うだろうか。
●「安さ」の先にあるもの
「安いものには理由があるとばい」。
福岡県にある魚市場の仲卸が、業界の“常識”を教えてくれた。
例えば、売り場に並ぶ刺し身。
消費者は店でさばかれたと思いがちだが、実は全部がそうではない。
鮮魚店なら、基本的に新鮮な魚はその下に氷を敷き詰め、そのまま売る。
人の手の体温や、包丁を入れたことで「魚が弱りだす」からだ。
そんな店は、ぎりぎりまで待って刺し身にする。
これに対し、「安さ」を追求する店は、経費を少しでも切り詰めたいのが本音。
中には人件費の節約のために、魚をさばける人がいない売り場もあるほどだ。
そんな店が取引先に要求するのが、魚の下ごしらえ。
三枚におろして皮をはいで、あとは切るだけにしたさく(切り身)の真空パックを納入させる。
イカやエビのように、既に切られたり、むかれたりした商品もある。
パックから出し、加工済みのダイコンの千切りなど、つまを添えれば、「刺し盛りの1丁上がり」なのだ。
市場や産地には足を運ばない。
売り場で「この魚はどこから来たのか」と尋ねられると、「本部から」としか答えられない。
商品説明ができない、そんな仕入れ担当者(バイヤー)でも朝、布団の中から注文すれば事足りるような商品を、業界では「寝床アイテム」と呼んでいる。