蚊は忌避剤DEETの臭いを避けている | 化学物質過敏症 runのブログ

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・情報:農業と環境 No.103 (2008年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所
論文の紹介: 蚊は忌避剤DEETの臭いを避けている


マラリアは熱帯から亜熱帯地域に分布するマラリア原虫が原因となる感染症であり、ハマダラカによって媒介される。

世界保健機関 (WHO) によると、マラリアは現在100か国以上で発生しており、毎年3~5億人以上が感染し約100万人が死亡している。

人類の歴史と同程度の歴史をもつマラリアであるが、20世紀において大きな問題のひとつとなったのが第二次大戦中のいわゆる南方のジャングル戦においてであった。

日本軍はマラリアに対する装備の不足と栄養不足から、民間ともども多数の病死者を出すなど甚大な人的被害を受けたことは有名である。

アメリカ軍も殺虫剤や治療薬などの対策を十分に行っていたにもかかわらず、1943年から1945年の間だけで57万人以上の感染者を出した。

このような背景の下、アメリカ軍は大戦前からマラリアに対する効果的な殺虫剤、治療薬の開発とともに、忌避剤(虫除け剤)の開発にも取り組んでいた。

今回話題とする忌避剤 DEET については、1946年に米軍により開発され、1957年に民間での利用が始まった。

その後 DEET は、忌避効果の高さや持続性、ヒトの健康に対する安全性の高さ、あるいは生産コストの低さから広く普及し、カやダニが媒介する病気(マラリア、デング熱、ツツガムシ病、ライム病等)の感染リスクの低減を目的に、世界中で累計2億人に使用されてきた。日本でも40年ほど前から使用されはじめ、現在ではスプレータイプ、液状タイプ、ティッシュタイプなどさまざまな形状で、庭仕事、ハイキング、キャンプ、渓流釣りなどのアウトドア活動の際に広く利用されている。

DEET (N,N-diethyl-3-methylbenzamide)(ディート) は、カ、ノミ、イエダニ、ブユ、サシバエ、ツツガムシなど衛生害虫に対する忌避剤 (虫よけ剤) として使用されている。農作物の害虫防除の目的に使用される 「農薬」 ではないが、化学物質によって害虫の行動を制御するという点では共通しているので、農薬研究における関心の対象の一つでもある。

前述のとおり60年以上も世界中で使われ続けているにもかかわらず、なぜ害虫が近づかないのかといった作用メカニズムは、まだよくわかっていない。

以降は、この忌避メカニズムについて、カを対象とした研究を中心に話を進める。

カはヒトが発する二酸化炭素や汗に含まれる乳酸や 1-octen-3-ol (オクテノール) といった臭気成分を感知し、ヒトに寄ってくるとされている。

このとき DEET がどのように関与して忌避効果を発揮するのかが論議されているが、大きく分けて二つの説がある。

生理学的研究においては、DEET がヒトの臭いを覆い隠してしまう (マスキング)、あるいは嗅覚 (きゅうかく) システムを妨害しているという説が提唱されているが、カの行動観察に基づく研究においては、ただ単にカが DEET の臭いを嫌っているという説もあり、最終的な結論には至っていない。

このような中、本年 (2008年) の3月に、「嗅覚システムの妨害」 説を強力に支持する論文がロックフェラー大学の Vosshall らの研究グループによって Science 誌に発表された [Science, 319, 1838-1842 (2008)]。

この中でVosshall らは、DEET が作用する臭覚受容細胞を同定し、臭気成分が結合して活性化するはずの嗅覚受容体が、DEET の存在によって活性化が妨害されることを示した。

つまり、DEET によって嗅覚受容細胞の機能が直接的に制御され臭気成分を感知できなくなるという作用メカニズムを示した。

今回紹介する論文は、カリフォルニア大学デービス校の Syed と Leal によって発表されたものである。

Vosshall らの研究では、DEETは臭気成分がない状態でもカに対する忌避効果があるという行動観察との矛盾が説明されていなかった。

これに対し著者らは、生理学的手法、行動観察による手法の両方から説明しうる研究結果として本論文を発表した。