こんにちは朱堂です




今回は、東京・文京区


「東京大学赤門」です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


(住所:東京都文京区本郷7丁目付近)




東大のシンボルマークにもなっているこの「赤門」は、


江戸後期に加賀藩12代藩主・前田斉泰が


幕府11代将軍・家斉の21女である溶姫を正室に迎える時に建てられました




何かで読んだんですが、大名は将軍の娘を正室に迎えることになると、


この赤門のように、正室専用の屋敷やら何やらを建てなければならず、


結構な出費になるのでやっかいに思っていたそうな


でも、将軍の娘を断るわけにはいかないので


11代将軍・家斉は、たくさんいる自分の子供たちを大名に押しつけて


統制していたことで有名ですから、溶姫の件も同じでしょうね






以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です




今回は、東京・文京区


「東京大学春日門」です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


(住所:東京都文京区本郷7丁目付近)




東京大学は、言わずと知れた日本一のエリート大学ですが


そのキャンパスは、加賀藩前田家の上屋敷跡に建てられています




この「春日門」は、できたのは2007年と最近ですが、


上の写真にも見られる赤レンガ塀が、


前田侯爵家邸の塀の名残だといわれています




前田の殿様の明治以降の邸宅も東大にあったんだ






以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です




今回は、東京・文京区


「麟祥院」です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


(住所:東京都文京区湯島4-1-8)




このお寺は、3代将軍・家光の乳母である


春日局の隠居所として建てられました


彼女のお墓もココにあります




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


コチラは本堂です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


そして、コチラが春日局のお墓です


さすが大奥で権勢をふるっただけあって、


お墓の大きさが大名クラス!




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


ちなみに、このお寺は今の「東洋大学」の前身である


「哲学館」という学校があった場所でもあります


東洋大といえば、今年の箱根駅伝を圧勝するくらいの名門校


お寺が発祥の地だというのも、歴史を感じます






以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です




今回は、東京・文京区


「湯島天満宮」です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


(住所:東京都文京区湯島3丁目30番1号)




この神社は、鎌倉時代に地元の人々によって建てられたと言われています


その後、江戸城を建てたことで有名な戦国武将・太田道灌が再興


江戸時代に入って、徳川家の保護を受けたり、


林道春や新井白石といった学者から支持を受けたりしていました




ちなみに、この鳥居は結構年代もののようです




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


コチラは本殿です


やっぱり大きい神社はキレイだな~


…木造じゃないけどな(ボソッ)




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…




泉鏡花が書いた文字が彫られている「筆塚」です




境内には、王貞治さんの文字が彫られた「努力塚」なるものもあるとか

有名人の碑がいっぱい




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…




日本庭園も整備されていました


ここまでキレイな庭園が整備されている神社も珍しいな~






以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です




今回は、東京・文京区


「実盛坂」です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


(住所:東京都文京区湯島20と21の間)




この坂は、平安末期の武士・斉藤実盛の住居が


この辺りにあったという言い伝えから名前をつけられました




斉藤実盛とは、頼朝の父・義朝とその弟で木曽義仲の父・義賢の


勢力下の間に本拠があった武士で、


(戦国時代でいう、今川と織田にはさまれた徳川みたいな立場)


義賢が義朝に討ち取られた後に幼い義仲を


安全な保護下に送り届けた、という義仲の恩人です


その後は義朝や平氏に仕えて出陣するも、


義仲討伐の時に義仲に討ち取られてしまいました


彼の首を洗ったら、黒かった髪の毛が白くなり、


恩人が墨で髪の毛を染めてまで出陣していた、という話に


義仲が涙したという逸話が有名です




言い伝えによると、この辺りに実盛塚(つまりは墓?)や


首を洗ったという井戸があったそうですが


戦死したのは加賀、石川県なので本当かどうかはあやしいです…






以上、朱堂でした