今日は最近頻繁にあったような強風もなく、とても穏やかな暖かい一日だった。最近は寒さと冷たい風のせいで、首を竦めて俯き加減に歩くことが多かったせいだろうか、ここのところすっかりいなくなってしまったと思い込んでいた鴨が、今朝よくよく目を凝らして見てみると、運河の中程に疎らになって浮かんでいることに気がついた。私はいつも見ていた場所に鴨達がいなくなっていたので、てっきりもう何処かヘ渡ってしまったものとばかり思っていたのだ。今日彼等が運河の穏やかな波に揺られて水面を漂っている様子を眺めていていると、自分が竦めた肩の間に首を埋めて、俯いて地面ばかりを見ながら黙々と歩いていたのであろうということを改めて気付かされたような思いだった。
記憶というものは実に不思議なものだ。今となってはどうでもいいような事や、つまらないと思えるようなことが、その時の映像と共にずっと頭の中に残っていて、消しても消してもどういう仕組みでそれが再生されて現れてしまうのか解らないプログラムのバグのような厄介極まりない種類のものが存在する。
私にもそうした記憶がいくらかあるのだが、はっきりいってどれも極めてつまらないものだ。しかし、どうした訳かそれらは消去されることなく、この不格好でいびつな形状をした頭蓋骨の内部にある脳の記憶領域に、まるで厄介な風呂場の黒黴のようにこびりついている。特に害もないし、使用にも差し支えないのだが、やはりそれは見苦しいもので、視界には入る度に不愉快な思いがするものだ。
私の心に異性に対する興味が初めて芽生えたのは小学校の三年生の時だった。私の通った小学校は、クラス替えが毎年ではなく二年毎に行われていた。相手の女の子は、その春同じクラスになったばかりだった。
その子はいわゆる地元のお嬢様といった感じで、良家のそこそこお金持ちの家の一人娘だった。物静かで、明るいが大声を上げてはしゃぎ回るようなタイプではなく、線の細いしとやかな子だった。お金持ちの箱入り娘の例に漏れず、彼女も同様に様々な習い事に通っていた。その中でもピアノは彼女の得意としたもので、小学三年生だったが、音楽の授業の時などは、ピアノを誰かに任せて自分は指導だけに専念したいという先生の一方的な都合から、ほとんど毎時間彼女が授業の伴奏を受け持っていた。そして彼女はその仕事を十分にこなしていた。
別段、私は彼女がお金持ちの家のお嬢様だから好きになったのではない。しかし、自分とは別世界の住人であることに興味を覚えたのは確かであるといえる。以前に話したことだが、私の家は生活保護などを受けている訳ではなかったが、決して裕福な家庭ではなかったと思う。その当時小学三年生だった子供に家の台所事情など知り得ようものでもない話だが、それでも子供心にも自分の家がどちらかといえば貧しいほうであろうくらいのことは、たとえ子供でもすぐに分かるものである。故に、そうした自分とは異質な世界の住人に関心を持ったのであろうと思われる。
関心を持ったからとて小学三年生である。何が起こるという訳でもないし、何を起こそうというつもりもない。だいたい、自分の心に渦巻いている感情が一体何物なのか、当の本人も分かっていない状態なのである。その上、相手の事を好きだったのかどうかさえ、今となっては疑わしいような極めて不確かなものなのである。しかし、そうした状態であっても人間とは実に不思議なもので、少しでも傍へ近づきたいと考えるものであるらしい。もっと姿を見ていたい、話をしてみたいといった欲求を持つものであるようだ。そうした欲求から私はある日、意を決して違う通学路を帰る彼女の後をつけて帰ることにしたのである。
現在の、いや当時の一般常識に照らしてさえ、私のとった行動は完全なストーカー行為であるといえる。それは私自身十分に理解しているし、全面的に認めるものである。今考えれば、何故そのような行動をとってしまったのか私自身全く理解できない。完全に不気味で気持ちの悪い人間の仕業である。しかし、その当時、私は親しい友人もなく、破綻した人間としての現在の人格の基礎が早くも形成されつつあった頃で、そうした感情を話せるような相談相手がなかったために、他のより良い手段をとることが出来なかったとも言える。助言をくれる者がいなかった為に、その時の私は自らの思いつきを独断的かつ衝動的に実行に移してしまったのであろう。思えば最初に一緒に帰ろうなどと一言掛けるような補足的な手段もとれたようなものだが、当時の私にはそれが思い付かなかったか、実行不可能なもののように思われたのであろう。
それでも、その当時の私の心には、何らやましいことや邪まな思いなど無かったことは、世界のいかなる尊い名前を指してでも私は誓うことが出来る。ただもう、彼女の姿を少しでも長く見ていたかったのと、友達のように親しく話せるような仲になりたいと思ったがためだった。しかし、そうした思いなどは所詮目には見えないものなのだ。その当時の私にはそれが全く分かっていなかった。自分が相手のことをどの様に思っていようと、現実に存在しているものは、女子児童の後をつけて歩く不気味で根暗な少年が一人いるだけの光景なのだ。たとえ空から神が私を見下ろしていたとしてもきっとそう見えたに違いない。
新学期が始まってまだ間もない頃だったので、おそらく五月くらいだったように記憶している。彼女の家は学校からそれほど遠くなく、歩いて30分ほどの所にあった。私の通った学校は高台にあったので、どちらの方向へ帰るにしても急な坂道を下りて行かなければならないようになっていた。坂道にさしかかるまでの道はいかにもといった様な田舎道で、周囲にはその道に面して古い家々が建っていた。家々の間に畑があり、キャベツや菜の花の黄色い花のまわりをモンシロチョウが何匹も舞っていた。春の日差しのなかで舞うモンシロチョウの姿はとてもきれいだった。強くなり始めた日差しが光を眩しく乱反射させていて、その白い羽根が点滅する色の点のように見えた。私は彼女の後を声を掛けるタイミングをなかなか取ることが出来ないまま、10メートルほどの間隔をおいて歩いていた。
ちょうど坂を下り始めてしばらくしたくらいだったと思う。私の後ろ、坂の上の方から数人の男子の声が聞こえてきた。それは私と同じクラスで、こちら側の通学路を通って帰る男子の一団だった。こうした田舎の男子児童というものは、同じ区域に住む者同士で奇妙な仲間意識を持っており、そうした理由からとても強い縄張り意識を持っているものである。何しろ小さな世界に住まっているのだ、子供の頃から偏狭なのは自然と生成される属性なのであろう。彼等は私を見つけると早速その子供らしい残酷性と、田舎者らしい排他性によって“よそ者”の私をいびりにかかった。
子供のそうした行為には理由などあってないようなものなのである。単純な正義感や好き嫌いでどのような残酷なことでもやってのけることが出来るのである。何しろ、自分のしていることが相手にどれほどの傷をあたえているかなど思ってもみないので、相手が動かなくなるまでやめないのである。ちょうど、この蝶の羽根を取ったらどうなるか、足を全て取ってしまうとどんなふうに動くのか、ただそれが知りたい、見たいばかりに何の躊躇もなくひとつの命をバラバラに解体してしまうのと同じことなのである。私は5人ほどの集団によってたかってひやかされ、罵声を浴びせられ、散々小突き回された。私は道々なじられながらひとり歩いた。私が何を言おうと、この場合多勢に無勢である。こんなはずではと思いながらも、私も口汚く言い返し、相手を小突き返しながら春の陽気の中を歩いた。しかし、私にとってそんなことは、それほど大したことではなかったのである。何が私を苦しめたかといえば、それは彼女の私を見るその目だった。
彼女はその5人ほどがやって来ると、急いで彼らの背後へとまわった。彼女は終始彼らに守られるようにしてその人影の隙間から私のことを伺っていた。彼らが何だかんだと罵詈雑言を私に投げつけていたのは覚えているが、何を言っていたのかなどまったく覚えてはいない。私の耳にはただの音として認識されているに過ぎないものだった。それよりも、彼女の私を見る目が何よりも私を苦しめた。
その目はどういった言葉でも言い表すことが出来ないようなものだった。実際、何と言って表現してよいか私自身わからないくらいだ。過去の偉大な文豪ならばそれも出来ようものであろうが、私などでは到底その感じた通りに言い表すことが出来るとは思えない。ただ例えるなら、丹精込めて育てた末、ようやくつけた美しい花に無数にたかっている害虫を見た時のような、おぞましく忌まわしいものを見た時のような目だった。私は彼女のその目だけで、体の中をスプーンで無理やりえぐられる様な痛みを覚えたのを今でもはっきりと覚えている。ただその目と痛みだけをはっきりと覚えている。
不思議なもので、その後自分がどうやって元の通学路へと戻り、どんな気持ちで家路につき、その夜何を思って眠ったのかなどといったことは何もかも覚えていない。何も思い出せないのだ。心理学ではそうした場合、その記憶は消去されたのではなくて、自己防衛のために記憶が取り出せないようにロックが掛けられるのだと聞いたことがある。どういった理屈かはともかく、彼女が私の前からその5人ほどの男子とともに逃げるように走り去って行ったその後姿を見た以降の記憶はどうしても思い出すことが出来ない。
その後、彼女とも、その男子ともとくに何の問題もなく過ごしたように記憶している。とくに喧嘩をしたという記憶もない。いたって平穏に過ごしたと思う。彼女ともそれ以降ほとんど話すこともなかったし、話したいといった気持ちも生まれなかった。何でもないクラスメートになった。そして小学校を卒業すると、中学校まで同じ学校だったと思うが、一言も話すことはなかった。それは意識して話さなかったというよりも、彼女もその男子も私にとってはただの人影、関係のない存在になってしまったというのが一番適当な表現であろうと思う。
ただ、どうしてもあの時の彼女の目が記憶から消去されずに、時折別の人間の姿を借りて私の前に現れる時がある。まるで無声映画のように音のない、映像だけの状態でパッパッと閃いて私の心を苦しめるのだ。私はその目を誰かに見るたびに心が動揺し萎縮するのを感じる。
それはまるで風呂場の黴のように、視界に入るたびに心を不快にさせるものだ。そのまま放っておいても別段害もないのだが、何とも見苦しい思いをさせるものだ。消し去る方法が無いことが何とも口惜しいものである。