D.C.F.L (ダ・カーポ ファンダメンタル・ラブ)
第116話「奏人」

時刻はすでに深夜をまわっていた。
本来ならばもうすでに眠っている時間だけれど、
なかなか寝つけなくてただただベッドの中で
時が刻まれていくのをやり過ごしていく。
芳乃先生が言うには彼女が消えてしまったためにその余波で
他の人や物などまでも無くなっていき
最後には何もない完全な”無”に帰してしまう。
それは時間が過ぎれば過ぎるほど
綺麗に放物線を描くよう等比数列的に加速していくらしい。
たぶん俺がこうしてのんびりしている間にも
何かがこの地球上から無くなっているんだろう。
それを元に戻すには消えてしまった彼女を
この世界に連れ戻せばいい。
けれど、その足取りは一向に掴めていない。

芳乃先生は先生のおばあさんが残した文献を読みふけって
何か手掛かりを得ようとしてくれている。
手伝おうとしたが古い文献もあり
俺と朝倉では読むに読めずまかせるしかなかった。
何かしたくても何もできない、
なんだか自分の無力さが歯がゆくて、
腹ただしくて情けなくてしかたがなかった。

それにしても……、
仮に先生の言うとおり
ことりが「消えてしまいたい」と願ったのは何故だろう?
そんな事を考えるなんて自殺願望者の
深層しか思い浮かばない。
よくあるパターンだと学校でのいじめでの苦。
けれど俺と違って人気者で友達も多く
人当りだっていいからそれは考えにくい。
彼女に恨みつらみがある人間なんてとてもいるとは思えないし、
脅されたり脅迫されたりされていることもなかっただろう。
治らない持病で、という線もあるがいたって健康優良児、
特に食事の栄養バランスとか気にしてる娘だったし、
まぁおかげでこっちも風邪ひとつ引かずに過ごしてこれたけど。

となると人に、
俺や友達、まりあママ達にも言えない悩みでも、
不安を抱えていたってことなのか?
自分で言うのも嫌になるが、俺はかなり鈍感な方だ。
ことりが俺に好意をずっと抱いていてくれたのにもかかわらず
自分が彼女の事を好きになるまで全然気がつかなかったぐらいだ。
そんな俺が彼女の真情なんて……、
否、これは言い訳だな。

家族とか恋人とか結局は彼女の表面だけしか見ていなかった、
心の中まで感じ取ってやらなかったってことだ。

彼女が「消えてしまいたい」と思わせてしまうような、
何かそこまで追いつめられるような状況に陥っていたとするならば
その原因を取り除かないといけない。
いけないけどその原因がわからない。

ああっ!
ほんとに分んない。
人の心が簡単に分かればこんな苦労しなくてすむのにな。
それこそ魔法……。

天井に手をかざして見つめてみる。
朝倉が目の前でやってのけてくれた手から和菓子を出す魔法。
手品でもなくその力は現実にあって、
そして芳乃先生は俺にも若干だがそれがあるって言ってた。

仮にそれがあったって、使い方が分らないし
彼女一人救えないんじゃ不要なものだ。

「私、凛くんといられたら幸せだよ。
 だからずっと一緒にいましょうね」

あの言葉がずっと胸の中に鐘の音のように響いてくる。

おばあさまの所を出て一人で母さんを捜す旅に出た時、
ずっと何のために生まれてきたのか?なんて
かっこつけた哲学的みたいなものを考えてきた。
その時は母さんは俺がいらない子だから俺をおばあさまに預けたとか、
だったら始めから生まなきゃいいじゃないかとか、
前世で悪いことをしたからおばあさまにいろいろ強制されているとか、
いろいろ足りない頭でグルグルと考えていた。

白河家に家族として迎えてもらって
母さんと妹と再会して、
友達が出来て
彼女が出来て
そしてようやく分かったのが、
俺はたぶん誰かに愛されて、
誰かを愛したかったんだな~と。
それを教えてくれたのは他ならぬことりだ。

”守る”とか心で誓いながらも結局のところ
俺が彼女の愛情に包まれて守られていたんだ。

だから次こそは、今度こそは
俺が君を……。

………………………………
…………………………
……………………

「凛、起きなさい」
「ん? 母さん?」
目を開くとエプロン姿の母さんが
俺を覗き込むようにして見ていた。
あれ、俺……。
そっか、あれこれ考えているうちに
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「あなたが自分から起きてこないなんてめずらしいわね」
確かに。
朝は割と得意なほうなので人から起こされたことなんて数えるぐらいだ。
体を起こしグーッ!と背伸びをしてみる。
カーテンの隙間からこぼれる朝日がまぶしい。

「美春ちゃんはもう先に出かけたわよ」
今何時だろう?と時計を見ると7時前だった。
美春がこんなにも早く?
風紀委員の集会でもあるんだろうか?

「早くした方がいいわ。 電車に乗り遅れちゃう」
電車?
いえいえお母様、
学校までは徒歩なのですが。

とりあえず部屋を出て洗面所で顔を洗ってからリビングに入る。
テーブルの上にはすでに朝ごはんが準備してあった。
着席してスクランブルエッグに
トマトケチャップをかけて食べ始めると
キッチンから母さんがお弁当を持ってきて俺の横に置きながら
「初音島にも高校があれば、もうちょっとゆっくり出られるのにね」
それを聞いた瞬間思わず喉がつまりそうになった。
母さん何て言った?
初音島に高校があれば?
……まさか?!

俺は朝食をすばやく済ませ、
急いで身支度を整えてバイクに飛び乗って
すぐに家を出た。

…………………………………………
……………………………………
………………………………

うっわ。
だだっ広い空間が目の前に広がっていた。
予想通りというか思ったとおりというか、
風見学園のあった場所はすっかりさら地になっていた。
校舎も体育館もプールも運動場を照らす照明もなにもない。
たった一日でまるで始めから何もなかったように
綺麗さっぱりなくなってしまった。

初音島は島国なので小学校は1校で公立の中学校も1校。
公立や国立の高校はなく電車で本土へ行くしかない。
私立で風見学園が中学である付属と高校である本校があり、
近年の私学人気で本土から逆にやって来る生徒も少なくない。
学びやが一瞬のうちになくなってしまうなんて、
なんて空虚な出来事だろう。
悲しいようなやるせないような、なんとも言えない感情が心の中を渦巻く。

「姫乃!」
息をあげて私服姿の朝倉がこちらにかけてきた。
そう、家を出る前に俺が携帯で呼び寄せていたのだ。
メットを脱いでミラーにかけバイクから降りる。

朝倉は俺の前で立ち止まると両膝に手を添えて
荒れた息を整えた後体を起こし、
「工藤と杉並の、連絡先が消えた!」
な、にっ!
それを聞いて慌ててズボンのポケットから携帯を取り出して
フリップを開きアドレス帳を検索してみたが
朝倉が言ったとおり二人の名前が消えていた。

しばらくお互い言葉を交わさず
この何もない
空しくも風が吹くと砂埃が舞う

携帯が鳴る
液晶には芳乃先生の名前が表示されたので
「はい、姫乃です」
「もしもし、姫りん?
 あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。
 姫乃 亮平さんて人、知り合い?!」
先生の口からまさか父さんの名前が出てくるとは思いもしなかった。

「知り合いもなにも、亡くなった父ですけど」
「亡くなった?」
「はい、俺が物心つく前ですけど。 父が何か?」
「おばあちゃんがね、君のお父さんをここに、
 初音島呼んでいたんだよ」
「ええっ!」
先生のおばあちゃんと父さんが知り合いだったなんて、
意外な接点に驚きを隠せなかった。

俺と朝倉は先生の自宅へ伺う事にした。
けれど何故かギターを持ってきてくれと言われたので
朝倉には先に行ってもらい俺は一旦自宅へと戻る。

家に帰ると誰も居なかった。
母さんはもう仕事に出かけたようだ。
よかった。
こんな午前中に帰って来て鉢合わせなんてしたら
さぼったとか疑われるに決まってる。
修ちゃんじゃないんだか……ら。
修ちゃん……。
俺の唯一無二の大切な親友。
ちゃらんぽらんでいいかげんで適当だけれど、
いっつも俺の事考えてくれてて、
まだ何も借りを返していないっていうのに……。

とりあえず動かなきゃ何も解決しない。
ギターのネックを掴みギターケースに入れて
再び外へ出て行った。

…………………………………
……………………………
………………………

芳乃先生の自宅に到着して呼び鈴を押すと、
玄関から出てきたのは朝倉だった。

居間に通されると主である先生は
布団で白い星がちりばめられたうすい青色の生地のパジャマ姿で
上半身だけ起こしていた。
「こんな恰好でごめんね」
「どうしたんですか?」
「ちょっとね」
顔色もなんだか悪いような気がする。
体調でもすぐれないんだろうか?

「これ、君のお父さんからおばあちゃん宛てに届いた手紙」
父さんから?
先生から差し出された一通の茶色い封筒。
宛名は確かに父の名前だった。
住所は初音島、ここになっている。
京都の住所だからまだ母さんと結婚する前の時だろう。

「中を見ても?」
コクリとうなずかれたので中の手紙を取り出す。
手紙は2枚で我が父ながらかなり達筆な字で書かれていた。
朝倉もこちらを覗き込むようにして見てくる。
父さんの手紙を読むと
”いずれ時がくるから備えておいて欲しい”
”自分に何かあったら代わりがいるからその子を助けてやってほしい”
という先生のおばあさんから依頼があったようだ。
そしてこの手紙はその父さんが旨を了承したと書かれている。

しかし、何故父さんと芳乃先生のおばあさんとの間に
接点があったんだろうか?
「お父さんはギターをされていたんだよね?」
「あ、はい」
「姫りん、君のお父さんは奏人(かなでびと)だったんだよ。
 だからおばあちゃんがこっちに呼び寄せたんだ」
「奏人?」
「そう。昔ね、ボクら守人の力に気がついた人間がいたんだ。
 守人を閉じ込めて大桜に願いを叶え続けさせて
 自分の意のままの世界にしようとした人間がいたんだよ」
う~ん、昔から悪い奴はいたんだな。
願いを管理している守人がいなければどんな願いでも叶え放題だもんな。

「でも出来なかった」
「守人はね、自分にもしもの事があった時のためにもう一人
 守人に近い力を持った者を準備していたんだ」
「それが奏人?」
「そう」
常に最悪の状況を想定していたってことか。
やるな、先生のご先祖様。

「奏人自身は魔力は凄く小さいけれど、
 楽器の力でそれを何倍にも増加させて守人と同等の力、ううん。
 それ以上の力を得る事ができたみたい」
ん? 楽器?
思わず手元に置いてある相棒に目が行く。
父さんはギタリストであった。
先生の話に出てくる奏人って人物は楽器の力で魔力が使える。
まさか、
「それが姫乃家ということですか?」
「それは分らないけれど、君達が直系の子孫で間違いないと思うよ」
そういえば昔聞いたことがある。
亡くなったおじい様は津軽三味線の名手でもあったと。
じゃあ先日先生が俺にも魔力ってヤツを感じてたっていうのも
あながち間違えじゃなかったってことか?
思わず自分の両手を拡げて見つめてしまう。

先生は返した封筒を手にして
「そして、この手紙に書いてあった”時”というのはきっと今回の事だよ」
「ボク達のおばあちゃんはね、ボクなんかよりもものすごい魔力の、
 歴代最強の力の持ち主で予知能力もあったみたい。 
 自分の死期もおのずと分っちゃって
 だからアメリカに居たボクを日本に呼び寄せて跡をつがせて
 そしてこうなる事態が分かっていたから君のお父さんも
 ボクのサポートをさせるために呼び寄せたんじゃないかな」
でもそうだと自分の疑問の謎が解けた気がする。

父さんが何故初音島に来た理由がよく分からなかった。
単に跡を継ぎたくない、
おばあさまから逃げたかったらもっと他に、
それこそ外国でもよかったはずだ。
けれど、住んでいる自分がいうのもなんだけど
こんな辺鄙で辺境の土地にわざわざ自ずと来るなんてと、
ずっと疑問に思っていた。

まさかこんな大事な使命があったなんて……。
たぶんおばあ様は知らなかったんだろうな。
いや、仮に知っていたとしてもこんなこと
冗談半分にしか受け取らなかっただろう。

「姫りん、少し演奏してみてくれない?」
楽器を持ってきて欲しいと言われていたので
ケースから相棒を取り出し
アンプも何も繋げていないので純粋な弦だけの音で
軽くLaylaを弾いてみる。
世界三大ギタリスト、エリック=クラプトンの代表曲の一つ。
でも初登場は彼のシングル曲ではなく彼が在籍していたバンド
Derek and the Dominosの曲だった事は意外と知られていない。

「うん。魔力が増幅されてる。 分るよ」
先生は静かに瞳を閉じて演奏を聞き入ってくれていた。

「相変わらず大したもんだな、お前」
朝倉に褒められると背中がこそばゆくなる。

「やはり君が今の”奏人”なんだね」
俺が奏人……。
う~ん、やっぱり実感が湧かない。
魔力とやらの”力”なんて自分で感じないし。
でも、父さんとなんだか繋がってるみたいで、
やらなければ成らなかった事を俺が継承していることが嬉しかった。
茶道宗家を継ぐよりも全然ずっと、こっちの方がいい。

「そういえば先生と朝倉の家と同じく
 母さんの家の近くの桜もまだ枯れてませんでした。
 ”魔力”と何か関係あるんですか?」
杉並がわざわざ地図を広げて桜が枯れてない場所を指摘したのを思い出した。

「うん。 ここはボクやお兄ちゃんがいるからまだ若干魔力の”たまり”があるんだよ。
 姫りんの家の近くも同じなら君の力に反応してるんだろうね」
と、言われてもやはり実感が湧かない。

「それと白河さんの居場所、分ったよ」
「ことりはどこに?!」
朗報に身を乗り出して聞き出そうとしてしまう。
突然消えてしまった彼女。
ようやくその居場所が分って嬉しくなる。

「もう一つの世界に居るよ」
「もう一つの、世界?」
「パラレルワールドと言うべきかな。
 ボクなりにいろいろ調べてみたけれど、
 おそらく今この世界は白河さんが元から居ない、
 初めから存在なんてしていない世界に作り変えられているんだ」
作り変えられた?
そんな話は信じられないが、
でも納得のいく答えではあった。
誰も彼女を覚えていないし知らない、
写真すら存在していない状態。
ことりが生まれてこなかったと仮定するならば辻褄はあう。

それに俺がおばあ様のところに行かずここで育ったと
仮定を加えたらしたらこの状況に納得がいく。

父さんは亡ったけれどおばあさまは迎えに来なかった。
そして母さんは再婚しなかったので苗字は姫乃のままで、
俺も美晴と一緒に育ってきたから
だからあの娘も今までの兄妹の絆を埋める必要がないから
特に甘えてこない。

おばあさまのところに行っていないから
当然東條家と鷺沢家との接点もなく、
修ちゃんと美咲姉さんとの関係がここに居ない事も納得がいく。

「白河さんはその逆の世界に居るよ」
つまり彼女が生まれてきた世界ってことか……。
「それじゃその世界からことりをこちらに戻せば
 この世界も安定するって事ですか?」
「おそらく」

なんだかこの前ことりと珍しく
金曜の9時から見たSF映画の世界観みたいだな。

「どうやって連れ戻すんだ?」
朝倉が先生に尋ねると、
「きっと向こうからは帰れないだろうから、
 こちらから魔力で向こうの世界へ通じる扉、
 ゲートを開いて連れ戻すしかないよ。
 あの大桜がゲートの役割をしているんだ。
 あれに強力な魔力を当ててゲートをこじあければ……」
つまりはことりを連れ戻すことが出来る!
ようやく進展した状況に心が弾んだ。

「じゃあさっそく!」
相棒を手にして立ちあがった俺だったが、
「残念だけれど今のままじゃ無理だよ」
冷静な先生の声に止められてしまった。

「まずボクの魔力だけれど、もうほとんど残ってないんだ。
 どうやら大桜と守人の魔力は連動しているみたいでね。
 桜が枯れれば守人の魔力も消滅するみたい」
「でも俺なら、出来るんですよね?」
「確かに奏人は楽器の力で魔力を増幅させられる。
 けれど姫りんの力は未知数だから、
 本当に出来るかどうか確証はないよ」
俺は自分の手のひらを見て、それからぎゅっと握りしめた。
やっと、やっとことりを連れ戻せる可能性が見えてきたんだ!
だったらこんなところで立ち止まっていたくない。
やれる事を全てやりきりたい。
「1回やらさせてください。
 何もしないで、何も出来ないで
 待っているのは嫌です。
 それに早く手を打たないとこの世界も崩壊してしまうんですよね?」
個人的にことりを連れ戻すことが最優先事項だけれど、
それ以外に今の世界のどこかで何かが消えている。
大切な人たちまで消え始めているのに待っている余裕なんて、ない。

「やってみないと、分らない事もあるぜ」
朝倉がそう背中を押してくれると、
「わかったよ」
少しやさしい笑みを浮かべ先生も了承してくれた。
とりあえず芳乃先生は外傷もないし様子をみようってことで
先生の自宅に連れて帰ることにした。
先生の家は朝倉の家の隣で、
朝倉は何かあった時のためにと合鍵を預かっていたらしく
すんなりと中に入ることが出来た。

勝手知ったなんとやら、か。
朝倉は手早く畳の部屋に布団を敷いて、
俺は抱きかかえていた先生を寝かせる。
本当はパジャマか何かに着替えさせるべきなんだろうけど、
さすがにそんは失礼なこと天と地がひっくり返ってもできるはずもなく、
それはもちろん朝倉も同様で
しかたなく羽織っていた黒いマントだけ外させてもらい
後はそのままにさせてもらった。

先生の家は今時珍しい平屋で、
いわゆる古き良き日本家屋と言った方がいいかもしれない。
前に一度だけお邪魔した事があるが、
あまり物が置いてなく全体的にすっきりしている。
殺風景というか、
ことりや美春みたく女の子女の子、
ピンク色の世界でない。

お手洗いを借りて居間へと戻ろうとした時だった。
ガタガタッと激しく何かが揺れる音が聞こえ、
「おい、さくら!」
「行かせて、お兄ちゃん!」
二人の荒れるような話声が耳に入ってきた。

「このままじゃ、みんな消えちゃうんだよ!」
みんなが、消える?
芳乃先生のその台詞に
ことりや月城さん、瀬馬さんの顔が脳裏に浮かぶ。

芳乃先生は何か知ってるんだ……。

居間の襖を開けると朝倉が芳乃先生の手首をしっかりと握りしめて
それ以上先へは進ませないようにしているところだった。
二人は俺の顔を見るなり少し離れてうつむく。
俺はゆっくりと中へ入っていて、
「先生」
「姫りん……」
「白河ことり、覚えてますか?」
「もちろん。 どうしてそんな事聞くの?」
「突然いなくなったんです。 いえ、居なくなったというよりも消えたんです。
 俺の目の前でふっ、と。 信じてもらえないかもしれませんが……」
それを聞くやいなや先生の瞳が大きく見開かれる。

「それから誰もことりの事覚えていないんです。
 いえ、朝倉だけは覚えていて」
ちらりと朝倉の表情をうかがうと同調してうなずいてくれた。

「それ以降、俺の周りで変な事が起きてるんです。
 修ちゃんが住んでいた駅前のあの高層マンションが消えて
 彼自身も京都に戻ってます。 美咲姉さんのお屋敷もボロボロで
 近所の人から話を聞いたらもうずいぶん前から誰も住んでなかったと
 聞かされました。 喫茶風見鶏が消えて月城さんもいなくなって
 親友だった美春も彼女のことまったく覚えてなくって。
 ことりも、まるで初めから居なかったような感じになってて……」
「姫りん、白河さんがいなくなったのはいつ頃?」
「3日前です」
「どこで?」
「桜公園の内部の奥にある大桜の前です」
先生は腕を組んでう~ん、と唸った後、
真剣な目つきをして俺と朝倉を見て、
「そっか……、
 もしかしたら白河さんがトリガーになっているのかも」
ことりがトリガー?
引き金って事だよな?

「なんとなく原因が分ったよ」
先生は落ちつた声音で、
「今姫りんが体感している不思議な現象を僕は調査していたんだ」
ことりや修ちゃんに美咲姉さん、
月城さんや瀬馬さんが消えてしまった事を?

「あの大桜はね、願いの木と言われていて
 誰のどんな願い事でも叶えてしまうんだ」
突然何を言い出すんだ?
願いが叶うって、まるで魔法みたいに……。
「たとえば”お母さんに会いたい”とかね」
「なっ……」
先生の、俺の疑問を一発で払拭するような台詞を聞いて
思わず絶句してしまう。

「姫りんの願いも、叶えられたって事だよ」
俺の願いも、叶えられた?
たしかに母さんに会いたいとは願った。
もちろんそれが願の桜とは知らなかったけれど。
ここに来た目的だったし。
けれど、あれは俺が唯一持っていた
赤ん坊のころを抱っこしていた母さんと写っていた写真を
偶然ことりが見てくれてそれで発覚した事から始まって、
母さんと再会出来たんだ。
それがあの”大桜”が叶えてくれただなんて、
そんな話信じられる訳がない。

それじゃあもしかして
明日美ちゃんの手術の成功もそれのおかげなのか?
そんなバカな。

「初音島に伝わる、桜の精の話って知ってる?」
「はい」
まだことりと付き合う前、
彼女が朝倉にふられた事で意気消沈していた時、
励ましたくってデートに誘って、
山の上にある初音島大社で行ったんだよな。

そこで神主さんにお茶をいただきながら聞いた話がたしか、
この世の中には沢山の花の精霊がいて、
その中で桜の精はまだ日本が”日ノ本ノ国”と呼ばれ、
初代天皇である邇々藝命(ににぎのみこと)
が天孫降臨した際、この国を艶やかに豊かにするべく稲穂の女神たちと一緒に
花の精の一人としてこの大地に舞い降りてきたらしい。
だがこの桜の精は大変いたずら好きで
それはそれは神々をも困らせるほどであったらしい。
それを見かねた邇々藝命の子供である火遠理命(ほとほりのみこと)が怒り、
悪さをしないようにと桜の精を木の姿に変えてしまった。
そして火遠理命は桜の精にこう言った。
「元の姿に戻りたければ民たちの心の声を聞き、その願いを叶よ。
 さすれば元の姿に戻してやろう」と。

「桜の精は早く元の姿に戻りたくって問答無用で
 なんでも願いを叶えようとし始めたんだ」
え、いやだって。
それはあくまで昔からあの神社に伝わる伝承で
桜の精とかそんなおとぎ話みたいなものなんて居る訳ないじゃないか。
否定的な思考をしているのに芳乃先生は話を進めていって、
「やっかいでね。どんな願いでも叶えてしまうってことは、
 つまり悪い願いも叶えてしまうんだ」
「たとえば相手を不幸にしたいとか?」
尋ねるとコクリとうなずいてくれる。

「そう。 だからそうならないよういい願いだけ叶えるように監視、
 調整するために生まれたのが桜の守人(もりびと)、
 その役目を芳乃家は代々受け継いできたんだ。
 僕たちは魔法、魔力を使って願いをキャンセルする事が出来る。
 だから定期的に大桜に届けられた願いを聞いて悪い願い事は消してきたんだ。
 でも最後の願いだけは何故かキャンセル出来ないようになっていたんだ」
桜の守人、それが先生。
あ……。
そういえばお寺に行った時に見た絵の中に
今の先生の姿と全く似たような容姿の女の子の姿が描かれてたっけ。
金髪で青い瞳で、昔の絵なのになんで西洋系の女の子が
絵描かれてるなんて不思議に思ったんだけれど、
あれは先生を、桜の守人を意味していたのか?

「この初音島で枯れない、枯れなかった桜達もね、
 言い伝えでは桜の精が元の姿に戻れないことを悲しんでいる、
 つまり花びらが桜の精の涙で、
 そのため咲き続けているとのことらしいんだけど実は違うんだ。
 本当は江戸時代中期の頃、
 真冬に病気で息絶えそうな母親が桜が見たいと言って
 その息子があの大桜に願ってこうなったんだ」

「願いとか魔法とか桜の精とか、冗談ですよね?
 そんなおとぎ話みたいな……」
真剣な表情の芳乃先生が嘘を言っているとはとても思えない。
けれど、急にそんな話を聞かされて「はい、そうですか」と
すぐに納得できないというか、正直信じられない。

「お兄ちゃん、和菓子出せる?」
ちらりと朝倉の方を見る先生。
静かにうなずいた朝倉は握った拳をこちらに突き出してきて
眉間にシワを寄せしばらくしてからそっと手を開くと
そこには小さな大福があった。

「手品だろ?」
まるで去年、
みんなで海に行った時と同じような光景。
その大福をパクリとほおばる朝倉。
これが魔法?
どう考えたって手品にしか見えない。

「さくらは正統にば~ちゃんから力を受け継いでるんだけどな、
 俺は自分のカロリーを糧に和菓子、
 まぁたまに洋菓子を作り出す事ができるっていう
 中途半端な魔法しか使えないんだ」
なんだか目の前で展開された出来事が夢のようにしかみえない。
まるで狐か狸にばかされた、そんな感じだ。

「姫りん、きっと白河さんがちょうど最後の願いを叶えてしまったんだ」
「最後の、願い?」
「うん。 だからすべての願いを叶えきってしまった桜の精は解放され
 この島の桜の木はすべて普通の桜の木に戻ってしまったんだよ」
だから急に一斉に枯れ始めた?
たしかにそれはここ最近だ。

「ことりは、何を願ったっていうんです?」
「最後の願いは開示されてない仕組みになってるから
 詳しくはわからいけれど、おそらく」
芳乃先生は一度深く目を閉じてそれから
ゆっくりと開いて、
その青く美しい瞳でこちらを見据えてきた。
「消えてしまいたいって……」
「なっ……」
その台詞を聞いて
目の前が真っ暗になった。

「そんな、ことりがなんでっ!」
「い、痛っ!」
「姫乃!」
はっ!
気がついたら俺は芳乃先生の両腕の股の部分を
鷲掴みしてしまっていた。
朝倉が俺の手首を捕まえてくれたので
我に返り力が抜けた。

「す、すみません」
「ううん、大丈夫だから。
 とりあえず落ち着いて、ね。 事は重大だから」

落ち着けてって言われても、
心がざわついてそんなの無理だ。
消えてしまいたい?
ことりが、あのことりが?
嘘だ、なんで彼女がそんな事を?
人づきあいが俺なんかと比べて100倍も上手で
友達も沢山いて、いじめなんてあう筈もないだろうし、
何かとてつもなく嫌なことでも苦しいことでもあったのか?
でもそんなそぶり一つも……

「私、凛くんといられたら幸せだよ。
 だからずっと一緒にいましょうね」
微笑みかけてくれながら言ってくれた
あのセリフが浮かんでくる。

ことり……。

あの言葉は嘘だったのかよ?!
俺だって、俺だって、
俺だって君がいてくれれば幸せなのに。
なのに肝心の君がいなくなったら
なんにもないじゃないか?!

「僕とお兄ちゃんが白河さんの事を覚えているのは
 おばあちゃんから受け継いでる魔力があるからだよ」
「じゃあなんで俺も?」
二人は血のつながりがあるが俺にはそんなものない。
芳乃先生は静かに目を閉じて俺の胸元に手を添えて、
「君からも多少なりとも魔力を感じるよ」
「でも俺にそんな力なんて」
仮に魔力があるとするならば、
美春もあるってことなんだろうか?
そしたら父さんか母さんのどちらかが魔法使い?
そんな話聞いたこともない。

「それと周りのみんなやモノが消え始めたのは
 きっと白河さんが消えたから、
 世界の”万物保存の法則”のバランスが狂ったからだと思う」
「万物保存の法則?」
初めて聞く単語に首をひねるばかりだ。
「この世界の万物はね、常に一定で保たれているんだよ」
「たとえば物質、鉱物資源が減ると車や物が増える。
 人が増えると動物達が減っている、とかね」
何かが増えれば何かが減るってことか。

「世界を100ピースのパズルだと仮定すると
 白河さんという女の子のパズルのピースが欠けてしまった。
 必ず100にならなければいけないのに99の状態、
 つまり完全に不安定な状態なんだ」
「このまま不安定な状態が続くと、どうなるんですか?」
「いずれ世界の全てが消えてなくなってしまう。
 君も、僕も、お兄ちゃんもね」
だからみんな消えて行ったのか。
それに初音島の建物が徐々に消えていることも。

「元に戻す方法はあるんですか?」
「消えた白河さんがこの世界に戻ってくればおそらく」
欠けたパズルのピースが元通りになれば、か。

「ことりを元に戻す方法は?」
芳乃先生は視線を下に向けつつ首を左右に振った。
そんな……。
それじゃあもうどうしようもないってこと、なのか?

「こんな時、ばあちゃんがいてくれたらな」
ふぅ、とため息をこぼし愚痴るように朝倉がぽつりと言うと
「お兄ちゃん、それだよ!」
芳乃先生は大きく目を開いて左手の手のひらに
右手の拳をポンと叩く。
「何で今まで思い出せなかったんだろう」
「さくら?」
「おばあちゃんが亡くなる前に何冊か文献を渡されていたんだ。
 何かあった時に使いなさいって」
「もしかしたらそこに何か解決方法が載ってるかもしれない」
「急ごう」
「うん」
それを聞いて少し希望の光が見えてきた。

ことり。
君が何故消えてしまったか分からないけれど、
絶対にこちらに連れ戻す。
世界が消えてしまうのは一大事だけれど、
それよりもなによりも、
やはり俺は君が居てくれないと……。


つづく

―――次回予告
みなさんこんにちは、鷺澤美咲です。

消えてしまわれたことりさんを
連れ戻す方法が分りそうでよかったですね、
凛さん。


さて次回は……

学校が消えそしてお友達まで。
事態がどんどん悪化をたどり焦る凛さん。

そんな時、芳乃先生から意外な名前を聞かされます。
「姫乃亮平さんて人、知り合い?!」
果たしてこれは何を意味するのでしょうか?


次回、D.C.F.L 第116話「奏人」
みなさんまた、読んでくださいね。
D.C.F.L (ダ・カーポ ファンダメンタル・ラブ)
第115話「消える世界」

昼休み、教室で工藤と杉並とでお昼ごはんをとることにした。
いつもなら隣で彼女がほほ笑んでくれていた昼下がり。
たった一日で変わってしまった日常に
まだ頭がついていけない。
購買部へダッシュでパンを買いに行った朝倉はまだ
帰ってきていない。
杉並は相変わらず饒舌で今のこの桜の花が急に枯れ始めたことについて
「宇宙人の仕業に違いない」と熱く語っていて
それを工藤は苦笑しながら聞いていた。

母さんのお弁当、学校では初めて食べるかもしれないな。
いつもことりに作ってもらってたから。
これはこれでとてもおいしんだけれど、
母さんには大変申し訳ないが
なんだか物足りないというか、
しっくりこないというか。
なんで俺、ことりと一緒にいないんだろう……。

ちょうどお弁当箱がカラになった頃
朝倉が戻ってきて「ちょっと付き合え」と言われたので
再び屋上にやってきた。
朝と同じく朝倉は金網にもたれかかり、
「お前の言うとおりだった。
 クラスの連中や他のクラスに休み時間
 ことりの事聞いてみたけど誰一人覚えてなかった」
なるほど。
授業後の休み時間や昼休みを使って
聞き込みしていたから見なかったのか。
こいつ、意外と刑事とか向いてるんじゃないのか?
「どうなってるんだ、一体?」
「そんなの、こっちが聞きたいぐらいだ」
そう言いながら朝倉の隣に移動して同じように金網にもたれかかる。

ことりが消えた理由。
まりあママが俺の事を忘れてしまっている理由。
修ちゃんや美咲姉さんがここに居ない理由。
母さんが再婚していない理由。
まったくわからない。

「逆になんかおかしくないか?
 ことりの事誰も覚えていないのに、どうして俺達だけ覚えてる?」
真剣なまなざしで質問してくる。

「確かに」
そう。
姉である暦姉さん、教え子である母さん、
先輩でもありバンド仲間でもある美春が忘れているのに
俺と朝倉だけが憶えている。

何故だ?
俺達に共通点があるとすれば……、
ことりが好き、もしくは好きだった相手?!
”ことりの好きだった異性は彼女の事を覚えている”
もしその法則がなりたってるのなら、
圭もことりの事覚えてる事になる。

それを伝えると朝倉はすぐに携帯を取り出して
圭に電話してくれた。
しかししばらくして電話を切ると
ふぅ、とため息をついて携帯のフリップを閉じる
「圭、なんだって?」
首を振る朝倉。

圭が憶えていない。
と言う事はこの法則は間違ってるって事か……。
それ以外に朝倉と俺との共通点がまったくない。
朝倉は勉強が苦手だがスポーツは得意、
趣味だってゲームとかマンガだし。
共通点がないのによく友達になれたなぁ。
まぁ朝倉は誰とでも分け隔てなく話す気さくなヤツだからだろうけど。

「変なこと聞くけどさ、美春の苗字って何か覚えてるか?」
「”天枷”だろ?」
「”姫乃”になってる。 表札みたら変わってた。
 母さんが再婚してないことになってる」
ついでに昨日、白河家に帰ったらまりあママに俺のこと
忘れられていたことや今朝暦姉さんがことりのことを
覚えていない事も伝えた。

朝倉は腕を組み、ちょっと考え事をしてるような動作を取った後
金網から体を起して屋上の入り口へと足を向けた。
「どこいくんだ?」
「さくらのところ」
「芳乃先生?」
「アイツなら、何かわかりそうな気がしてな」
そう言い残して去っていってしまった。

5時限目が始まるギリギリ前に朝倉は戻ってきた。
どうやら芳乃先生は今日はお休みで職員室にはおらず
携帯にかけてもつながらなかったそうな。

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………………………

次の日

結局昨日の放課後も
初音島をバイクであちこち回ってみたが
ことりの情報を得ることが出来なかった。
やはり携帯に彼女の写真データがまったくないのが痛い。
写真があれば「この娘知りませんか?」と見せて聞くことができるからだ。

だけどその夜、一つ収穫はあった。
修ちゃんと美咲姉さんがことりのように消えていなかったという事だ。
ネットで茶道協会のホームページにアクセスして
会員の名簿をダウンロードしたらちゃんとそこに載っていたからだ。
まさかおばあさまが使っていたパスワードが使えるとは思いもしなかったけれど。
おばあさまはパソコンはからっきしダメでよく俺とか女中らがやらされていたっけ。
しかしIDとパスワード、意外と覚えているもんだな。
でも、やはりここでもおかしな状態に気がついた。
会長の名前がおばあさまになってるからだ。
あの時失脚したはずなのに、何故?

学校も、本当は欠席して彼女の捜索に出かけたかったが
朝倉が憶えていたのでもしや他の誰かも?と思い
結局登校して休み時間などを駆使していろんな人に話を聞いてみたが
結果は同じだった。

ことり……。
本当に、どこいっちゃったんだよ。

「同士」
「何?」
授業と授業の合間の休み時間、
机でぼ~っと外を眺めていたら杉並が話しかけてきた。

「変なのだ。これを見てくれ」
差し出されたA4サイズの紙に印刷された初音島の市街図。
ピンク色にマークされているのは天枷家、朝倉の家と芳乃先生の家、そして桜公園。
これが何だって言うんだ?
「このポイントだけまだ桜が枯れていないのだ」

珍しく神妙な表情をみせる。
へぇ、
TVのニュースで初音島の桜は全て枯れてしまったと聞いていたんだけどな。
まだ残っていたなんて。

「このポイントで共通するのは芳乃嬢に朝倉兄妹、同士姫乃とわんこだけだ」
「なにか関係性があるんでは?と思ってな」
「ないない」
ほんと、こういうミステリー的なもの好きだよな。
ことりの事、こいつに解決してもらいたいぐらいだ。
しかし気持ち悪いぐらいピンポイントで関係どころだけ
まだ桜が枯れてないなんて摩訶不思議な現象なのは間違いない。

「そういや朝倉さんは? まだ調子悪いのか」
「あ、ああ」
隣に座っている朝倉に話しかけたら気のない返事が返ってきた。
少し、暗い。
朝倉さんよっぽど調子悪いのだろうか?
お見舞いに行きたいところだけれど、
かえって邪魔になる時があるから、
ここは落ち着くまで待った方が得策かな。

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………………………

授業が終わりまっすぐ家に帰った。
もちろん白河家でなく天枷家の方だ。
家の前まで来るとあまり気にも止めてなかったが
杉並の言うとおり確かに桜が咲いていた。
通学路である桜公園の桜並木道は丸坊主状態だったのに。
ほんと、アイツの言うとおり何か関係性があったりしてな。

家にはまだ誰も居なかった。
母さんはもちろん仕事で美春も学校なんだろう。
早速部屋へ入り服も着替えずにテレビを起動させ
鞄からディスクを取り出してスロットへ差し込む。

そして画面に映し出されたのは去年の学園祭、
杉並が手芸部とタッグを組んで主催したミスコンだ。
ヤツの事だがら記録映像でも撮っていると思い聞いてみたら
案の定やはり持っていて早速借りてきたのだ。

大勢集まった体育館、
エントリー者が続々と登場してくるが、
ことりの姿が全然映っていなかった。

何回か見直したが結果など変わらず……。

おかしい。
この時、確かに彼女は真紅のドレスを身にまとい
壇上に立っていたはずだ。
そして天井の照明がぐらついていて、
それが突然何かの拍子で落下。
危うく彼女に直撃するところを俺が間一髪で助けたはずなのに。

映像はオリジナルのもので一切手を加えていないらしい。
その証拠に多少映像がブレていたり
生徒の頭が映って会場が見えなくなったりしたり
ここはどうみてもカットしていいだろうというところまで
映っていたりしてる。

それでいて何一つ彼女の痕跡が残されていないなんて。
映像を止め溜息をつきながらベッドへ転がり込む。
仰向けになり天井を眺めた。

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…………………………
……………………

翌日も学校に行って終わった後すぐ彼女を捜しに出かける。
今日は桜公園を中心として歩いて回ることにした。
バイクの方が機動力があるが細かいところを見落としがちだし
それによくよく考えたらことりの足ではそんなに遠くに行ける訳がない。

彼女がいなくなってからもう2日目に入る。
気持ちだけがどんどん焦っていく。
もしこのままずっと……。
……………………………。

そんな想像しただけで頭の中が真っ白になりそうだった。

俺って随分彼女に依存してたんだな。
でも、彼女だけなんだ。
彼女だけが心安らげる、
大切な唯一無二の存在。
だから、恋しくてしかたがない。

それにしても
なんだかへんな違和感を感じた。
駅前まで来たのだが妙にお店が減ってるようなそうでないような、
気のせいだろうか?

はぁ。
それにしてもどこへ行っても
ことりの”こ”の字すら出てこない。
時間ばかりが経って焦りだけが増えていく。
ずっと歩いていたから少しばかり足が痛くなってきた。
ちょっとだけ休憩しよう。
丁度駅前にいるから瀬場さんの入れてくれた
コーヒーを味わって一息入れれば
すぐにでも復活するだろう。

細い路地を入って裏通りにある、
ある……。
ある?
なっ!
一瞬足の力が抜けそうになりその場にへたり込みそうになった。

風見鶏が、ない。
嘘……だろ。
確かに、確かにここにあったはずだ!
茶色いレンガ造りでモダンでクラシックな造りの喫茶店が
きれいさっぱりなくなっていてさら地になっていた。
場所が間違いないかあたりを見回してみたが
隣にある薬局屋、
表の玄関に緑色の”ケロちゃん”が置いてあるし、
迎えに饅頭屋だってあるから間違いない。

そんな、バカな?!
これじゃ修ちゃん家のマンションと同じ現象じゃないか!
どうなってるんだ?

まさか?!
嫌な予感がして
慌てて携帯を取り出してアドレスを見てみたが
悪い予感は的中するもので
やはり月城さんの名前も店も消えていた。

そのまま美春に電話してみる。
「はいなのです」
「美春、俺だ」
「お兄さん、どしたとですか?」
「お前の友達に月城さんているか?」
「いえ、そんな名前のお友達なんていないですけど」
一瞬手から携帯が滑り落ちそうになった。

月城さんまで消えた?
そんな、だって昨日の朝に会って挨拶したのに。

瀬馬さん、
いつも店に行くと優しく微笑みかけてくれて、
極上のおいしいコーヒーを入れてくれる老紳士までも……。

くそっ!
思わず手にしていた携帯を地面に
叩きつけたくなるような衝動に駆られる。

俺の周りがおかしな状況になってる。
どうしてこうなった?
なんでこうなった?
考えても考えても全然分らない。

これが夢なら早く覚めてほしいぐらいの悪夢だ。

休んでなんていられない。
とりあえず桜公園へ行ってみよう。
もう一回あの大桜のところから捜してみよう。
何か見落としているかもしれないし。

早足で桜公園へ向かう。
公園の中へ入るとやはりいつも見慣れた満開の桜が
すべて散ってしまってるのを見るとなんだか寂しく感じる。

とりあえず横の脇道に入って、ん?
何か視線に入ったのでもう一度道をよく見てみると、
一瞬黒いシートか何かと思ったら
うわぁぁぁぁっ?!
人が、人がうつ伏せで倒れているではないか?!
慌てて駆け寄って抱き起してみると
それは見慣れた金髪のツインテールの少女だった。
「芳乃先生!?」
どうして先生がこんな所で倒れてるんだ?
そういえば今日はお休みされていて自習だったな。
いや、そんな事はどうでもよくって!

ぐったりしていて力なく手がだらん、と垂れ下がる。
息はちゃんとしてるみたいだが意識がないようだ。
額に手を添えてみたが熱もない。
「先生、先生?!」
体を軽く揺らし、
頬も叩いてみたが反応がない。

ああ、どうしようどうしよう?
慌てふためく脳みそ。
だけど慌てるとろくな事がないのはよく分っていたので
呼吸を整えて「落ち着け、落ち着け~」と
自分に自分で言い聞かせる。
しかし、現状助けを呼ぶにももともと人口が少ない初音島。
そんなに人通りもなく周りには誰も居ない。
そうだ携帯、
救急車を呼ぶか?

「姫乃!」
えっ?
後ろから声が聞こえたので振り返ってみると
「あ、朝倉」
そこには私服姿でコンビニの袋を手にしている友人が立っていた。