D.C.F.L (ダ・カーポ ファンダメンタル・ラブ)
第115話「消える世界」

昼休み、教室で工藤と杉並とでお昼ごはんをとることにした。
いつもなら隣で彼女がほほ笑んでくれていた昼下がり。
たった一日で変わってしまった日常に
まだ頭がついていけない。
購買部へダッシュでパンを買いに行った朝倉はまだ
帰ってきていない。
杉並は相変わらず饒舌で今のこの桜の花が急に枯れ始めたことについて
「宇宙人の仕業に違いない」と熱く語っていて
それを工藤は苦笑しながら聞いていた。

母さんのお弁当、学校では初めて食べるかもしれないな。
いつもことりに作ってもらってたから。
これはこれでとてもおいしんだけれど、
母さんには大変申し訳ないが
なんだか物足りないというか、
しっくりこないというか。
なんで俺、ことりと一緒にいないんだろう……。

ちょうどお弁当箱がカラになった頃
朝倉が戻ってきて「ちょっと付き合え」と言われたので
再び屋上にやってきた。
朝と同じく朝倉は金網にもたれかかり、
「お前の言うとおりだった。
 クラスの連中や他のクラスに休み時間
 ことりの事聞いてみたけど誰一人覚えてなかった」
なるほど。
授業後の休み時間や昼休みを使って
聞き込みしていたから見なかったのか。
こいつ、意外と刑事とか向いてるんじゃないのか?
「どうなってるんだ、一体?」
「そんなの、こっちが聞きたいぐらいだ」
そう言いながら朝倉の隣に移動して同じように金網にもたれかかる。

ことりが消えた理由。
まりあママが俺の事を忘れてしまっている理由。
修ちゃんや美咲姉さんがここに居ない理由。
母さんが再婚していない理由。
まったくわからない。

「逆になんかおかしくないか?
 ことりの事誰も覚えていないのに、どうして俺達だけ覚えてる?」
真剣なまなざしで質問してくる。

「確かに」
そう。
姉である暦姉さん、教え子である母さん、
先輩でもありバンド仲間でもある美春が忘れているのに
俺と朝倉だけが憶えている。

何故だ?
俺達に共通点があるとすれば……、
ことりが好き、もしくは好きだった相手?!
”ことりの好きだった異性は彼女の事を覚えている”
もしその法則がなりたってるのなら、
圭もことりの事覚えてる事になる。

それを伝えると朝倉はすぐに携帯を取り出して
圭に電話してくれた。
しかししばらくして電話を切ると
ふぅ、とため息をついて携帯のフリップを閉じる
「圭、なんだって?」
首を振る朝倉。

圭が憶えていない。
と言う事はこの法則は間違ってるって事か……。
それ以外に朝倉と俺との共通点がまったくない。
朝倉は勉強が苦手だがスポーツは得意、
趣味だってゲームとかマンガだし。
共通点がないのによく友達になれたなぁ。
まぁ朝倉は誰とでも分け隔てなく話す気さくなヤツだからだろうけど。

「変なこと聞くけどさ、美春の苗字って何か覚えてるか?」
「”天枷”だろ?」
「”姫乃”になってる。 表札みたら変わってた。
 母さんが再婚してないことになってる」
ついでに昨日、白河家に帰ったらまりあママに俺のこと
忘れられていたことや今朝暦姉さんがことりのことを
覚えていない事も伝えた。

朝倉は腕を組み、ちょっと考え事をしてるような動作を取った後
金網から体を起して屋上の入り口へと足を向けた。
「どこいくんだ?」
「さくらのところ」
「芳乃先生?」
「アイツなら、何かわかりそうな気がしてな」
そう言い残して去っていってしまった。

5時限目が始まるギリギリ前に朝倉は戻ってきた。
どうやら芳乃先生は今日はお休みで職員室にはおらず
携帯にかけてもつながらなかったそうな。

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………………………

次の日

結局昨日の放課後も
初音島をバイクであちこち回ってみたが
ことりの情報を得ることが出来なかった。
やはり携帯に彼女の写真データがまったくないのが痛い。
写真があれば「この娘知りませんか?」と見せて聞くことができるからだ。

だけどその夜、一つ収穫はあった。
修ちゃんと美咲姉さんがことりのように消えていなかったという事だ。
ネットで茶道協会のホームページにアクセスして
会員の名簿をダウンロードしたらちゃんとそこに載っていたからだ。
まさかおばあさまが使っていたパスワードが使えるとは思いもしなかったけれど。
おばあさまはパソコンはからっきしダメでよく俺とか女中らがやらされていたっけ。
しかしIDとパスワード、意外と覚えているもんだな。
でも、やはりここでもおかしな状態に気がついた。
会長の名前がおばあさまになってるからだ。
あの時失脚したはずなのに、何故?

学校も、本当は欠席して彼女の捜索に出かけたかったが
朝倉が憶えていたのでもしや他の誰かも?と思い
結局登校して休み時間などを駆使していろんな人に話を聞いてみたが
結果は同じだった。

ことり……。
本当に、どこいっちゃったんだよ。

「同士」
「何?」
授業と授業の合間の休み時間、
机でぼ~っと外を眺めていたら杉並が話しかけてきた。

「変なのだ。これを見てくれ」
差し出されたA4サイズの紙に印刷された初音島の市街図。
ピンク色にマークされているのは天枷家、朝倉の家と芳乃先生の家、そして桜公園。
これが何だって言うんだ?
「このポイントだけまだ桜が枯れていないのだ」

珍しく神妙な表情をみせる。
へぇ、
TVのニュースで初音島の桜は全て枯れてしまったと聞いていたんだけどな。
まだ残っていたなんて。

「このポイントで共通するのは芳乃嬢に朝倉兄妹、同士姫乃とわんこだけだ」
「なにか関係性があるんでは?と思ってな」
「ないない」
ほんと、こういうミステリー的なもの好きだよな。
ことりの事、こいつに解決してもらいたいぐらいだ。
しかし気持ち悪いぐらいピンポイントで関係どころだけ
まだ桜が枯れてないなんて摩訶不思議な現象なのは間違いない。

「そういや朝倉さんは? まだ調子悪いのか」
「あ、ああ」
隣に座っている朝倉に話しかけたら気のない返事が返ってきた。
少し、暗い。
朝倉さんよっぽど調子悪いのだろうか?
お見舞いに行きたいところだけれど、
かえって邪魔になる時があるから、
ここは落ち着くまで待った方が得策かな。

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………………………

授業が終わりまっすぐ家に帰った。
もちろん白河家でなく天枷家の方だ。
家の前まで来るとあまり気にも止めてなかったが
杉並の言うとおり確かに桜が咲いていた。
通学路である桜公園の桜並木道は丸坊主状態だったのに。
ほんと、アイツの言うとおり何か関係性があったりしてな。

家にはまだ誰も居なかった。
母さんはもちろん仕事で美春も学校なんだろう。
早速部屋へ入り服も着替えずにテレビを起動させ
鞄からディスクを取り出してスロットへ差し込む。

そして画面に映し出されたのは去年の学園祭、
杉並が手芸部とタッグを組んで主催したミスコンだ。
ヤツの事だがら記録映像でも撮っていると思い聞いてみたら
案の定やはり持っていて早速借りてきたのだ。

大勢集まった体育館、
エントリー者が続々と登場してくるが、
ことりの姿が全然映っていなかった。

何回か見直したが結果など変わらず……。

おかしい。
この時、確かに彼女は真紅のドレスを身にまとい
壇上に立っていたはずだ。
そして天井の照明がぐらついていて、
それが突然何かの拍子で落下。
危うく彼女に直撃するところを俺が間一髪で助けたはずなのに。

映像はオリジナルのもので一切手を加えていないらしい。
その証拠に多少映像がブレていたり
生徒の頭が映って会場が見えなくなったりしたり
ここはどうみてもカットしていいだろうというところまで
映っていたりしてる。

それでいて何一つ彼女の痕跡が残されていないなんて。
映像を止め溜息をつきながらベッドへ転がり込む。
仰向けになり天井を眺めた。

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…………………………
……………………

翌日も学校に行って終わった後すぐ彼女を捜しに出かける。
今日は桜公園を中心として歩いて回ることにした。
バイクの方が機動力があるが細かいところを見落としがちだし
それによくよく考えたらことりの足ではそんなに遠くに行ける訳がない。

彼女がいなくなってからもう2日目に入る。
気持ちだけがどんどん焦っていく。
もしこのままずっと……。
……………………………。

そんな想像しただけで頭の中が真っ白になりそうだった。

俺って随分彼女に依存してたんだな。
でも、彼女だけなんだ。
彼女だけが心安らげる、
大切な唯一無二の存在。
だから、恋しくてしかたがない。

それにしても
なんだかへんな違和感を感じた。
駅前まで来たのだが妙にお店が減ってるようなそうでないような、
気のせいだろうか?

はぁ。
それにしてもどこへ行っても
ことりの”こ”の字すら出てこない。
時間ばかりが経って焦りだけが増えていく。
ずっと歩いていたから少しばかり足が痛くなってきた。
ちょっとだけ休憩しよう。
丁度駅前にいるから瀬場さんの入れてくれた
コーヒーを味わって一息入れれば
すぐにでも復活するだろう。

細い路地を入って裏通りにある、
ある……。
ある?
なっ!
一瞬足の力が抜けそうになりその場にへたり込みそうになった。

風見鶏が、ない。
嘘……だろ。
確かに、確かにここにあったはずだ!
茶色いレンガ造りでモダンでクラシックな造りの喫茶店が
きれいさっぱりなくなっていてさら地になっていた。
場所が間違いないかあたりを見回してみたが
隣にある薬局屋、
表の玄関に緑色の”ケロちゃん”が置いてあるし、
迎えに饅頭屋だってあるから間違いない。

そんな、バカな?!
これじゃ修ちゃん家のマンションと同じ現象じゃないか!
どうなってるんだ?

まさか?!
嫌な予感がして
慌てて携帯を取り出してアドレスを見てみたが
悪い予感は的中するもので
やはり月城さんの名前も店も消えていた。

そのまま美春に電話してみる。
「はいなのです」
「美春、俺だ」
「お兄さん、どしたとですか?」
「お前の友達に月城さんているか?」
「いえ、そんな名前のお友達なんていないですけど」
一瞬手から携帯が滑り落ちそうになった。

月城さんまで消えた?
そんな、だって昨日の朝に会って挨拶したのに。

瀬馬さん、
いつも店に行くと優しく微笑みかけてくれて、
極上のおいしいコーヒーを入れてくれる老紳士までも……。

くそっ!
思わず手にしていた携帯を地面に
叩きつけたくなるような衝動に駆られる。

俺の周りがおかしな状況になってる。
どうしてこうなった?
なんでこうなった?
考えても考えても全然分らない。

これが夢なら早く覚めてほしいぐらいの悪夢だ。

休んでなんていられない。
とりあえず桜公園へ行ってみよう。
もう一回あの大桜のところから捜してみよう。
何か見落としているかもしれないし。

早足で桜公園へ向かう。
公園の中へ入るとやはりいつも見慣れた満開の桜が
すべて散ってしまってるのを見るとなんだか寂しく感じる。

とりあえず横の脇道に入って、ん?
何か視線に入ったのでもう一度道をよく見てみると、
一瞬黒いシートか何かと思ったら
うわぁぁぁぁっ?!
人が、人がうつ伏せで倒れているではないか?!
慌てて駆け寄って抱き起してみると
それは見慣れた金髪のツインテールの少女だった。
「芳乃先生!?」
どうして先生がこんな所で倒れてるんだ?
そういえば今日はお休みされていて自習だったな。
いや、そんな事はどうでもよくって!

ぐったりしていて力なく手がだらん、と垂れ下がる。
息はちゃんとしてるみたいだが意識がないようだ。
額に手を添えてみたが熱もない。
「先生、先生?!」
体を軽く揺らし、
頬も叩いてみたが反応がない。

ああ、どうしようどうしよう?
慌てふためく脳みそ。
だけど慌てるとろくな事がないのはよく分っていたので
呼吸を整えて「落ち着け、落ち着け~」と
自分に自分で言い聞かせる。
しかし、現状助けを呼ぶにももともと人口が少ない初音島。
そんなに人通りもなく周りには誰も居ない。
そうだ携帯、
救急車を呼ぶか?

「姫乃!」
えっ?
後ろから声が聞こえたので振り返ってみると
「あ、朝倉」
そこには私服姿でコンビニの袋を手にしている友人が立っていた。