俺は亭主関白ではない、と自分では思う。
料理だって洗濯だって、掃除だって、なんでも自分でしてしまうからだ。
もちろん恋人にしてもらう事だってあるが、それが女の役割だなんて、全く思わない。
(まあ、最近の男はそんな事思わないかもしれないが。)
それは、最近は女性も社会進出が盛んだから、男が外で働いて女が家を守るなんて発想は、時代錯誤誤のナンセンスだと思うから、というわけではない。
「男らしさ」とか「亭主関白」という概念に疑問を感じているのだ。
そもそも亭主関白というのは、俺の認識では、「女性は男性を支えるもの」という考えのもと、家庭の事は一切せず、表面的ではパートナーに高圧的な態度をとり、身の回りの面倒をみさせ、実は裏で尻にひかれているタイプ、という物だ。この認識で大体あってますよね?
俺がこの亭主関白という考えに疑問を感じるのは、簡単に行ってしまえば「身の回りの事も自分でできへんくせに、偉そうな態度をとる」という事だ。
一人にさせると、料理もできない、身の回りの事もよくわからない、そんなやつが、よく偉そうにできるな、と。
仕事もしっかりやって、身の回りの事もしっかりやって、パートナーのケアもして、それで初めて偉そうにできるんじゃないだろうか?
「私は亭主関白で、嫁になんでもやらせてます」なんて自慢げにいっている人は、「私は一人ではなにもできません」と発表しているようなものだ。
別に万能である必要はないが、「男だったら自分のことくらい、自分できるようになるべきでは?」なーんて、俺なんかは思うわけである。
エキセントリック成人ボウイ
ワイドショーなどを見ているとよく、「セレブ」といった言葉がでてくる。
「セレブ愛用」や、「セレブの間で人気急騰」であったり「セレブご用達」などは、普段、誰もが耳にするフレーズだろう。
最近、たまたま女性雑誌をパラパラと見ていると、特定のブランド(詳しくは忘れた)のバッグがセレブの間で人気らしく、色んなハリウッドスター達が日常で、そのブランドのバッグを持ち出している写真を掲載していた。「あの○○も愛用しているし、○○も使っている」といった、よくあるあのパターンだ。
そのページを見たときに、俺の中でずっと持ち続けていた違和感を、始めてしっかりと認識することができた。
それは、、、
「セレブが持ってるから、なんなんだろう?」
ということである。
そもそも、セレブって何なんだろう?セレブ=セレブリティ。要は有名人ってことですよね。
日本の有名人は「芸能人」と呼び、海外のハリウッドスターや歌手で、特に日本で認知度が高い人たちを総して「セレブ」と呼ぶのだ。
そのセレブのあいだで人気の物を、なぜ自分も持ちたいと思うのだろう?
ここで言う「セレブ」というのは、とんでもなくお金持ちの人たちの事を指すわけだが、
生活レベルもスタイルも全く違う人たちが、真似して何になるというのだろうか?
それよりも、自分がどういう存在でいたいのか、そのためにはどういう服飾を身につければ、自分らしさを表現できるかをイメージして、その上でそのイメージに合った服やかばんや靴を身につければいいわけである。
大体、みんなが持っているものを欲しいと思う思考が、俺には理解できない。いや、かぶるやんん、かぶりまくりやん。その時点で俺には、ない。
ナンバーワンよりオンリーワンなんていうフレーズがあるにも関わらず、結局は右向け右になってしまっている。
「誰かが持っているから」とか、「人気だから」とかじゃなくて、結局自分がどう思うかやねんな。
確かに、日本には「同じでなければいけない」という風潮はまだまだある。
しかし、実はこの風潮はm戦後GHQに没個性のため、戦略的に教育され、作られてきたものである。そう、日本人にの本質的な問題とかではなく、外国人に意図的に植えつけられてきた誤った思想なのである。
だから「海外のセレブ」とか「流行だから」、「あの人も持っているから」など、そんなアホみたいなこと気にするのは辞め、自分自身を大切にしてやって欲しいのである。
エキセントリック成人ボウイ
「セレブ愛用」や、「セレブの間で人気急騰」であったり「セレブご用達」などは、普段、誰もが耳にするフレーズだろう。
最近、たまたま女性雑誌をパラパラと見ていると、特定のブランド(詳しくは忘れた)のバッグがセレブの間で人気らしく、色んなハリウッドスター達が日常で、そのブランドのバッグを持ち出している写真を掲載していた。「あの○○も愛用しているし、○○も使っている」といった、よくあるあのパターンだ。
そのページを見たときに、俺の中でずっと持ち続けていた違和感を、始めてしっかりと認識することができた。
それは、、、
「セレブが持ってるから、なんなんだろう?」
ということである。
そもそも、セレブって何なんだろう?セレブ=セレブリティ。要は有名人ってことですよね。
日本の有名人は「芸能人」と呼び、海外のハリウッドスターや歌手で、特に日本で認知度が高い人たちを総して「セレブ」と呼ぶのだ。
そのセレブのあいだで人気の物を、なぜ自分も持ちたいと思うのだろう?
ここで言う「セレブ」というのは、とんでもなくお金持ちの人たちの事を指すわけだが、
生活レベルもスタイルも全く違う人たちが、真似して何になるというのだろうか?
それよりも、自分がどういう存在でいたいのか、そのためにはどういう服飾を身につければ、自分らしさを表現できるかをイメージして、その上でそのイメージに合った服やかばんや靴を身につければいいわけである。
大体、みんなが持っているものを欲しいと思う思考が、俺には理解できない。いや、かぶるやんん、かぶりまくりやん。その時点で俺には、ない。
ナンバーワンよりオンリーワンなんていうフレーズがあるにも関わらず、結局は右向け右になってしまっている。
「誰かが持っているから」とか、「人気だから」とかじゃなくて、結局自分がどう思うかやねんな。
確かに、日本には「同じでなければいけない」という風潮はまだまだある。
しかし、実はこの風潮はm戦後GHQに没個性のため、戦略的に教育され、作られてきたものである。そう、日本人にの本質的な問題とかではなく、外国人に意図的に植えつけられてきた誤った思想なのである。
だから「海外のセレブ」とか「流行だから」、「あの人も持っているから」など、そんなアホみたいなこと気にするのは辞め、自分自身を大切にしてやって欲しいのである。
エキセントリック成人ボウイ
少し前の事にになってしまうが、チャゲアスことCHAGE&ASKAの飛鳥涼氏が、
麻薬取締法違反の容疑で逮捕された。
芸能人が大麻や麻薬を使用して逮捕される事件はよくあるが、いつも決まって
出てくる批判の声が、今回を耳にした。
それは、「芸能界は甘い」という声である。
「こんなこといっても、どうせまた戻ってくる」
「のりピーだって、あんな事したのに、平気な顔して復帰している」
「芸能界は甘すぎる。世間一般なら、会社に戻してもらえない」
等など。。。
こういう声を聞くといっつも俺が思うのは、
いや、需要があるから!
ということである。
芸能人は、一人ひとりが個人経営者のようなものだ。自分で自分の看板を背負っている。
逮捕歴があっても、それでも根強いファンがまだ存在するのだ。
もちろん所属事務所の力というのはあるが、まったく客を呼ばずに赤字を出し続けるタレントを、
いつまでも抱え続ける事務所はない。
俺は別に彼らを擁護しているわけでは、全くない。
ただ、「芸能界が厳しい」という批判が、お門違いだという事を言いたいだけだ。
じゃあ、応援しなければいい
それだけだ。ファンがいなければ、復帰もできないわけだから。
そんなことも分からないなんて、今すぐ俺が殴りにいこうか?
エキセントリック
麻薬取締法違反の容疑で逮捕された。
芸能人が大麻や麻薬を使用して逮捕される事件はよくあるが、いつも決まって
出てくる批判の声が、今回を耳にした。
それは、「芸能界は甘い」という声である。
「こんなこといっても、どうせまた戻ってくる」
「のりピーだって、あんな事したのに、平気な顔して復帰している」
「芸能界は甘すぎる。世間一般なら、会社に戻してもらえない」
等など。。。
こういう声を聞くといっつも俺が思うのは、
いや、需要があるから!
ということである。
芸能人は、一人ひとりが個人経営者のようなものだ。自分で自分の看板を背負っている。
逮捕歴があっても、それでも根強いファンがまだ存在するのだ。
もちろん所属事務所の力というのはあるが、まったく客を呼ばずに赤字を出し続けるタレントを、
いつまでも抱え続ける事務所はない。
俺は別に彼らを擁護しているわけでは、全くない。
ただ、「芸能界が厳しい」という批判が、お門違いだという事を言いたいだけだ。
じゃあ、応援しなければいい
それだけだ。ファンがいなければ、復帰もできないわけだから。
そんなことも分からないなんて、今すぐ俺が殴りにいこうか?
エキセントリック