大人とは | 司法書士 荒谷直樹のブログ

司法書士 荒谷直樹のブログ

埼玉県所沢市の司法書士フラワー総合事務所代表。ジャンル問わず「本音」で書いているブログです。法律&メンタル&個人的戯言、などなど。司法書士としては相続登記~訴訟支援まで、幅広く相談を受けています。話をよく聴くタイプの司法書士です(^^)

 私たちはやはりむきになった方がよいときは、むきになって文句を言ったほうがよいと思う。自由とか受容とか共感的理解という名目でわがままを見逃してはダメだと思う。

 

 そのためには、現実原則を意識することが大事である。現実原則とは結局は常識のことである。常識とは私たちの文化の有する「禁止・命令」のことである。時には、自分が正しいと思う現実原則を提示する覚悟で立ち居振る舞う必要があると思う。

 

 受容によって代表される母性原理だけでは人は一人前になれない。禁止・命令という父性原理にもなじむ必要がある。たとえばカウンセリングは人間の自由を強調するけれども、これはあくまで現実原則のなかでの自由である。無制限ではない。

 

 いまの時代はよく多様性の時代などと言われる。解釈次第でどうとでも言える危険性を孕むと思っている。言いわけがうまくなる。結果、自分や他者を甘やかすことになりかねない。これではいつまでたっても人間が「一人前」になれない事態が生じる可能性が出て来る。

 

 甘やかしと寛容は違うのであり、奔放と自由は違うと思う。現実原則を意識しているかどうかである。

 

 子供のうちは、したいからする。言いたいから言う。つまり「快楽原則」に従って生きている。しかし、大人になるとそうはいかない。したくないけど、我慢してする。言いたいが、言わないでおく。こういう「現実原則」を考慮して行動するようになる。

 大人とは「現実原則に従いつつ、快楽原則を満たす人」である。最近、この大人の定義を満たさない成人が増えた気がする。快楽原則ばかりを叫び、それを権利と勘違いし、喚き散らす人たちである。このままでは「世も末」状態社会になってしまうと考える。