つらい状況にある時に読む文章。若い頃に読んだ「自分らしく生きる人間らしく生きる」(中野孝次著:講談社)に書いてあった言葉である。マイバインダーから引用する。
本当に自分を信じるにいたった人とは、実に実に、われわれには想像もできないくらい深く悩み傷つき、挫折や絶望の体験を持っていた人びとだ。
このことは、たとえばドストエススキーやトルストイ、ゲーテやシラー、バルザックやスタンダードなど、文豪と呼ばれるほどの人びとの書いてみせた人間的苦悩の深さは、とても凡人には耐えがたいほどだが、まさにそういう深い苦しみ悩みを通じてこそかれらは、その反対に光り輝く美や愛や幸福を、あれだけ深くいきいきと感じることができたのだった。
われわれ凡人には、とても苦しすぎてあんなふうにまで深く苦悩に沈む力はないが、しかしたとえそこまでいかずとも、苦しみ悩むことを通じてしか光と幸福へ達せられないという点では、天才も凡人も変りがあるわけではない。
良い文章だと思う。25年前のわたしがバインダーに書き付けていた言葉である。

ところで。最近、心理学の本を開いていて、気になる概念を見つけた。
ネガティブ・ケイパビリティ
である。
ネガティブ・ケイパビリティとは、「不確実性や疑い、未知を許容する能力」のこと。不確実な状況や答えのない問題に直面した際に、すぐに結論を出そうとせずに、その状態を受け入れる力を指している。この概念は、もともと19世紀のイギリスの詩人ジョン・キーツによって提唱された。キーツは、優れた文学者には「曖昧さや疑念のなかにあっても、それを受け入れる能力が備わっている」と考え、そこからネガティブ・ケイパビリティの概念を確立したといわれている。
ネガティブ・ケイパビリティに対して「ポジティブ・ケイパビリティ」という考え方もある。これは素早く問題を解決する力を指すが、人生においてはそれだけでは十分ではない。思考をどんなに巡らせても、不確実性や曖昧性を完全に取り除くことはできない。ネガティブ・ケイパビリティは、ポジティブ・ケイパビリティを補完する役割を果たし、「わからないもの」を冷静に捉えて許容する力の重要性が増している。
ネガティブ・ケイパビリティを身につけることで、困難な状況に直面した際も悲観的にならずに事態を冷静に分析できるようになる。その結果、自分の感情をコントロールする力が高まり、複雑な問題にも落ち着いて柔軟に対応できるようになる。
また、理論や理屈だけにとらわれない、柔軟な思考が養われるのもネガティブ・ケイパビリティを意識するメリットといえる。ネガティブ・ケイパビリティを意識することで、自分にはない発想や考え方に向き合うことができるようになる。
さらに、ネガティブ・ケイパビリティは創造性や好奇心の源泉にもなりえる。未知の状態を受け入れることは、「まだ世にないもの」「答えのない問題」に対峙することにほかならない。
深く悩み傷つき、挫折や絶望の体験を持っている時期も、もしかしたらこのネガティブ・ケイパビリティのような能力が育まれているのではないか?
だから、つらい状況にある者も修行だと思えば、いくらかは気持ちも楽になると思う。司法書士などは、若くしてサクサク受かったのは、合格後は案外伸びないようである。苦労を知らないから、どうしても頭デッカチになって感度が悪くなるようで、杓子定規思考になって人から疎まれる実例を度々見てきた。弁護士も同じだと思う。要するに、察しの悪い知識放出マシンみたいになって人が寄りつかなくなるのである。これだと試験に受かった意味など半減・・・どころか無意味になってしまう。だから、つらい状況もきっと将来何かの役に立つはずである。そう思って頑張るのが最善である。