人生の転機の意味は次のとおり。
人生の転機:人生のある偶然のために生き方が変わっていく瞬間。
で、この人生の転機を経たあと、人生がうまくいく人といかない人がいる。その差を分けるのは、「4つのS」という話がある。
「4つのS」というのは
①Self
②Situation
③Support
④Strategy
①Self(自己)自分は人生で何をしたいのかという志をはっきり定めているかどうか。
→偶発的な状況の変化で想定外のことが起こっても、志があれば、自分を見失わないから。
②Situation(状況)これから自分が入っていく世界はどういう世界か。
→きちんと認識できているか→知らずに入るのと、知ってから覚悟を持って入るのでは自ずと違う。
③Support(支援)孤軍奮闘よりも人脈のあるほうが困難に耐える力が出てくる。
→転機で栄える人はヒューマンネットワークのつくれる人。
④Stratery(戦略)これから自分はどうしていくかという方針を持つ。
→たとえ、想定外の不遇な状況に陥っても、その状況でできる最善を尽くせるかどうかで、その後の展開は変わる。
最近、司法書士の研修の運営スタッフをやったので、司法書士の世界を考えてみる。司法書士試験というのは、難関試験である。個人的には、ロースクール出た後の(新)司法試験と遜色ないと思っている。
で。たとえば、難関試験だからという理由だけ、ステータスがどうだ、金儲けがどうした・・・等々。こんな外面的な理由だけで司法書士の世界に飛び込むとどうなるか???
あっという間に「業界のほんとかどうかもわからない実務界の常識」に飲み込まれて、「こんなはずでは・・・・((´;ω;`)ウゥゥ)」となるのがオチである。あとは、必死に我慢して染まっていくしかない。そのうち感覚が鈍磨して何も感じなくなる。
特に「就職」して勤務する司法書士になると、ほとんどそうなる。なぜかというと、同じ司法書士を雇用し、事務所代やら様々の経費を払って、さらに給料まで支払うとなったならば、自然に「売上」を追求しなければ、やっていけなくなるからである。効率的にサクサクと金になるような業務ばかりを大量に処理していくことになる。ミスすれば怒鳴られ、いつもミスしないよう、上司や同僚や取引先の顔色を伺うようになる。
口から出てくるのは、当たり障りのない世間常識、業界常識、特定の登記知識、相続に関する知識だけになる。正義とか真理とか、道徳とか、そんなものが入り込む隙は自然に無くなる。要するに、士業とはいいながらも、実際はただの「サラリーマン」と成り果てる。目の前の相談者は、自分たちに売り上げをもたらしてくれる対象かどうかだけが関心事になる。
明確な①Selfを持たず、②Situnationの分析をできなかった者の末路は、悲惨となる。「これならば、ただの会社員で良かった」そんなことすら考えるようになる。
次である。司法書士は独立志向の強い資格である。嫌なことが満載な法人など辞めてやる!と飛びだしたらどうなるか???最初は金が無くて地獄を見ることになる。看板を出しただけで、自動的に仕事が入ってくるわけではないからである。自分で、どっかから仕事を持ってくる必要がある。バカ面していたら破産してしまう。生死の狭間を彷徨うことになる。
ここで大事なのは③Supportである。周囲に助けてくれる同業・先輩がいるかどうかである。後輩が困っていれば、なんとか助けてやろうという先輩は、司法書士界には少なからずいるものである。この辺りは、たいへん高尚な精神の持ち主がいることを嬉しく思う。一人で足腰がしっかりするまで頼ればいいのである。わたしも、いろいろな先輩・同業から助けられたからである。世話になったら、将来自分がまた「後輩」を助ければペイするから心配ない。
あとは④strategyである。明確なオリジナルのストラテジーがあるかどうかで、自分の事務所がどんな事務所になっていくかが決まっていく。これと①Selfが主に「らしさ」を構成していく。
司法書士の世界で独立するとこの「4つのS」が自分の事務所を形成していくことになる。わたしは、この中でも①Selfが大事だと思う。
これが明確であれば、自分は人生で何をしたいのか?という志がはっきりしているので、偶発的な出来事に流されないからである。わたしは司法書士試験受験生時代、「法律を使って、何か人の役に立つことがしたい」という明確な意志を持っていた。金のことなど考えなかった。書を通じて司法に寄与するセルフイメージである。であるから、わたしのアイデンティティはどちらかというと、現代版司法書士ではなく、戦前の司法代書人と言われていた時代の司法代書人に近い。まずは、条文をベースに自分のアタマでいろいろと考えるタイプである。司法書士は法律家ではないというバカがいるが、それは多くの司法書士が簡単に金になる登記業務やら、相続業務に夢中になって、六法すら読めない、挙句の果てには調べものはインターネットで手抜き、こんなんだからそういうザマになるのである。司法書士には代理権の制限はあるものの、裁判書類作成業務に関しては、訴額などの制限はない。簡裁でも、地裁でも、高裁でも最高裁でも、なんでも書類作成をできる権限があり、かつそれは司法書士法上は受任義務がある。正当理由なく断ることすらできないのである。法律が分からないのに、書類が作成できるか?個別の司法書士の能力はさておき、法律上は我々司法書士は法律家なのである。舐めてかかると大やけどすることになる。特に司法書士を下に見ている弁護士などは注意である。わたしは時々、精神が「破壊神」みたいになることがあるので注意した方がいい。
わたしは、受験時代からこんなSelfを持っていたので、不動産業者にペコペコすることもないし、やったことが無いという理由で裁判業務を断ることもない。売上を追求したいわけではないので、金がなくても、飢え死にしなければ良いだけだと腹をくくっているのである。
気に入らんもんは気にいらんのだし、バカだと思えばたとえ総理にでもバカと言う。間違っても、「社長(⋈◍>◡<◍)。✧♡」なんて媚を売るような無様な真似はしない。そんなことをやるくらいなら死んだ方がマシである。わたしはそういう人間である。
Selfとは、つまりはアイデンティティの問題につながっていくと思う。自分は他人とどこが同じでどこが違うのか。これを徹底的に自問自答していくとよい。そのうち自分らしさが自分でわかってくる。そうすれば無理をしなくても、自然に構えていられるようになる。意識する到達点はここである。