インフルエンザは、高熱や筋肉痛などの強い全身症状、さらに肺炎や脳炎を起こし、時に死に至らしめるインフルエンザウィルスによる感染症である。
1)変異するインフルエンザウィルス
ハシカやおたふく風邪は一度かかると二度と発病しないのに対して、インフルエンザは一生のうち何度もかかる可能性がある。その理由は、ウィルスの型が変異するからである。インフルエンザウィルスには、A型、B型、C型の3つのタイプがある。このうち、世界規模の大流行を起こし、重症のインフルエンザを起こすのはA型である。A型ウィルスは、10数年の周期で新型ウィルスが出現している。インフルエンザウィルスは直径80-120nmで、8本のRNA遺伝子をもつ。RNAは一本鎖のため、人間の遺伝子のような二本鎖のDNAとは異なり、より不安定で変異を起こしやすい。この8本のRNAのいずれかが変化すると、ウィルス表面にある赤血球凝集(H:haemagglutinin)とノイラミニダーゼ(N:neuromidase)という突起の形が変化する。HAとNAは毎年、同一の亜型内でわずかづつ抗原性を変化させるため、インフルエンザは巧みに人の免疫機構から逃れ流行し続ける。これを連続抗原変異または小変異という。抗原性に差があるほど、感染を受けやすく、発症したときの症状も強くなる。A型は数年から数10年単位で、突然別の亜型に取って代わることがあり、これを不連続抗原変異または大変異という。新型インフルエンザウィルスの登場である。
ワクチンは開発されているが、毎年ウィルスの抗原性が変異するため、有効なワクチンができない。従ってインフルエンザの治療はヒトが本来持っている免疫作用によらねばならない。十九世紀後半、北里柴三郎とドイツのベーリングに端を発した抗体の研究は近年、エイズが関連するウィルス学の進歩により格段の進歩を遂げた。免疫とウィルスとの戦いは、精密さから言っても、強度と規模の大きさから言っても驚くべきものがある。目に見えない抗体の働きは実感されることは少ないが、インフルエンザなどウィルス感染の治療の基本は免疫反応による。
2)インフルエンザ感染と免疫
インフルエンザウィルスは、人の細胞に感染すると、RNAのコピーにより細胞中で活発に増殖を始める。侵入を受けた人体は、緒戦にマクロファージが対応し病原体に付着した標識を目標にウィルスを確実に貪食していく。貪食したマクロファージは、壊したウィルス分子の一部をエピトープと呼ばれる情報伝達の仕組みを介して、細胞表面に提示する(抗原提示細胞という)。ヘルパーT細胞がウィルス情報を認識するとキラーT細胞を活性化し、キラーT細胞がウィルスを攻撃する。しかしウィルスの増殖が続くときは、ヘルパーT細胞が抗体産生機能を持つB細胞を活性化し、ウィルス抗原に対する抗体が大量に産生される。抗体は侵入したウィルスに結合し攻撃するが、インフルエンザに対してのみで他のものには結合しない。
マクロファージと抗体の働きは目標物しか壊さないという戦争に例えれば完全なピンポイント爆弾であるといえる。人体という戦場の中で、敵は壊しても自分の体は傷つけないという驚くべき仕掛けである。抗体の大量生産まではある程度時間がかかり、ウィルスの増殖を許してしまうが、大量生産が可能になるとそれは長期間にわたって維持され、ウィルスが完全に除去される。