「道」という言葉について | 司法書士 荒谷直樹のブログ

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埼玉県所沢市の司法書士フラワー総合事務所代表。ジャンル問わず「本音」で書いているブログです。法律&メンタル&個人的戯言、などなど。司法書士としては相続登記~訴訟支援まで、幅広く相談を受けています。話をよく聴くタイプの司法書士です(^^)

 広辞苑を開くと、「道」という意味には、道路やみちのり以外に以下のような意味が掲載されている。

 

・人が考えたり行ったりする事柄の条理。道理

 

・特に、儒教・仏教などの特定の教義。

 

・道理をわきまえること。分別。

 

・てだて。手法。手段。

 

・方面。そのむき。

 

・足場。踏台。

 

※尚、漢字表記は[道・路・途]となっている。みな同義ということであろうか。





 

 さて、中道改革連合の「中道」についてである。まず「道」には、上記のような意味が込められているものと推察する。道理、条理、分別、方面等、様々な意味が連想できる。

 

 政治だと右が保守派で、左が革新派ではなかったかと思う。語源的にはフランス革命の時代にルーツがある。王からみて、右側に体制維持派(保守)が位置し、左に体制革新派が位置したことが、その由来らしい。

 

 で、「中」だと、右でも左でもないということである。新聞記事で、野田さんは、「左でも右でもなく、熟考のうえで最良の政策を決めていく」という趣旨のことを言っていた。

 

 これが「中道」である。

 

 良いではないか。まさに、あたらしい政治の勢力である。麻生太郎が「チュウカクレン」などと揶揄したらしいが、言葉尻で人を貶めるしか批判能力がない爺さんの戯言など、無視していれば良い。吉田茂元総理の孫だから、日本という国が「自分の家の所有物だ」、くらいの「強烈な錯誤」にでも陥っているのであろう。投票日まで時間がないから、くだらんジジイの戯言など批判している時間などない。政局の時しか出てこないような役立たずにかまっている暇はない。葉巻でもくわえて、酒でもすすっていろとでも言ってやればいい。相手にするだけムダである。

 

 道は中国古典では「タオ」ともいわれる。中国古典における「道(タオ、みち)」は、宇宙の根源的な真理、自然の法則、そして人間が従うべき倫理的規範や生き方を指す根本的な哲学用語である。老荘思想では自然の摂理(無為自然)を重視し、儒教では仁義や道徳などの人間社会の道理を説いた。 

 

 こういうことをひっくるめて

 

☆中道(ちゅうどう)

 

 なのである。こういうことをもっと、中道候補者はアピールしてはどうだろうか???