↓ ↓ ↓
心と体を開いて準備をする!
は凄くよくわかります(^-^)
ただ、自分を責めて苦しんでいる時は
自分の人生に責任を持ってないの意味がよくわかりません。
責任を感じているから自分を責めてるんじゃ?
自分を責めてるのに全部人のせいって???
↑この部分がよく理解できなかったので、
追記説明をしていただけると嬉しいです。
は凄くよくわかります(^-^)
ただ、自分を責めて苦しんでいる時は
自分の人生に責任を持ってないの意味がよくわかりません。
責任を感じているから自分を責めてるんじゃ?
自分を責めてるのに全部人のせいって???
↑この部分がよく理解できなかったので、
追記説明をしていただけると嬉しいです。
(美雨★まりあさん)
わからないっていうのは、
『厳しい言い方になっちゃうけど、
まわりのことや、
自分のことを責めるのってつらそうに見えるけど、実は楽なんだよ。
悲劇のヒロインになれるけど、
自分の人生に責任を持ってないもん。
ぜーんぶひとのせい。』
って部分だよね?
ちょっと長くなっちゃうけど、ぼくなりに、
『自分の人生に責任を持つ』
ということを説明させてもらうね。
細かい用語的なところはざっくりととらえてもらえるとうれしいな。
責任って、大辞林でひくとこう書いてある。
【責任】
①自分が引き受けて行わなければならない任務。義務。
② 自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い。
③ 〘法〙 法律上の不利益または制裁を負わされること。狭義では,違法な行為をした者に対する法的な制裁。民事責任と刑事責任とがある。
①自分が引き受けて行わなければならない任務。義務。
② 自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い。
③ 〘法〙 法律上の不利益または制裁を負わされること。狭義では,違法な行為をした者に対する法的な制裁。民事責任と刑事責任とがある。
(三省堂 大辞林より)
(1) 人が引き受けてなすべき任務。
(2) 政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責(せめ)・科(とが)。
(2) 政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責(せめ)・科(とが)。
(岩波書店 大辞林より)
責任っていうのは、大辞林でも広辞苑でも、1と2のふたつ意味がある。
ちょっと意味合いが変わってくるでしょう?
「責める」というのは、2のほうにフォーカスされてる。
でも、もっと大事なのは1のほうだと思うんだ。
ひとが自分の持っている役割に対して引き受けてなすべき任務や義務。
もちろん、生きてて自分のことを責めちゃう状態ってあるよ。
ぼくだってあるし、それは健全なこころの動きでもある。
ただ、
これが責めるだけじゃ解決しない。
責めて悲劇のヒロインになってるときって、いい方は悪いけど、この責めるで止まって、(1)に行ってないんだよね。
自分の人生に責任を持つ。
というのは、決してなにかしたことや失敗とかを悪いと思って責めたり罪悪感を持つことじゃないんじゃない、と思ってるんだよね。
それよりも、自分の人生の任務や義務ってなんだろう?
義務というと響きがきつくなるから、任務とか使命とするとわかりやすいかもしれない。
ねぇ、考えてみて。
あなたの人生の任務や使命ってなに?
あなたの人生の任務や使命ってなに?
ぼくは、赤ちゃんを授かる仕事に携わってるから、生物の原点についてよく考える。
生物っていうのは、
「生きて子孫を残す」
存在なんだよね。
これは、生物(人間)として生まれてきた任務や使命といえるかもしれない。
そうやって、ずっと40億年前に生命が誕生してから命のつながりが連綿と続けられてきた。つながってきた命のどれかひとつが欠けても、ぼくらはここにいない。
だから人間だれしも、自然と
「生きたい」
って思うし、
「赤ちゃんがほしい」
って思う。
なかなか赤ちゃんを授からない時に、自分を責めてしまうのは、
とても自然な心の流れでもある。
命の根っこから湧き上がる感情の上に、
社会的な立場だったり、
家族関係からも
「悪いなぁ」
ってすごく自然と感じてしまいやすいから。
自分を責めちゃうのは、とても自然な感情だし、
やさしいひとでもあるからなんだよ。
でもね、
責めてるだけだと止まっちゃってる。
責任の(2)しか果たしてない。
(1)の大切な任務や使命が置いてけぼりになってるから。
ひとは、共に生きる存在である。
「生きて子孫を残す」
とあると、赤ちゃんができなきゃ、ダメじゃないかって思うかもしれないけど、決してそうじゃない。
人間っていうのは、集団で協力して生きていく存在なんだよね。
直接自分自身のこどもがいなくても、自分の身近な家族や親戚、あるいは地域や社会でこどもを守って、育てていく。
みんなで共に生きることで命をつないでいく存在が人間。
人間って生物の中でも特殊。
普通、生物って生殖能力がなくなると同時に死ぬ。
でも人間は違うでしょう?
こどもが産めなくなったり、つくれなくなっても、ずっと長く生きる。
だいたい女性だと閉経は50歳だけど、いまの平均寿命は87歳。
人間だけが「おじいちゃん」「おばあちゃん」という存在で長く生きるようになったのは、そのほうが知恵を伝えたり、小さなこどもの世話をしたりすることで、一緒にくらしてるみんなが命をつなぎ、より豊かに生活できるから、というのが「おばあさん仮説」って言って進化生物学的にも証明され出してる。
かつての狩猟採集時代、人間は、みんなで集団でこどもを育ててた。
こどもは、みんなのこどもとして育てられてた。
いまでも、狩猟採集生活をしているひとたちの間では、そのスタイルが息づいている。
部族によっては、「お父さん」や「お母さん」という言葉が、実の父母だけでなく、部族のおじさん、おばさんとかも一緒に指す言葉だったり。
こどもが違う家に来てごはんを食べるのがあたりまえだったりする。
↓ ↓ ↓
参考:「人間は、一夫一婦制の生物である。←うそだよ。』
現代の日本社会に生きていると、つい忘れがちになってしまう感覚だけど。
それが、もともとの人間のあり方なんだよね。
かつての日本もそうだった。
地域みんなで、こどもを育ててたでしょう?
いまの現代社会に生きるぼくたちにとっては、どうだろう?
ぼくらの仕事や消費は、全部だれか他のひとのため。
あまりに経済の規模が大きくなり過ぎて、わかりにくくなってるけど、
仕事をしたり、消費をするだけでも、
すでに誰か他のひとの役に立っている。
あなたが買った服は、
バングラデシュの工場でつくられていて、
それがお給料となって仕事をしてくれているひとに渡って、
家族の命を支えているかもしれない。
人間はひとりでは生きていけない。
生きているだけで、
共に生きていることであり、
それがすでに、みんなの命をつなぐことなんだよね。
生きているだけでいい。
けど。
もうちょっと考えてみよう。
まず、ひとりひとりが「生きること」だけど、
共に生きるひとがどんな状態だったら、うれしい?
「しあわせに生きること」
だと思うんだ。
自分がしあわせで満たされることで、
まわりにしあわせがあふれていくこと。
それは、どういう形かはわからないよ。
直接的に、なにかひとの役に立つことかもしれない。
ボランティアをすることだったり、
自分のこどもに愛を注ぐことかもしれない。
笑顔でいるだけでもいい。
にこっと微笑んで、ひとに元気をわけてあげるだけでもいい。
そのちょっとしたあたたかさの連なりが、まわりのみんなをしあわせにしていって、しあわせの輪が広がっていく。
ずーっと、ずーーーっと昔から、連綿とつながる命の流れの中にぼくらは生きていて。
ぼくらの両親も、それぞれのおじいちゃん、おばあちゃんも、さらにそれぞれのひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん・・・
500年、20代さかのぼればご先祖様は総勢100万人にもなる。
これまでずっとつながってきた命の流れの中にぼくらはいて、ずっと、我が子のしあわせを祈り、願ってきた命のつながりの中にぼくらはいきてるじゃない?
たとえ、自分自身は親の愛情を受けたり、感じたりしにくかったとしても、先祖をさかのぼっていった時に、圧倒的に我が子のしあわせを願ってきた流れの中にぼくらはいるんだよね。
500年さかのぼるだけで100万人だよ?
人類が誕生して400万年。
いったいどれだけのご先祖さんが、我が子のしあわせを願ってきたんだろう。
それだけしあわせを願われて、しあわせに生きなかったら、それこそバチがあたる。^^;
なんだか
すっごく長くなっちゃったけど。笑
結論。
自分の人生に責任を持つというのは、
しあわせに生きること。
だと思うんだよね、ぼくは。
だから、わかりにくかったかもしれないけど、
ひとのせいっていう表現になる。
そして、ひとによっては、
いろんな悩みやつらさがある中で、
しあわせに生きるためには、
いろんなことに向き合ったり、
受け止めたり、手放したりすることって、
自分を責めることよりも
ずっと、ずっと大変な作業だったりもする。
そりゃ生きてりゃいろいろある。
怒り。
妬み。
悲しみ。
恨み。
きれいごとだけじゃなくて、いろんな事が起きるし、
いろんな感情も出る。
でも、たーくさん相談してると、
赤ちゃんを授かることだったり、
あるいは別の形だったりするけど。
その作業をしていったひとが、しあわせになるのが、
なんとなく見えてくる。
とあると、赤ちゃんができなきゃ、ダメじゃないかって思うかもしれないけど、決してそうじゃない。
人間っていうのは、集団で協力して生きていく存在なんだよね。
直接自分自身のこどもがいなくても、自分の身近な家族や親戚、あるいは地域や社会でこどもを守って、育てていく。
みんなで共に生きることで命をつないでいく存在が人間。
人間って生物の中でも特殊。
普通、生物って生殖能力がなくなると同時に死ぬ。
でも人間は違うでしょう?
こどもが産めなくなったり、つくれなくなっても、ずっと長く生きる。
だいたい女性だと閉経は50歳だけど、いまの平均寿命は87歳。
人間だけが「おじいちゃん」「おばあちゃん」という存在で長く生きるようになったのは、そのほうが知恵を伝えたり、小さなこどもの世話をしたりすることで、一緒にくらしてるみんなが命をつなぎ、より豊かに生活できるから、というのが「おばあさん仮説」って言って進化生物学的にも証明され出してる。
かつての狩猟採集時代、人間は、みんなで集団でこどもを育ててた。
こどもは、みんなのこどもとして育てられてた。
いまでも、狩猟採集生活をしているひとたちの間では、そのスタイルが息づいている。
部族によっては、「お父さん」や「お母さん」という言葉が、実の父母だけでなく、部族のおじさん、おばさんとかも一緒に指す言葉だったり。
こどもが違う家に来てごはんを食べるのがあたりまえだったりする。
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参考:「人間は、一夫一婦制の生物である。←うそだよ。』
現代の日本社会に生きていると、つい忘れがちになってしまう感覚だけど。
それが、もともとの人間のあり方なんだよね。
かつての日本もそうだった。
地域みんなで、こどもを育ててたでしょう?
いまの現代社会に生きるぼくたちにとっては、どうだろう?
ぼくらの仕事や消費は、全部だれか他のひとのため。
あまりに経済の規模が大きくなり過ぎて、わかりにくくなってるけど、
仕事をしたり、消費をするだけでも、
すでに誰か他のひとの役に立っている。
あなたが買った服は、
バングラデシュの工場でつくられていて、
それがお給料となって仕事をしてくれているひとに渡って、
家族の命を支えているかもしれない。
人間はひとりでは生きていけない。
生きているだけで、
共に生きていることであり、
それがすでに、みんなの命をつなぐことなんだよね。
しあわせに生きることが使命。
生きているだけでいい。
けど。
もうちょっと考えてみよう。
まず、ひとりひとりが「生きること」だけど、
共に生きるひとがどんな状態だったら、うれしい?
「しあわせに生きること」
だと思うんだ。
自分がしあわせで満たされることで、
まわりにしあわせがあふれていくこと。
それは、どういう形かはわからないよ。
直接的に、なにかひとの役に立つことかもしれない。
ボランティアをすることだったり、
自分のこどもに愛を注ぐことかもしれない。
笑顔でいるだけでもいい。
にこっと微笑んで、ひとに元気をわけてあげるだけでもいい。
そのちょっとしたあたたかさの連なりが、まわりのみんなをしあわせにしていって、しあわせの輪が広がっていく。
ずーっと、ずーーーっと昔から、連綿とつながる命の流れの中にぼくらは生きていて。
ぼくらの両親も、それぞれのおじいちゃん、おばあちゃんも、さらにそれぞれのひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん・・・
500年、20代さかのぼればご先祖様は総勢100万人にもなる。
これまでずっとつながってきた命の流れの中にぼくらはいて、ずっと、我が子のしあわせを祈り、願ってきた命のつながりの中にぼくらはいきてるじゃない?
たとえ、自分自身は親の愛情を受けたり、感じたりしにくかったとしても、先祖をさかのぼっていった時に、圧倒的に我が子のしあわせを願ってきた流れの中にぼくらはいるんだよね。
500年さかのぼるだけで100万人だよ?
人類が誕生して400万年。
いったいどれだけのご先祖さんが、我が子のしあわせを願ってきたんだろう。
それだけしあわせを願われて、しあわせに生きなかったら、それこそバチがあたる。^^;
なんだか
すっごく長くなっちゃったけど。笑
結論。
自分の人生に責任を持つというのは、
しあわせに生きること。
だと思うんだよね、ぼくは。
だから、わかりにくかったかもしれないけど、
ひとのせいっていう表現になる。
そして、ひとによっては、
いろんな悩みやつらさがある中で、
しあわせに生きるためには、
いろんなことに向き合ったり、
受け止めたり、手放したりすることって、
自分を責めることよりも
ずっと、ずっと大変な作業だったりもする。
そりゃ生きてりゃいろいろある。
怒り。
妬み。
悲しみ。
恨み。
きれいごとだけじゃなくて、いろんな事が起きるし、
いろんな感情も出る。
でも、たーくさん相談してると、
赤ちゃんを授かることだったり、
あるいは別の形だったりするけど。
その作業をしていったひとが、しあわせになるのが、
なんとなく見えてくる。
でもそれは決して、無理にしあわせになるのとか、思い込むものでもなくて、自然体で。
ヨガの瞑想で唱える慈悲の瞑想
わたしが、しあわせでありますように。
わたしの大切なひとが、しあわせでありますように。
生きとし生けるものすべてが、しあわせでありますように。
↓ ↓ ↓
参考:「しあわせは自分からはじまる。」
この言葉がぼくは好きなのだけど。
自分がしあわせであることって、まわりに広がっていくから。
やっぱり大事だと思うし、すてきなことだと思うんだよねー。
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わたしが、しあわせでありますように。
わたしの大切なひとが、しあわせでありますように。
生きとし生けるものすべてが、しあわせでありますように。
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いただいたメッセージは勝手にご紹介しちゃう危険がありますので、くれぐれもご注意ください。^^
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