「浮浪雲」が終わった、というか、

もうすぐ終わる。今号がラス前で、

次号が最終回である。

 

なんとなく、本当になんとなく、

コンビニでオリジナルをパラパラ見てたら、

そのことを知ってしまった。

 

オリジナルというのは、

ビッグコミックオリジナルのことです、念のため。

 

僕が「浮浪雲」を読み始めたのは、

単行本の22巻が最新巻だった頃である。

現在単行本は111巻、

最終巻は112巻になるだろう。

 

僕は単行本の25巻くらいまでを全部揃え、

そのあたりで「卒業」してしまった。

当然「浮浪雲」はその後もずっと続き、

飲食店や病院の待合室などで、

時々再会しては、

「相変わらず同じような内容だな」

とは思いながらも、

お馴染みの世界観なので、

瞬時にして幕末の江戸に

タイムスリップすることができていた。

 

その「浮浪雲」が終わってしまうのか・・・

 

別に終わってもいいとは思う。

ただ、淋しい。

siriに「浮浪雲終わっちゃうね」と話しかけたら、

「どうお答えしたらいいかわかりません」

という返事だった。

 

小学生の頃に少年誌で

「アシュラ」や「デロリンマン」、

その後青年誌では

「ラブリンモンロー」や「捨てがたき人」など、

いつもセンセーショナルなマンガで、

僕の心を揺さぶり続けて来た人、ジョージ秋山。

 

しかし「浮浪雲」の穏やかな、

あまり深淵とはいえないが、

ちょっと東洋哲学的な、

諦観のような境地に触れると、

ジョージ秋山って、

結局こういう考え方の人なんだなと、

安心して他の作品を読むことができた。

 

そんな「浮浪雲」が終わるかと思うと、

少しこの先のマンガ界が心配にもなるのだが、

「笑っていいとも」がもうすぐ終わる、

と聞いた時、大丈夫だろうか、

日本のお昼はどうなっちゃうのだろうかと、

かなり不安になったが

いつのまにか「ごきげんよう」までが、

一緒に姿を消してしまい、

多少心もとない感じはあるが、

それでも日本のお昼は、

なんとか間がもっている。

フジテレビはちょっと傾いちゃったけど。

 

いつか僕たちも

「浮浪雲」のないオリジナルに、

慣れていくのであろう。

 

「僕たちがやりました」
あまり視聴率が良くないらしい。

 

7.9%、6.5%、6.6%、5.8%、
5.4%、5.2%、5.4%と、徐々に下がり、
今週の第8話は5.2%だったそうだ。

今週が僕的には最大の山場だったのに。

 

原作を読んだ時、
不良の市橋が自殺するシーンで、
構成が見事だと思った。

 

原作を知らずにドラマを見ている人は、
さぞ驚くだろうとワクワクしていた。

 

ドラマの内容がちょっと暗いし、
性描写、暴力描写もあるので、
ドラマ化すると知った時は
よく制作に踏み切ったな、
どこまでやれるだろうかと思って、
気になって見ていたのだが、
かなりよく作られていて、
反響が楽しみだったのに。

 

この数字は関東地区のもので、
関西テレビ制作なので、
関西ではもうちょっと数字がいいらしいが、
それでも2ケタはいってないらしい。

 

打ち切りが決まった
「セシルのもくろみ」よりは、
マシなのかもしれないが、
もう少し話題になってもいいのに。

 

ほぼ初めてリアルタイムで追いかけて、
応援しているドラマだったのに、残念。

 

でもDVDが出てから話題になるかも。

 

梨を剥いて食べていてふと思った。

 

梨って真ん中に酸っぱい部分があって、

そこを切り取って、

皮を剥いて食べるけど、

この真ん中の酸っぱい部分って、

梨を食べる、鳥とか獣とかが、

酸っぱいから食べ残して、

そこの部分に種があるから、

種が残って、その種から、

次の株が生えてくるように

計算して作られているのかな、

と思ったのである。

 

そういえばリンゴも、

梨ほど酸っぱくはないけど、

やはり芯の部分は

切り取って食べるようになっていて、

そこの部分に種がある。

 

 

そういうことの専門知識はないけど、

知識がないだけに、

梨とかリンゴとかにも意志があって、

あえて芯の部分を酸っぱくして、

そこに種を配置しているのかなと思ったのである。

 

同じようなことを

以前も感じたことがあった。

それは柿の葉寿司を作るために、

あるお宅の庭にある柿の木に、

葉っぱを取りに行った時のこと。

 

なるべく大きな葉っぱの方が、

お寿司を包みやすいので、

大きな葉っぱを探していたら、

大きな葉っぱは下の方の枝に多く、

上の方の枝には小さめな葉っぱが多かった。

 

それで僕は「ああ、高い所の枝に、

大きな葉っぱがたくさんあったら、

下にある葉っぱに陽が当たらないから、

上の葉っぱは小さめで、

下の葉っぱには大きなものがあるんだな」

と思ったのである。

 

そして柿の木に「そうなの?」と聞いたら、

「そうだよ」と答えが返って来たような気がした。

まあこれはそんな気がしたというだけですが。

 

最近「夏目友人帳」というアニメを見ていて、

身の周りの小さなものにも

それなりの命が宿っていて、

意志のようなものも持っている、

というような話が多いので、

そんな気持ちになったのかもしれない。

 

でも柿の木のエピソードは何年も前のことで、

その頃は「夏目友人帳」は知らなかった。

だから以前からうすうす感じていたことを

「夏目友人帳」で再確認しただけなのかもしれない。

 

「夏目友人帳」を見るようになったのも、

熊本に住んでいることがきっかけなので、

何かに導かれてここにいるのかもしれない。

 

最近はあまり果物を剥いて食べたりしなくなったし、

柿の葉寿司なんて家で作ることもなくなって、

自然の生命から直接教わる機会も、

だんだん少なくなっているが、

こうして気付くきっかけも与えられている。

 

ねこぢるの旦那さんだった山野一さんのツィッターには、
双子の娘さんの近況の記事が多いのだが、
最近夏休みの宿題に関するツィートがあった。

 

国語の宿題に
文章を読んで答えましょう
という設問があり、

 

「アリエル、たん生日おめでとう。」
姉ちゃんが、
大きくなったアリエルを見ながら言った。
「アリエルとも、もうすぐお別れね。」
めぐみはきゅうにだまってしまった。
ケーキの上になみだがぽとりとおちた。

 

という文章があり、その文章に対して、


①めぐみが「きゅうにだまってしまった」のは、
どんなことがかなしかったからですか。


という設問があって、
双子の姉は
「アリエルが、としをとって、しんでしまうから」
と答え、妹は
「アリエルが、としよりになって、しんでしまうから」
と答えていた。

 

模範解答は
「アリエルともうすぐおわかれだということ
(がかなしかったから)」というもので、
山野さんの奥さんは2人とも×と採点していた。

 

2人がほぼ同じ答えで、
その答えがねこぢるっぽかったところが頼もしい。

 

ちなみにアリエルというのはおそらく犬の名前。

 

 

 

 

第1回を見て以降、
感想を書いてなかったこのドラマですが、
第2回を見逃した以外は、
全部見てました。

 

多少原作と違うところもありますが、
おおむね原作通りに作られており、
好感を持っています。

 

トビオ役の窪田正孝は、
高校生役をやるには、
少し年齢が行き過ぎている感が強いですが、
新里今宵役の川栄李奈が、
頭の弱い、お尻の軽い役を好演していて、
この子握手会で襲われて、
いい感じで一皮剥けたなと、
頼もしく思っています。

 

宇佐美役の間宮祥太郎と
蓮子役の永野芽郁は
どちらも「帝一の國」で好演しており、
その時から好きですが、
マル役の葉山奨之と
市橋役の新田真剣佑も
なかなかいい演技をしています。

 

ただこのドラマの音声スタッフが
セリフを拾うのがあまり上手ではなく、
特に真剣佑の抑えめのセリフが、
よく聞き取れないのが残念です。

 

それから今野浩喜のパイセンが、
哀愁があって凄くいい。
結構最近のお笑い芸人のネタなんかも

アドリブで突っ込んで来ているし、

相方の起こした事件も

かえって今野にとっては良く作用しているかも。

 

そして原作には出て来ない、
水川あさみのキャラが、
今後どのような役割を演じていくのか、
それによってこのドラマの成否が
大きく左右されると思います。

 

三池祟史が言っているように、
原作者の意図を大切にして、
ドラマスタッフがあまり
自己主張し過ぎなければいいのですが。

 

最近、アニメのDVDを見ている。

 

「BECK」と

「のだめカンタービレ」と

「夏目友人帳」を

2枚ずつ借りて見ている。

 

「BECK」と「のだめ」は、

元々原作が好きで、

原作のイメージが損なわれると嫌だから、

見ないでいたものである。

 

どちらも音楽を扱っているので、

元々マンガでは直接表現できない、

音をどうやって表現しているか、

その出来不出来で

結果が大きく違ってくると思っていたので、

なかなか見ることができなかったのだ。

 

どちらもそんなに悪くはなかったが、

やはり一番大切な音の要素が

特定の音に限定されることによって、

原作とは少し違う印象にはなっていた。

 

でも元々のストーリーがしっかりしているので、

アニメとしては成功している部類だと思う。

 

もうひとつの「夏目友人帳」だが、

この作品は原作の緑川ゆきさんが、

熊本出身で現在も熊本在住ということで、

どんな作品か気になって見てみた。

 

緑川というペンネームも、

熊本県を流れる川から来ていて、

実は僕の家の近くも流れている川だ。

 

この原作とアニメの存在は、

かなり前から知っていたが、

読んだ(見た)ことはなく、

どんな内容かも知らなかった。

 

僕と同様知らない人のために

ものすごく大雑把に

ストーリーをご紹介すると、

主人公の夏目貴志は

祖母の夏目レイコの体質を受け継いで、

妖怪(作中ではあやかしと呼ばれる)を

見ることができる力を持っていて、

かつて祖母が出会って

自分の配下として名前を預かっていた、

妖怪のリスト「友人帳」を持っている。

 

そのため名前を返して欲しい、

という妖怪たちが寄って来て、

毎回なんらかの事件に巻き込まれる、

と言うような内容だ。

 

この作品は2003年から連載が始まり、

アニメも現在第6シーズンまで作られている。

レンタル屋の棚に

ビックリするくらい並んでいる。

 

いかにも妖怪が住んでいそうな、

田舎町が舞台になっているのだが、

この舞台の町は

熊本県と宮崎県の県境のあたりにある、

人吉市やその周辺の町がモデルになっていて、

最近流行りの「聖地巡礼」の場にもなっている。

 

緑川ゆきさんが

人吉在住なのかはわからないが、

熊本県内にはお住まいのようだ。

 

多分これは現代の

水木しげるさんのようなパターンで

(水木しげるさんもつい最近まで生きておられたが)

だんだんと辺境に追いやられていく、

「妖怪」という存在を、

世に広く知らしめるために

このような作品が書かれ、

人々の支持を受けているのだと思う。

 

もしかしたら「妖怪ウォッチ」の大ヒットも、

同じ理由からかもしれない。

 

最近「響 ~小説家になる方法~」というマンガが、

マンガ大賞を獲って、

セブンイレブンの書籍の棚などにも、

既刊が並んでいるので、

気になってTSUTAYAで借りて読んでみた。

 

とてもいい作品だった。

 

マンガには時々、

マンガでは伝えきれない概念を

テーマにした作品がある。

 

この「響・・・」においてはそれは「小説」で、

主人公の響という少女は、

15歳で文芸誌の新人賞に応募して、

その作品が芥川賞と直木賞に

ダブルノミネートされ、同時受賞する。

 

マンガの中では響のキャラクターや、

その周辺のエピソードは描写されるが、

その「小説」の本文は一切出て来ない。

 

ただ響のキャラクターが

あまりにも魅力的なので

この子が書く小説なら、

それは素晴らしいものだろうと

容易に想像できるようになっている。

 

僕はこのタイプのマンガが好きで、

これまで好きだったこのタイプのマンガには、

音楽を扱ったマンガが多かった。

 

例えばハロルド作石の「BECK」、

さそうあきらの「神童」、

二ノ宮和子の「のだめカンタービレ」など。

 

音楽というものは

マンガでは直接伝えることができないので、

人物設定の魅力や

ストーリーの面白さで

間接的に伝えていくしかない。

 

「BECK」はアニメにも実写映画にもなっているし、

「神童」は実写映画に、

「のだめ」はアニメでも映画でもテレビドラマでも、

大ヒットしている。

 

もうひとつ「響 ~小説家になる方法~」が、

ちょっと特徴的なのは、

あまり絵が上手ではないということだ。

 

過去にそのストーリーで強く影響を受け、

あまり絵が上手ではなかった作品に

岩明均の「寄生獣」がある。

 

必ずしも絵の上手い下手は

マンガにおいて重要な要素ではないのだ。

2017年 8月19日、

マンガビブリオバトルというのに出場しました。

 

どういうものかというと、5人の出場者が、

お気に入りのマンガをプレゼンテーションして、

観客の投票で優勝者を決めるというもので、

持ち時間は各自プレゼン5分、

質疑応答3分という割り当てになっていました。

 

僕は望月ミネタロウの「ちいさこべえ」をプレゼンしました。

 

以下はそのプレゼンの台本と

その合間に提示した図版です。

 

『私がご紹介させていただきますのは、

望月ミネタロウの「ちいさこべえ」という作品です。

すでにお気づきの方もいらっしゃるかとは思いますが、

この作品は山本周五郎の

「ちいさこべ」という小説が原作となっています。

 

山本周五郎といえば、大衆小説の大御所の一人です。

昭和32年に書かれた「ちいさこべ」も、

過去に何度も映画化やドラマ化されています。

 

その「ちいさこべ」を

「ちいさこべえ」というタイトルでマンガ化したのは、

望月ミネタロウというマンガ家です。

 

望月ミネタロウは1985年に

「バタアシ金魚」という作品でデビューしています。

オシャレな画風が若者に人気で、

「バタアシ金魚」は映画化され、

続編の「お茶の間」はテレビドラマ化されています。

 

1993年には「座敷女」という、

都市伝説をモチーフにしたホラーマンガを発表しています。

このマンガは後々まで語り継がれるトラウマ作品となっています。

 

図版①

 

そして1994年から1999年にかけて、

大地震をテーマにした「ドラゴンヘッド」という作品を連載し、

この作品で講談社漫画賞と

手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞しています。

 

そんな望月ミネタロウが

2012年から2015年にかけて連載したのが「ちいさこべえ」です。

 

この「ちいさこべえ」が

いままでの望月ミネタロウ作品と一番大きく違う点、

そしてこれがこの作品の成功の理由でもあるのですが、

それは、原作の小説があるという点です。

しかも山本周五郎というベテラン作家の作品を原作としているため、

物語の構成がしっかりとしていて、

それに望月ミネタロウの、

イラストのような端正な絵が加わることによって、

より完成度の高いマンガになっているのです。

 

山本周五郎の「ちいさこべ」の舞台は、

この表紙からもわかるように江戸時代の東京の下町です。

 

図版②

 

望月ミネタロウの「ちいさこべえ」では

時代設定を現代に変えていますが、

それ以外の設定、

主人公の職業が大工であることなどは原作のままです。

 

これまでどちらかというと

現代的で洋風な感じが強かった

望月ミネタロウのマンガの世界観が、

職人の世界を描くことで

これまでとは違う独特の雰囲気になっています。

 

人物設定においては

望月ミネタロウならではの

オシャレな感覚が発揮されています。

 

図版③

 

これは1巻の表紙、主人公の茂次とりつです。

背景の板塀とりつが持っている職人風の前掛けが

かろうじて和風の感じを出していますが、

それ以外は現代の若者のファッションをしています。

 

図版④

 

そしてこの茂次の風貌、

このスタイルは2001年に制作された、

ウェス・アンダーソン監督の

「ザ・ロイヤルテネンバウムズ」という映画の

登場人物がモデルになっています。

この映画も当時話題になったオシャレ映画です。

この人物造形などが望月ミネタロウのセンスの良さのひとつです。

 

望月ミネタロウは元はグラフィックデザイナーで、

この作品にもグラフィック的に優れた描写が随所で見られますが、

その中から特に、私がおすすめしたいのが、

りつの作る料理の描写です。

 

図版⑤

 

例えばこのカットのように、日常のごく普通の食事などを、

こまごまとしたディテールを細密に描くことによって、

日常の生活の大切さ、そこにこめられた家族への愛などを、

言葉を使わずに、絵のみで自然に伝わるように表現しています。

このような料理のカットが何回も出てきます。

 

こういう何気ない映像の積み重ねを通して、

人の心の機微を表現していくという手法は、

かつて小津安二郎や成瀬己喜男の映画などで

行われていたやり方です。

 

これは日本の映画の歴史のうえで、

サイレント映画の時代から

何百本という映画を量産することによって、

徐々に形成されていった伝統の技法です。

 

その伝統の職人技のような技法を

マンガにおいて再現している望月ミネタロウは、

日本のマンガ界において

稀有の存在であると言えると思います。

 

この作品はフランスのマンガ祭でもいくつかの賞をとっています。』

 

以上が僕のプレゼンテーションの内容です。

家でリハーサルしてみて、

約4分30秒くらいの尺だったのですが、

本番ではちょっと早口になってしまい、

4分20秒くらいで終わってしまい、

少し時間を持て余しました。

 

結果は優勝でした。

 

他の方がプレゼンテーションしたのは、

「累(かさね)」

「マスターキートン」

「コブラ」

「兄友」

の4作品でした。

昨日19日は熊本の森都心プラザというところで
「COMとガロの遺伝子」という企画展が開催されており、
そこで「マンガよろず相談所」というのが開設されていて、
そこの相談員として僕も参加しました。

 

相談は二件受けて、
一件目は社会人の男性からの「何故小学館は、
子会社に集英社を持っているんですか?」という質問。
 

「そうなんだったっけ?」と
詳しいいきさつは知らないまま、
「競争原理に基づく両者の
成長、発展を促すためなんじゃないでしょうか?」
とか、適当にはったりを交えて答えましたが、
それでなんとなく納得していただいたようでした。

 

もうひとつは、「昨日読みかけていた、
ネコのマンガの続きを読みたいんですけど」
という、小学生の女の子からの相談。
 

さて、どのマンガでしょうか、と、
途方にくれながらも近くの棚にあった、
表紙にネコが書いてあるマンガを
適当に抜いて渡したら、
「あ、このマンガです」と、
一発で当たりました。


ちなみにそれは
松本零士の「トラジマのミーめ」というマンガ。
よくこんな渋いマンガが置いてあったものです。

 

 

それ以外の時間は、

会場にあるマンガをずっと読んでいました。

 

その中に「オトナな石ノ森」という本があって、

餅を焼いていたら女の形に膨らんで、

それがモチ肌だったという秀逸なシーンがありました。

 

 

そして、僕の相談員姿がこちら、
文化祭の出し物のようです。

 

 

ちょっとマニアックな情報ですが

 

図版は手塚治虫の

「火の鳥」の単行本の表紙です。

 

これは朝日ソノラマから出ていた、

雑誌サイズの単行本。

かつて僕はこのシリーズを9巻まで持っていました。

 

ある意味この「火の鳥」が、

僕にとっての、現在に続く、

マンガ体験の原点とも言えます。

 

マンガは奥深く、

マンガには無限に近い可能性がある、

と思うようになったきっかけの作品です。

 

1巻が黎明編、2巻が未来編と、

それぞれの巻で違う物語が展開するのですが、

8巻には乱世編の下と羽衣編が収録されています。

 

かつてこの8巻を読んだ時、

それは1980年代のことですが、

羽衣編に関しては、

なんかピンと来なかったというか、

あまり印象に残りませんでした。

 

8/19に「COMとガロの遺伝子」という

企画展に行ったのですが、その会場に、

「火の鳥 羽衣編」のオリジナルが掲載された、

COMの1971年10月号がありました。

 

同じ会場には僕もかつて持っていた、

朝日ソノラマ版の「火の鳥」の8巻もありました。

 

それで2つを読み比べてみたのですが、

全く内容が違うのです。

 

どこが違うかというと、

セリフが全然違います。

 

実はこの「火の鳥 羽衣編」、

COMの1971年10月号に掲載されたのですが、

その内容が、未来から宇宙船に乗って、

避難してきた未来人が、

そこで子供を産むのだが、

おそらく放射能と思われるものの影響で、

奇形児が生まれてしまう、

というような内容が含まれており、

そのために物語の改変を余儀なくされ、

それ以降に再版された羽衣編では、

セリフが大幅に変わっている、

というような状況なのだそうです。

 

そのため、物語の意味も変わってしまい、

それが僕が面白くないと感じた理由だったようです。

 

そのことを初めて読んだ時から30年以上経った、

今になって知ることになり、

その初出本と改訂版の両方を読むことができ、

改めて手塚治虫の作品にかけた情熱と、

それを出版して世に問うということの

困難さを思い知ったのであります。