宝探し
高校生の頃、
いろいろな高校や大学の演奏会へ足を運んだものだった。
いま思い返すと
ここに書くのも恥ずかしいことだけれど
やはりどこどこの歌い方が上手いという事よりも
ここの音のバランスが悪いだとか
ピッチがずれているだとか
歌う姿勢が良くないだとか
そんなことに目(耳)がいっていた。
少しでも自分の耳を鍛えようと躍起になっていた
若気のいたりとでもいうべきもので
今になって考えれば情けない話である。
一方、自身の演奏会のアンケートを読んでいて
そんな内容が書かれているのを見つける度に
ムッとしていたものだった。
その時、はたと気付いたことがある。
「完璧な演奏は目指すべきものだけれど
そんなものがそうそうあるものではない。
自分だってそうじゃないか。
だとすれば他人の欠点や短所を見つけて
満足する自分はなんて小さな人間なんだ。
それなら自分にはない良い点を探して
参考にした方がよっぽど自分のためにもなるし
相手も喜んでくれるんじゃないか。」
と。
どうして自分達の演奏には無い良さを見ようとしなかったのだろう?
どうして心地よいハーモニーに耳を傾けなかったのだろう?
どうして彼ら彼女らの楽しく歌う笑顔に目を向けなかったのだろう?
高校生であれ大学生であれ、
舞台に立つ以上、プロのエンターテイナーであるべきだと考えていた。
有料であれ、無料であれ、
観客の何より大切な「時間」を頂いているのだから。
ただその一方で、プロの聞き手になることを忘れていた。
そのお互いがいてはじめて、
最高の演奏会が出来上がるのにもかかわらず。
高校生の頃に得たこの学びを
いつの間にか忘れてしまっていたのだが、
最近になって、ある書籍をきっかけとして
ようやく思い出すことができた。
人のあら探しほど簡単なものはない。
ただ、
そんな事に時間を割いたとして
残るものはなんだろうか?
はたして自己満足だけである。
人の長所・良い所をを探そう。
それはちょうど
その人に隠されたかけがえのない宝物のようなものである。
宝物はそう簡単には見つからない。
ただ、誰もが必死になって探そうとするだろう。
そう考えるほうがはるかに楽しくもあり、幸せにもなれる。