10月9日で30歳になりました。
なんとこの俺が30歳になるなんて、いまだに信じられない感覚です。
年って本当にとるもんなんや、というのが今の率直な感想だ。
20代は本当に色々な事があった。
俺ほど経験豊富な20代もなかなかいなんじゃないだろうか、と勝手ながら思ったりする。
20代前半は海外に行ったり、海外で働いたり、好き勝手してきた。中盤に病気にかかり、少し休養をし、後半になって今の仕事を初めて、今に至る。30歳にもなればある程度いろんな事が見えているかなー、なんて思っていたが、まだまだ全然。人生旅の途中も途中だ。
今の仕事を始めてからは、いろんな事を学んできた。
俺は大学卒業以来、ちゃんと正社員で本腰入れて働いた事がほとんどなかったので、これまた未熟なところだらけで、ビジネスマナー的なところから業務的な所まで、色々学ばせてはもらっている。
しかし、俺が一番学んできたのは自分自身の事。
「俺ってこんな人間なんや」とか、「俺ってこう思ってるんや」とか、自分では把握できていなかったことが、沢山見えてきた。
今年は「アナと雪の女王」の影響で「ありのまま」なんて言葉が流行っているが、この「ありのまま」を受け入れはじめている。(ちなみに天邪鬼の俺は、あの歌が大っ嫌いやし、「アナ雪」なんて陳腐な略し方はやめて頂きたいと思っている)
30歳になった事で、今後の俺の指針を決めてみた。
それらは主に二つあり、
①自分を一番大切にする
②今後の人生がどんどん好転していく事を信じきり、微塵たりとも疑わない
という事である。
これらは俺が一番必要としているものだと、確信している。だから、これら2つが今後のベースであり、大前提なのである。
この①の「自分を大切にする」という事は、どういう事かというと、、、
俺は今までの人生で「人に嫌な思いをさせない」という事を一番重要視してきた。(ただし、人を不快する奴は対象外)
結果人に好かれて来たし、友達にも恵まれて来た。友達にも彼女にも「やさしい」と言われてきた。
でも今の仕事を初めて、「自分を大事にしなければならない」ということに気づかされた。
「自分はこう見られている」とか、「この人はこう考えてるのかな」とか、そんな事ばかり考える前に「自分がどう思うか」が重要、だという事に気づかされた。
特に俺の場合、自分だけが経験が2年と浅く、あとの社員は10年、20年の経験者ばかりという状況で、まだまだ分からないことばかりの中で、自分の意見を育てる時間をなかなかとってこなかった。
「なんでこんな気を使っていないのに、なかなかうまくいかへんのやろ?」とか、「なんでこんなに色々考えてるのに、考えが足りないと注意をうけるんやろう?」ってずっと思っていた。
ひょっとすると俺はアホなのか??
いやいや、俺はかしこのはずやで。
かしこのはずなんやけどな。。。
と、自問自答してきた。
で、わかったのは「自分がどう思うか」所から、スタートしていないから」という事。はっきりと実感したのは最近の事だ。
今まで、人に良く思われたいと思ってきたし、人の気分を害したくない、ってずっと思ってきた。それが俺の生きていく中での最重要事項だった。
でも、そんなビリーフは一瞬で覆すことができる、という事を知った。
嫌われまいと自分なりに精一杯努力しても、それでも嫌われることだってある。
人生の中で、何かについて考える時間なんて限られているのに、他人がどう思うかについて考えてばかりいるなんて、本当にばかばかしい。
もちろん他人の事を考えるのは素晴らしいと思う、本当に自分の事しか考えていないやつも、たくさんいるから。でもそれでも、「自分がどう思うか」を一番大切にすればいいと思う。
(モラルに反する事は、もちろんいけないが。)
別に人に嫌われてもいいし、気分を害す事があってもいい。多少迷惑をかけてもいい。
だから俺は、これからは、自分の気持ちを一番大事にする。自分で自分を100%認め、受け入れる。
わがままになるとか、自分勝手になるとかじゃなくて、人との違いを認めたうえで、自分の感情を大事にするということ。
他人の人生なんて行きたくないね。俺は自分の人生を生きる。
今日はAKB現象について書いてみる。
AKBの人気っていつまで続くんだろう?
今年まで、今年までと言われ続けながら、なんだかんだずっと人気である。まあ、確かにAKBはちょっとおなかいっぱいだけど、かといって新しく応援したいアイドルもそんなすぐには出てこないから、という事なんだろう。
このAKB現象について俺は思う事は二つある。
一つは、秋元康の先見の明とプロデュース力凄さである。
AKBがまだ全然メジャーじゃなかったとき、ニュースを見ていて秋元氏が、秋葉原のオタクをターゲットにしたアイドルをプロデュースする、という事を知った。
その時俺は、「目の付け所が面白いなぁ」と思ったのを覚えている。確かにいわゆるオタク系にはオタク系の文化があり、コミュニティーもある。マイノリティではあるが、しっかりと固定ファンは見込めるんじゃないかと思ったのだ。
しかし、俺の読みは全く持って甘かった。なぜなら、AKBがオタク層で人気を得るばかりではなく、そのオタク文化を代表する彼女たちが、日本の主流、メインストリームにまでなってしまったからだ。
だれがオタク文化が、日本を代表する文化になると思っただろうか?
だれが、大してかわいいといえない女の子たち(ファンの人には申し訳ないが、客観的にみるとそうなると思う)が、日本を代表するようなアイドルになると、思っただろうか?
つまり秋元氏は、「アイドル=非日常的なほど綺麗で、またはかわいいく、遠い憧れの存在」という認識自体を崩してしまったのだ。
言い方は悪いが、その辺にいるような子が(そうじゃない子ももちろんいるが)、アイドルとしてTVに出て、どんどんかわいく(?)なっていって、握手会などで会いにもいける、親近感のある存在という定義に、書き換えてしまったのだ。
ただ、これは俺がAKB現象について思う事の二つ面なるのだが、、
本当にこれでいいのだろうか??
AKBがメインストリームでいいのだろうか??
人とコミュニケーションをなかなか取れなず、3次元の人間関係を構築できない人たちが、その逃げ場として使うような文化を助長して、本当にいいのだろうか?
大してかわいいその辺にいるような女の子たちが、日本のトップアイドルでいいのだろうか?
俺は秋元氏が悪いとかどうとか、そういう事はまったく思っていない。
そりゃビジネスだもの。CDを買って握手券だって散々批判されているけど、やっぱり発想としては斬新だよね。嫌だったら買わなかったらいいけど、結果ミスチルのこれまでの売り上げが抜かれる程、売れているんやから。
何が問題なんだろう、と考えるに、日本人のプロフェショナル意識の低さなんじゃないだろうか。
そもそもアイドルなんていらない、と俺は思うが、まあそれが日本の文化の一つであるなら、仕方ない。歌も踊りもうまくない、でもなんとなく一生懸命やってるし、応援したい、それが日本のアイドルの定義なんだったら、それでいい。
でも、結局そのアイドルがバラエティ―番組にでる、ドラマにでる、映画に出る。その結果、認知度は低いけど実力のある、もしくは実力をつけるかもしれない各分野のプロフェッショナルの進出を疎外する
本当のプロフェッショナルが育つ環境を邪魔しているのだ。
それはさすがに、「ちょっと違うんじゃないかな」と言わざる終えない。
すべてが中途半端な人たちが主流になってしまっていて、こんなので日本の文化は育つのだろうか?
やはり「良いものはいい」という目はいつもつけておきたいし、「本当にいいもの」を伸ばしたいし、育てたいと思わないかい?
さもなくば、日本国民にとっても「本当にいいもの」や「プロフェッショナルに触れる」機会がどんどんなくなっていくと思う。
流行に流されてその時は熱狂的になったが、何年か経つと全くファンじゃなくなって、「今思えばあれの何が良かったのだろう?」なんて振り返るものは、全然「いいもの」じゃないのだ。
エキセントリック成人ボウイ
AKBの人気っていつまで続くんだろう?
今年まで、今年までと言われ続けながら、なんだかんだずっと人気である。まあ、確かにAKBはちょっとおなかいっぱいだけど、かといって新しく応援したいアイドルもそんなすぐには出てこないから、という事なんだろう。
このAKB現象について俺は思う事は二つある。
一つは、秋元康の先見の明とプロデュース力凄さである。
AKBがまだ全然メジャーじゃなかったとき、ニュースを見ていて秋元氏が、秋葉原のオタクをターゲットにしたアイドルをプロデュースする、という事を知った。
その時俺は、「目の付け所が面白いなぁ」と思ったのを覚えている。確かにいわゆるオタク系にはオタク系の文化があり、コミュニティーもある。マイノリティではあるが、しっかりと固定ファンは見込めるんじゃないかと思ったのだ。
しかし、俺の読みは全く持って甘かった。なぜなら、AKBがオタク層で人気を得るばかりではなく、そのオタク文化を代表する彼女たちが、日本の主流、メインストリームにまでなってしまったからだ。
だれがオタク文化が、日本を代表する文化になると思っただろうか?
だれが、大してかわいいといえない女の子たち(ファンの人には申し訳ないが、客観的にみるとそうなると思う)が、日本を代表するようなアイドルになると、思っただろうか?
つまり秋元氏は、「アイドル=非日常的なほど綺麗で、またはかわいいく、遠い憧れの存在」という認識自体を崩してしまったのだ。
言い方は悪いが、その辺にいるような子が(そうじゃない子ももちろんいるが)、アイドルとしてTVに出て、どんどんかわいく(?)なっていって、握手会などで会いにもいける、親近感のある存在という定義に、書き換えてしまったのだ。
ただ、これは俺がAKB現象について思う事の二つ面なるのだが、、
本当にこれでいいのだろうか??
AKBがメインストリームでいいのだろうか??
人とコミュニケーションをなかなか取れなず、3次元の人間関係を構築できない人たちが、その逃げ場として使うような文化を助長して、本当にいいのだろうか?
大してかわいいその辺にいるような女の子たちが、日本のトップアイドルでいいのだろうか?
俺は秋元氏が悪いとかどうとか、そういう事はまったく思っていない。
そりゃビジネスだもの。CDを買って握手券だって散々批判されているけど、やっぱり発想としては斬新だよね。嫌だったら買わなかったらいいけど、結果ミスチルのこれまでの売り上げが抜かれる程、売れているんやから。
何が問題なんだろう、と考えるに、日本人のプロフェショナル意識の低さなんじゃないだろうか。
そもそもアイドルなんていらない、と俺は思うが、まあそれが日本の文化の一つであるなら、仕方ない。歌も踊りもうまくない、でもなんとなく一生懸命やってるし、応援したい、それが日本のアイドルの定義なんだったら、それでいい。
でも、結局そのアイドルがバラエティ―番組にでる、ドラマにでる、映画に出る。その結果、認知度は低いけど実力のある、もしくは実力をつけるかもしれない各分野のプロフェッショナルの進出を疎外する
本当のプロフェッショナルが育つ環境を邪魔しているのだ。
それはさすがに、「ちょっと違うんじゃないかな」と言わざる終えない。
すべてが中途半端な人たちが主流になってしまっていて、こんなので日本の文化は育つのだろうか?
やはり「良いものはいい」という目はいつもつけておきたいし、「本当にいいもの」を伸ばしたいし、育てたいと思わないかい?
さもなくば、日本国民にとっても「本当にいいもの」や「プロフェッショナルに触れる」機会がどんどんなくなっていくと思う。
流行に流されてその時は熱狂的になったが、何年か経つと全くファンじゃなくなって、「今思えばあれの何が良かったのだろう?」なんて振り返るものは、全然「いいもの」じゃないのだ。
エキセントリック成人ボウイ
関西の人以外は、上沼恵美子についてご存じだろうか?
漫才ブームの時に高校生の姉妹コンビ「海原千里・万里」として一世を風靡した後、結婚を機に一時は芸能界を引退。その後はピンの司会者として、大阪を起点に活躍している。
関西では影響力が高く、特に主婦層からは絶大な人気を得ていて、過去には紅白詩歌合戦の司会も何度か努めた事があるが、全国的には最近は「おしゃべりクッキング」くらいなもので、知名度はそんなに高くない。特に今の若い世代は、あまり知らないんじゃないだろうか?
ただ俺はこの上沼恵美子氏について、全国的だけでなく関西の中でも「過小評価されている」」と感じている。
なぜなら彼女は、間違いなく「日本で一番おもしろい女性」だからである。
関西含め、世間の人は彼女をいわゆる「大阪のおばちゃん」の代表ようなイメージを持っていると思う。
確かにそれは正しい。旦那の愚痴をいったり、世の中の男を批判したり、非常に大阪のおばちゃん的な視点で話をするから、それは正しいんだけど、「大阪のおばちゃん」の代表レベルでとどまっている時点で、全然正当な評価を受けていない。
あの、マシンガンの様に繰り広げるトークの技術、頭の回転の速さ、それに発想力は、はっきり言って、さんまや紳助レベルだ。(さんまには大した発想力はないが、それはこの際おいておこう)
それ以上に何が凄いかっていうと、そんなにも面白い彼女が「女性だ」という事。
女性というのは、笑いをやる上ではものすごく不利だ。男が少々下品なことをしても笑えるが、女性の場合、どこかで「女」が残ってしまう。
だからどこかで「無理をしている」と感じたり、「かわいそう」という印象が見ている側には残ってしまうのだ。そこを払拭しようと、女芸人はみんな頑張るのだが、どうしても払拭しきれない。
代表的な例が久本雅美だろう。自分の容姿であったり、「結婚できない」というイメージを武器にして、笑いを取っている。
だが、果たして久本雅美がおもしろいだろうか?久本雅美で爆笑するだろうか?申し訳ないが、俺は声に出して笑ったことすらない。
立ち回りのうまさは認める。それはもう女芸人の中ではピカイチだとおもう。しかし正直、それ以外は、顔芸と自虐ネタ、そして動き(お馴染みの乳首をつねって前に出すようなしぐさ)で、なんとかかんとか、ごまかしているとしか思えない。
たが上沼恵美子は違う。そもそも彼女は「勝ち芸」なのである。自虐なんてしない。「私綺麗ですから」といって笑いがとれてしまうのである。それも、冗談っぽくいうのではなく、「それが何か?」とでも言いたげな、当たり前のような顔をして。
それが、ドカーン!とウケるわけである。これがどれだけすごい事か。
だからといって男性的な感性を持っているわけでもなく、あくまでも非常に女性的。女性らしさを全面にだしつつも、しかもめちゃめちゃ面白い。
それが何故なのかは、自分の中でもうまう答えがでないが、とりあえずは先ほど挙げた天性の頭の回転の速さや、発想力を持っているからだという事は、間違いない。
亡くなったやしきたかじん氏同様、この上沼恵美子氏には、本気で東京に出てきたら、冠番組をバンバンを持ててしまう実力があるわけである。
決して大阪を離れない所に魅力を感じる一方、もったいないなぁ~と感じてしまうのは仕方がない。
エキセントリック成人ボウイ
漫才ブームの時に高校生の姉妹コンビ「海原千里・万里」として一世を風靡した後、結婚を機に一時は芸能界を引退。その後はピンの司会者として、大阪を起点に活躍している。
関西では影響力が高く、特に主婦層からは絶大な人気を得ていて、過去には紅白詩歌合戦の司会も何度か努めた事があるが、全国的には最近は「おしゃべりクッキング」くらいなもので、知名度はそんなに高くない。特に今の若い世代は、あまり知らないんじゃないだろうか?
ただ俺はこの上沼恵美子氏について、全国的だけでなく関西の中でも「過小評価されている」」と感じている。
なぜなら彼女は、間違いなく「日本で一番おもしろい女性」だからである。
関西含め、世間の人は彼女をいわゆる「大阪のおばちゃん」の代表ようなイメージを持っていると思う。
確かにそれは正しい。旦那の愚痴をいったり、世の中の男を批判したり、非常に大阪のおばちゃん的な視点で話をするから、それは正しいんだけど、「大阪のおばちゃん」の代表レベルでとどまっている時点で、全然正当な評価を受けていない。
あの、マシンガンの様に繰り広げるトークの技術、頭の回転の速さ、それに発想力は、はっきり言って、さんまや紳助レベルだ。(さんまには大した発想力はないが、それはこの際おいておこう)
それ以上に何が凄いかっていうと、そんなにも面白い彼女が「女性だ」という事。
女性というのは、笑いをやる上ではものすごく不利だ。男が少々下品なことをしても笑えるが、女性の場合、どこかで「女」が残ってしまう。
だからどこかで「無理をしている」と感じたり、「かわいそう」という印象が見ている側には残ってしまうのだ。そこを払拭しようと、女芸人はみんな頑張るのだが、どうしても払拭しきれない。
代表的な例が久本雅美だろう。自分の容姿であったり、「結婚できない」というイメージを武器にして、笑いを取っている。
だが、果たして久本雅美がおもしろいだろうか?久本雅美で爆笑するだろうか?申し訳ないが、俺は声に出して笑ったことすらない。
立ち回りのうまさは認める。それはもう女芸人の中ではピカイチだとおもう。しかし正直、それ以外は、顔芸と自虐ネタ、そして動き(お馴染みの乳首をつねって前に出すようなしぐさ)で、なんとかかんとか、ごまかしているとしか思えない。
たが上沼恵美子は違う。そもそも彼女は「勝ち芸」なのである。自虐なんてしない。「私綺麗ですから」といって笑いがとれてしまうのである。それも、冗談っぽくいうのではなく、「それが何か?」とでも言いたげな、当たり前のような顔をして。
それが、ドカーン!とウケるわけである。これがどれだけすごい事か。
だからといって男性的な感性を持っているわけでもなく、あくまでも非常に女性的。女性らしさを全面にだしつつも、しかもめちゃめちゃ面白い。
それが何故なのかは、自分の中でもうまう答えがでないが、とりあえずは先ほど挙げた天性の頭の回転の速さや、発想力を持っているからだという事は、間違いない。
亡くなったやしきたかじん氏同様、この上沼恵美子氏には、本気で東京に出てきたら、冠番組をバンバンを持ててしまう実力があるわけである。
決して大阪を離れない所に魅力を感じる一方、もったいないなぁ~と感じてしまうのは仕方がない。
エキセントリック成人ボウイ